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文句垂れ  
雨音は希望の  
梅咲く雨音  



























文句垂れ

宮前のん
 

田舎から種を送ってきたので
植木鉢に植えたら二葉が出て
花が咲いたらそれは母さんだった
母さんは相変わらずブツブツと
テレビを見ながら文句を言っている

 この俳優は演技が下手なんじゃないの
 もっと他に面白い番組はないの
 あんたそこ座ったら見えにくいじゃないの
 気がきかんね茶ぐらい入れたらどうなの

鬱陶しいので植木鉢ごと
母さんをベランダに放り出して
カーテンを引いてしまった
それでもまだブツブツと
遅くまで文句は聞こえていた

朝になってカーテンを開けたら
なんと霜が降りている
慌ててベランダを見渡すと
母さんが冷たく転がっていた
おい脅かすなよ大丈夫なんだろうと声をかけると
青ざめた母さんは弱々しく口を開いて

 気がきかんね温室くらい買ったらどうなの

なあ 母さん
もっと景気良く怒鳴ってくれよ
俺に茶碗でもぶつけてみろよ
いつまでもブツブツと
鬱陶しい文句垂れの母さんでいてくれよ
そうしたら明日
新しいヒーター付きの植木鉢を買ってやるよ

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雨音は希望の

佐々宝砂
 

とろり。

耳から肩に垂れてきた。
慣れてはきたけれど気持ちのいいもんじゃない。
最初のうちはいちいち拭き取っていた。
今は拭き取らない。
乾燥させればそれなりに固まるから。

感覚があるのが不思議だ。
神経細胞はすっかり死んでいるはずだ。
目が見えていたのだって考えてみればおかしい。
いったい私は何をどうやって見ていたのか。

眼球はどこかで朽ちている。
この部屋のどこかだ。
探してもしかたないので探さない。
正直動くのも難しくなった。
座っていることはできる。

だから耳から垂れてくる。
私の一部だったもの。
今も、まあ、一部なのかもしれない。
とろん。とろーん。
つまらない擬態語をない舌で転がす。
転がしたつもりになってみる。

雨音が聞こえる。
私はどこでどうやって聞いているのだろう。
耳からなにやら垂れてくるからには耳があるのだろうが
ひょっとしたらもう耳もないのかも。

もう、そろそろ、終わりにしてしまいたい。

この古い廃屋は二階建てだが
おそらく二階から落ちたくらいでは終わらない。
灯油をかぶって火をつけることも考えたが
あいにく私はもう灯油を買いに行けない。

それにしてもひどい雨音だ。
台風でもきているのだろうか。
今は台風のシーズンなのだろうか。
それすらわからない。
何月で何日で何年なのか。
わからない。

雨が降っていることはわかる。
そんなに激しい風雨ならば。
あるいは。
うまくいけば。

ずっと感じていなかった希望。

うまくいかなくたってかまわない。
動けるうちに動きたい。

私はゆっくりと立ち上がった。
でろでろとなにやら垂れる。
いつまでも垂れる。
しかし気にしない。
私は玄関までゆっくりあるいた。

ドアを開ける。
おお。風だ。これは強風だ。
前進する。
痛いほどの雨粒が私を叩く。
もっと叩け。
叩いて削れ。

仰向く。
頬の肉が、耳が、頭皮が、
雨の勢いに削げて、
垂れて、
落ちてゆく。

雨よ、お願いだ、
私をしろい骨にしてくれ。

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梅咲く雨音

伊藤透雪
 

溜まった雫が
垂れて落ちる
繰り返し繰り返し
拭きもしないでいた
二筋の流れは
一つに落ちる

時間はなんて意地悪なんだろう
今日はとうとう卒業式
別れるなんて考えたことも
なかったのにひとことも
言えなかった

身体だけの関係なんていや
こんなの恋愛じゃない

でもあいつは遠くの大学に進学する
地元に残る私とは自然消滅だよね
私もっと
もっと好きでいたいって
今頃気が付くなんて

時間って意地悪だよね
元に戻ることは不可能で
お互い本当の気持ちで
付き合っていたのかな
確かめる方法なんて、

 おまえさ、やっぱこっちにすんのか?
 近くだったら来れるけど、遠いからあんま帰ってこれねえぞ。
 それでもいいか?

それって残酷だよ
どう受け取ったらいいのか
どうしたらいいのか
考える暇なんてないじゃない

雨が降って見上げると
頬に溜まる
二筋流れて
顎から落ちた
今だけひとりで

時間を停めたい

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2014.3.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂