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揺らぎ  
灯台守り  
夏休みの自由課題  
湿った匂いと夏の空  
見せびらかす  



























揺らぎ

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九鬼ゑ女
 

振り子時計の 振り子のように
心が揺れる

アッチニイッテモ
コッチニイッテモ

揺れは治まりそうにもない

ブラン ブラン 
ブラン ブラン

有限と言う生の時間を
アッチとコッチに
揺れながら思う

現在が
現実が
止められるものならば

一瞬でいい

振り子よ
心の揺らぎを止めてほしい

ただそう思う  …いま。

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灯台守り

宮前のん
 

留守中に勝手に上がり込んでも
文句を言われない程ひどい嵐の夜
その辺にあった布切れで無造作に髪を拭い
湿気った煙草になんとか火をつける

窓の外を眺めると
遠くの方でカンテラの灯りが揺れている
親父は昔からそういう人だった
おふくろが死んだ夜でさえ
海岸の見回りを止めなかった

カンテラの灯は おそらく
親父の足元しか照らさないだろう
ほんの少し鼻先にはもう暗闇が
小さな希望を含んだ絶望のように
延々と広がっているはずだ
波音と汐の匂いと長年のカンに従って
海の底を漂う深海魚のように
海岸線をゆっくりと辿って行く

時々は
海岸に打ち上げられた
何かを見つける事がある
それはまるで始めから
そこにぽつんと置かれていた忘れ物のように
闇の中から浮かび上がってくるのだそうだ
親父はそれを家に持って帰って
暖炉の前で長い事撫でながら見つめ
翌朝それを丁寧に裏庭へ埋めていた


カンテラの灯が少しずつ近付いてくる
じつに十年ぶりの再会だな
この部屋にぽつんと置かれた俺を見つけた時
親父はいったい何を思うだろう
暖炉の前で長い事撫でながら見つめ
それから


煙草の灰が
半分だけ床にこぼれて落ちた

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夏休みの自由課題

佐々宝砂
 

「おねえちゃん観察日記」

8/1
私のおねえちゃんは中二です。
いろいろある年ごろなんだってお母さんが言ってました。
今からだとちょっとおそい気がしますが
おねえちゃんの行動を観察して夏休みの宿題にするつもりです。
今日おねえちゃんは体重が増えてるって言いました。
今月に入って3kgも太ったんだって。
明日からダイエットするって言って
おねえちゃんは冷蔵庫のアイスをみんな食べました。
あれだとやせないと思います。

8/2
おねえちゃんは今日からダイエットするんだそうです。
今日は朝からじゃしんなんとかをしょうかんすると言って
おねえちゃんの部屋に呼び出されました。
部屋の真ん中に大きな星形が書いてありました。
魔法じんっていうんだそうです。
星のなかにはなんだかローマ字とさかさまの顔がありました。
いあーいあーふんぐるいーとかよくわからない声で
おねえちゃんはさけびました。
とくに何も出てきませんでした。
おねえちゃんは床にものを書いちゃだめってお母さんにおこられました。

8/3
おねえちゃんのダイエットは順調じゃないようです。
はきけがするって言いながら
むしゃむしゃチョコレートとポテトチップを食べていました。
体重は2kg増えたそうです。
おねえちゃんは今日もしょうかんを手伝いなさいと言いました。
二階のおねえちゃんの部屋に犬小屋みたいな箱がありました。
そのなかに何かかってるらしいです。
きのうと同じくじゅもんを唱えましたが
やっぱり何もおこりませんでした。

8/10
おねえちゃんは今日もなんだか変です。
今日はしょうかん魔法をやらないで出かけて行きました。
私はこっそりおねえちゃんの部屋に行きました。
犬小屋みたいな箱をのぞくと中はまっくらです。
何も見えないので棒でつついてみました。
すると箱の中からうなり声が聞こえました。
箱のなかでは何かが光っています。
とてもなまぐさいにおいもしました。
…おねえちゃんは変なあくまをかってるんだと思います。

8/15
おねえちゃんはいよいよ太りました。
おなかがぽっこり出てスイカをだっこしてるみたいです。
お母さんが心配してあんた病院に行きなさいと言いました。
おねえちゃんは全然病院に行く気がないようで
今日もチョコレートとポテトチップをむしゃむしゃしました。
そのあとげろげろはいていました。

8/20
…もうどうしたらいいかわかりません。
おねえちゃんは下半身がわれました。
青むらさきのしょくしゅがおなかからでてきて
服に入らないくらいになりました。
むねのあたりには大きな目玉がいっこできて
こっちをぎろぎろにらみます。
もうこわくておねえちゃんに近寄れません。

8/25
日記を書くひつようがないなと思います。
家はきんじょの人に火をつけられて燃えてしまいました。
学校も燃えてしまいました。
おねえちゃんは犬小屋にいたあくまといっしょにいます。
元気でぴんぴんしています。
じえいたいを呼ぼうかときんじょの生き残りが話していました。

8/30
お母さんが食われました
おねえちゃんのおなかから出てきたタコみたいなのが食べました。
おねえちゃんはそのタコの足の一本みたいになって
タコからぶらさがっています。
白目をむいてるし顔色もとても悪いので
たぶん生きていないと思います。

8/31
明日で夏休みは終わり…
終わるのは夏休みなのかなあ…
わからないや…

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湿った匂いと夏の空

伊藤透雪
 

青空にわた雲が飛ぶ日
熱風が肌にすりより
毛穴という毛穴から
サラサラした汗を呼ぶ
路地の桃色のバラに
せわしなくキスをする揚羽蝶

南風が川を伝う匂い
は潮の香り 漂って間もなく
夕立が匂いを溶かしていく
帽子のつばにぺたりぼたり
一面 雨の匂い

学校の柵から飛び出して
伸びる葵たちくすくすさやさや笑ってる
うす紅色が夕日に染まっていく 
花に囲まれた路地の小さなひなたに
少し未来に飛んで跳ねた足の跡

遠くで揺れる道は夏に炙られ
からっからのから

 路地の先
 雨が上がると西に沈み始める空
 少しにじんでる

花の路地が陰るいま
夕闇のワームホールは
わくわくするオレンジ色
青く暗くならないうちに
キャップを目深に
被りなおして
瞳孔は小さくして、

そう、興奮して見開きすぎたら
まだ道に灼けてしまうから
尻尾を股に挟まないで
ついておいで

積乱雲はもうみえない
湿った日
いま花開く盛り
ぼくらは少し先へタイムジャンプする

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見せびらかす

赤月るい
 

30代になりたくない
30代になりたくない
30代になりたくない
人生の大台かと思えばまだまだ
閉経の後も性行為は行えて
快感は死ぬまで上昇

30代になりたくない
30代になりたくない
命がひからびた
胎盤から出たへその緒
手術室の床に落ちた
しなびたへその緒
色は緑から海へと続く

赤のひとを求めて
西の海岸に助けを呼ぶように出かける
波打つリズムに落ち着いてしまう
それこそが女の証

30代になりたくない
女が髪の毛から発されて落ちて
しんどいので
髪を切り続けては
七月から表にも出なくなった

30代になりたくない
今まで適当に生きていたとして…
ふり返って何かを学び
幕を切る新しい人生、なんて
ああ
桜貝を探そう
細かい砂の粒に
今までの思い出を託して
踏みしめていよう

なくした白い石
放り投げて
未だ私は岸辺のこちら側
揺らす髪ももうないよ

30代の風を頬に浴びたら
私は地上の蜘蛛になり
化石になり
どこまでも執念と怨念とを絡めた
醜い醜い貝になる
女の潤みを持たない
堅い堅い貝になる

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2013.8.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂