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金魚掬い  
肉まんの味  
モノクロームの視界  



























金魚掬い

宮前のん
 

クラスの皆がするというので
仕方なく引きずられて久しぶりに
でもあっという間にぺろん
剥けてしまった針金の丸い紙
アルミのお椀の中は隙間なく赤く
それでも10匹は居るだろうか
皆息も絶えだえだ
弱っているものを狙うと
掬いやすいんだよと
叔父さんが昔教えてくれたっけ

どれか1匹だけ持って帰っていいよ
テキ屋の兄さんに言われて
水槽の中を眺めていると
スッと目の前を通り過ぎた
黒と赤の斑点を散りばめた金魚
他の子の目を気にしながら
おそるおそる指をさす

あの、これ、下さい。

あいよ、袋代は別だよ


境内の石段を降りながら
ビニールに入った斑点の金魚を眺める
あの赤い集団の中で
自分だけが皆と違う模様だと
知っていたんだろうか
運命を受け入れるが如く
ただ俺は俺だと力強く
悠然と泳ぎ回っていたんだろうか

私とは違って


どこかで打ち上げ花火の音が
ピュルルルと悲しげに鳴いて落ちた

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肉まんの味

佐々宝砂
 

遠くじゃないのに遠くだと思っていた。

小さな駅舎まで
母と手をつないでとことこ歩く。
駅前のパン屋さん、
いつもマンガを読ませてもらう床屋さん、
小さな教会、
小さな私の小さな世界を通りすぎて。

改札で家族乗車証を見せる。
クリーム色の小さな電車。
車掌をやっているのは父か、
でなければ父の知り合いで。

ごおお、がたん、ごとん。
そんなありきたりのオノマトペでしか思い出せない、
遠い音を立てて電車が発車する。
景色が通りすぎてゆくけれど、
そんなに速いわけじゃない。

大きな駅じゃないのに大きな駅だと思っていた。

電車を降りて改札に家族乗車証を見せて、
母と手をつないでとことこ歩く。
百貨店の屋上はいつもきらきら。
でもお買い物をするのは百貨店じゃなくて、
いつもの洋品店。

日曜日のお出かけのクライマックスは、
やっぱりいつもの小さな中華料理屋さん。
「はんてん」というのは覚えているけれど、
何はんてんだったのか忘れてしまった。

それはそれは汚い店で、
テーブルはねとねとしていた。
壁は黒ずんでいた。
名物の肉まんがだいすきだった。
ラーメンでもチャーハンでも餃子でもなく、
ほかほかふくらんでじゅわっとした肉まん。

あれから何年経ったのか、
考えたくないから考えない。

その店があった場所には小奇麗な中華料理屋さんがあって。
名前はもうなんとかはんてんではない。
名物はいまも肉まんだけれど。

飯店っていうのはホテルのことなのだ、と
無粋なことを言うやつがいたのかな。

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モノクロームの視界

伊藤透雪
 

激しく突き上げるアースシェイク
息ができないほどマグマ
が上って弾ける
何度もなんども
かすかに声をあげるしかない
鋼鉄の背に爪を立てても


夏の終わりのバーで
端と端に座っていた夜
 わたしはブラック・ルシアン
 あなたはサイレント・サード
酔っぱらいのフロントサイトを合わせても
リアサイトが合わない
揺れる眼にあなたの顔が見えるわ
肩幅の広い姿も

もう恋なんて飲み干してしまった
若さも美しさもみな過ぎて
見向きもされないはずだと気づいて
思い出は陰 ネガに焼いた過去
若さへ嫉妬する自分が嫌になって

 酔いつぶれてしまいたくてウォッカをたっぷり
 あなたのスコッチはどのくらい?
 ちっとも酔っていない素振り

目が合っても逸らせない
もうそんなに酔ってるのかしら
横顔にライトが半分目元の睫
ダウンライトの影に隠れて見ているのは
魅せられているからなの?

はしゃぐことを知らないわたし
ひとりで心を燃やしているわたし
強がりのハイヒール
あなたはひとりで何を考えてるの
背中は強く満ちているのに
なぜひとりなの

考えたら辛くなってきて店を出る
ドアを開けたらフルムーン
見上げる空に雨が頬をつたっているの

差し出された手に青いハンカチ
追ってきた月明かりに堪らずぽろぽろ
黙ってぬぐってくれる手は大きくて
もっと泣いてしまいそうで
ずっと目を見ていたら墜ちていきそうだった
優しさは何年ぶりだろう
胸が熱くなって あなたも見つめて
腕を寄せられた夜は
フルムーン
穴だらけの光
今夜は光に溺れたいの
墜ちてもかまわないほど

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2013.9.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂