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バースデーキャンドル  
ほむらやまい  
エカルラートより緋色  
  



























バースデーキャンドル

宮前のん
 

届けられた宅配便からは
覚えのある香水が立ち昇る
ビルの上からでも目立つほど赤い
大きなリボンと小さなカード

プレゼントの中身は
いつだって欲しいものじゃない
破られるための約束に
何度も描く夢は
もう色褪せている

ケーキの上に並んだ
色とりどりのキャンドル
融けた雫が滴り落ちて
残った時間までもが
少しずつ失われてゆく

小さな緋色の灯を
大きな吐息で消す時の
願い事は秘密

 

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ほむらやまい

佐々宝砂
 

真夜中の校舎がいきなりスライドした。

なんのことかわからなくて目をみはる。
見覚えのある建物はすでにそこにはなく
見たことのない建物がそこにあった。
そこに行かねばならないとわかっていたので
歩いて行った。

幽鬼の淡青をまとったひとびとが
幽鬼のように歩いていた。
わたしのように歩いていた。
けれどわたしは彼らとは違って
けれどわたしはそれを隠しておかねばならなかった。

彼らとは違うということを
絶対に悟られてはならない。
けれど彼らに紛れて歩いて行かねばならない。

どこへ?
このわけのわからない
工場とも学校ともオフィスビルとも見分けがつかぬ
無機物でありながら有機的に増殖してゆく
このわけのわからない建物の
いったいどこへ?

それはどうしてもわからなかった。

身を隠しながら進んでいった。
芝生が夜露に濡れていた。
幽鬼の淡青がそこここにきらきらと光った。
腐臭が漂っていた。
彼らはみな正しく死んでいた。
うつくしいとおもった。
しかしどうあがいてもわたしは彼らではなかった。

手を握りしめる。
痛くなるほど握りしめる。
わたしの手のひらはぎょっとしそうな緋色。
決してうつくしいとは言えぬ生の色。
血液の色。
見られてはならぬ。
悟られてはならぬ。

建物に入り込み
白塗りの狭い階段を進む。
どこかに仲間はいないだろうか。
緋色の手のひらを持つわたしの仲間が。
ひとりでいい。
たったひとりでいいから。

廊下の突き当りに重そうな扉があった。
冷凍室とあった。
鍵はかかっていない。
ぎい と開けた。

冷たいはずのその部屋の中央に
輝かしい緋色のヒトガタがあった。
ほむらやまい。
そのヒトガタが口にしたのか
それとも単にわたしの思いつきだったのか。

他にどうしていいかわからなかったから
しかしそれしか方法がわからなかったから
手を伸ばした。

友よ。

ヒトガタは燃え上がり
燃え上がり
ヒトガタではなくなり

ほむらやまい。

友よ。

わたしはまだそこに行きつけない。
しかしわたしは見た。
緋色に燃え上がるヒトガタを。
ひいろ。
醜い色。
月経の色。
しかしこの冷たい幽鬼の世界にただひとつ燃え上がる
生命の色。
固く握りしめていた手をひらく。

これがわたしだ。
これがわたしの色だ。

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エカルラートより緋色

伊藤透雪
 

占い師は手のひらにナイフを引き
その指先をつたって流れ落ちる
エカルラートの血よ
円に十文字を散らすたび
螺旋を描いて緋色に染まる
タロットカードに
命を吹き込み給え

強い力に呼応して
現れる聖杯の女王
大アルカナの魔術師

それは情熱と同じに艶やかで
錆びないものの証
例えば恋の始まり
詩人のひらめき
人との出会い
美への開眼

 Je sais la levre rouge. 
                        ---真っ赤な唇を知っている
 Quelle est la chose a laquelle les levres de la couleur ecarlate parlent?
                    ---緋色の唇が話すのは何だろうか?

少しばかり深いくらいが
薔薇の花びらのよう
さっきの少女が
今は華やかな若さ
そして艶めく女へ

ゆるい曲線の螺旋を
素早く流れゆくは
時と同じに変わる

デキャンタに移した赤の
ワインを召し上がれ
すっかり無くなるころには何かが換わる

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赤月るい
 

まるで忘れてしまったかのよう
緋色の泡沫の夢

私の哀しみを抱き
彼は憐れむように身を包み
その舟に乗ってどこまでも沈みゆく

忘れてしまったかのよう

仏壇の前で溶けあった
身体ごと
汗にまみれ
その存在に存在を重ねた
窓の外の光は
嘘のように照りかえり
私たちとはまるで別世界の出来事のようだった

突然、目の前が
真っ暗になってしまった
「終えたのです」
医者が言い放つ
僧侶がやってくる
十九歳で死んだ証拠は
確かにあるというのに

私はまるで
生きていたようだ
この地に貴方と生きていたようだ

また、ひとりきり
白い陽の下
私は消えている
緋色の花が
そっと風に揺れている

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2013.7.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂