info@orchidclub.net
http://www.orchidclub.net/






夕暮れへ  
耳かき  
ここ、通れます  
通りゃんせ  
母と娘  



























夕暮れへ

汐見ハル
 

その少しかすれた高い声を
怖いとおもっている

それってこの世の掟みたいな

一度だって同じ夕焼けはないはずなのに
狂おしい程なつかしくなるみたいに

二度と戻れない時間があって
二度と会えないひとがいて
たとえやりなおせたとしても
大切になんてできるはずもなくて
柔らかなとげのような予感が
胸のうちにひっそりと熱をもって

それってこの世の掟なのかな

UP↑



















耳かき

宮前のん
 

あの人が耳かき持ってきて
膝枕でやってくれって
いやねえって照れながらも
ワクワクとまずは右の耳から

はじめに出てきたのは私の言葉
「ねえ、最近太ったんじゃない」
次にお昼間の会社の同僚かな
「グズ、お前いつまで時間かかって」
その奥に
「やっぱり前の担当の方が良かっ」
嫌味な方が引っかかりやすい

続いて左耳
「どこ見てんだよ、バカヤロ気をつけ」
「私が、市会議員、市会議員の阿部、阿部でございま」
「君、このアイデアいいねえ。斬新だと」
ああ 褒められても残るのね

そういえば
右の耳の奥に貼り付いてた古い
たぶん、お義母さんの
「まあくん、聞いてるの?」
大事にそっとしておいて

はい、通ったよ

UP↑



















ここ、通れます

佐々宝砂
 

伊栖摩への道?
あそこは友だちがいるから行ったことはあるけど。
地元民に聞くのがいちばんよ。
地元で聞いたらルートがややこしすぎたって?
ややこしいルートが正解なの。
近道しようとするとかえって時間がかかる。

ねえ。
私が伊栖摩で迷ったときの話をしてあげようか。

あれは冬の夕方のことでね。
伊栖摩の友だちんとこに遊びに行ったの。
帰り道、友だちが教えてくれたせせこまい道じゃなく
広い通りを走りたくなった。
教えてくれた道よりはるかに広い道があったの。
方角はあっていたはずよ。
ところが走るにつれ道が狭くなってゆく。
あたりは生け垣の高い民家ばかりで見通しもきかない。
おまけにそこいらじゅう一方通行の標識だらけ、
一方通行を無視したら小さな沼につきあたる始末。
あそこらは沼が多いのね。

沼に用はないもの。
もういちどいま来た道をとって返して
一方通行地獄から抜けだそうとよくよく見ると
白い看板にはっきりした読みやすい赤い字で
「ここ、通れます」と書いてあるの。

もちろんそこに入ってみた。
川沿いの茶畑のあいまの道。
男蛇川か女蛇川だなと思った。
一方通行の標識はなし。
走ってれば広い道に出るだろうと進んだ。

しかしそうはいかなかった。
道なりに走って行ったら民家が減っていき
そのうちなんにもなくなり
鬱蒼と木が生えてると思ったら
そこにまた白い看板があって赤い字で。

「マルミ霊園」って書いてあるのよ。

こりゃ変なところにきちまったわと
引き返して。
また男蛇川だか女蛇川だかの川沿いの道。
今度は違う道を行こうと思って
あえて一方通行を無視してみたのね。

そしたらまた白い看板。
真っ赤な文字で「ここ、通れます」
もちろんそこには入らなかったわよ。
またあえて一方通行を無視して走ると
十字路に出たわ。
すると進行方向すべての道に看板が立ってるのよ。
いつものあの赤い字で、

「ここ、通れます」

怖くなって車をUターンさせたら
またもそこには白い看板。

「ここ、通れます」

通るしかないから通ったわよ。
川沿いの広い道に出たわ。
道なりに走ってゆくと
夜道にぼんやり明かり。
ああ明かりがあると嬉しくて走ってゆくと。
「スミミ霊園」って看板が立っているの。
もちろん白い看板に赤い文字で。

マルミっていうならまだわかるけど
スミミってなによ。

しかたないから友だちんちに電話したわよ。
正直に道に迷ったって。
スミミ霊園っていうところに着いちゃったって。
友だちはなんかわかってるみたいで、
そのまま待っててねって電話を切った。
震えながら待ってると五分もしないうちに友だちが来て。
とりあえず一服しようって変なこと言い出すの。

この子タバコなんて吸ったかしら。
ちょっと不思議に思ったけれど
二人でタバコを一服。
それから地図書いてもらって帰ったの。

そのあと?
あとはなんにもなかったわ。

UP↑



















通りゃんせ

伊藤透雪
 

  通りゃんせ通りゃんせ
  ここはどこの細道じゃ

路地裏 角っこ
四辻の鬼っこ
影だけ残す

  天神さまの細道じゃ
  ちょっと通して下しゃんせ
  ご用のないもの
  通しゃせぬ

小山の杜に赤鳥居
石段上ってくぐった先は
狛犬阿吽と守る宮
かくれんぼうの木の影で
待てど来ない友達は
どこへいったかわからない

  この子の七つのお祝いに
  お札を納めに参ります

七つうつしよ生きる子は
親の手離れて友つくり
とこよの境で遊んでる

  行きはよいよい帰りはこわい
  こわいながらも
  通りゃんせ通りゃんせ

生まれたからには
生き抜いて
ひとり一つの生きる道
苦難の山を乗り越えて
影を踏みつつ歩く朝

いってきまーす!

UP↑



















母と娘

赤月るい
 

母は
あの頃
何を思いながら
私の髪を撫でたのだろう

父は働き
家では何もしなかった
呑気に笑う父をしり目に
母は唇をかみしめ
妹を抱いた

夫は働き
家では何もしない
呑気に笑う夫をしり目に
家事をこなして
背を丸める

この道
子を産んでも
この道
いつまでも

夫の寝息
妻のため息

UP↑




















2014.2.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂