info@orchidclub.net
http://www.orchidclub.net/






欠けた天使達  
深夜一時、心地よくない秘密めいた場所にて  
青空に描かれた  
幼い頃から  



























欠けた天使達

宮前のん
 

大きなビルが建ち並ぶ
交差点の真ん中に
天使が三人現れました

一人は羽根の無い天使
一人は輪っかの無い天使
一人はハートの無い天使

三人はまず連れだって
一番大きなビルに昇り
一番偉い人に尋ねました

私たちは一つずつ欠けています
そのために天国へ戻れません
どうすれば帰れるのでしょう

それには金です、金を出しなさい
都会では大抵の物が買えるのです

三人はお金を持っていません
仕方なくビルを降りていき
今度は地下の電車に乗って
一番くたびれた人に訪ねました

私たちは一つずつ欠けています
どうすれば良いのでしょう

そりゃあアンタ盗むしか無いよ
他が持ってる物を盗むんだ
そうすりゃあ1人だけは帰れるさ

三人は悪いことは出来ません
途方に暮れながら駅を出て
とぼとぼと裏通りへ歩いていくと
小さな女の子が遊んでいました

女の子は彼等を一目見ると
にっこり笑って言いました

あなた方は三人でひとつなのね

三人は顔を見合わせました
そうして微笑みを交わしました
お互いに手と手を繋ぎ合うと
ゆっくりと天に昇り始めました


夕暮れが優しく街を包んで
星が輝きを増したようでした


 

http://www.orchidclub.net/



















深夜一時、心地よくない秘密めいた場所にて

佐々宝砂
 

心臓がゆっくり動いている。
ゆっくりすぎる。
こういうのを徐脈というのだと
知識としては持っている。

目の前が白い。
何も見えないほどギラギラと白い。
白いがこれは眼前暗黒感に変化するものだと
経験として知っている。

などと考えることは可能で
脳裏にはあの使い古されたメタファのように
ここ何年かのあれやこれやが駆け巡るが
そのイメージも圧倒的なギラギラに覆い尽くされてゆく。

プレス機が乗っているかのように腹が痛い。
さっき排泄した大量の茶色い液体と
自分の尻についているであろうその液体の名残を
手探りで始末する。

自分の手首を探る。
脈が触れない。
私の心臓は動いているはずだ。
でなければ私は。

無理に立ち上がりパンツをあげる。

ギラギラがグラリと反転する、
暗黒がやってくる、
もう何も見えはしない、
これはだめだ、
もうだめだ、
どうしよう、
せめて、
せめてズボンをきちんと穿きたい、

それが最後の願いだとしたら
悲しすぎる願いを血流の足りない脳で願いながら
私は意識を失った、
心地よくない秘密めいた場所で、
深夜一時、
ひとが孤独になれる小さな空間で、
ひとがみなひとに見せたくないものを放り出す場所で。



心臓がゆっくり動いている。
ゆっくりだけれど動いている。
確かに動いている。

こんなところに倒れていたくはない。
充分すぎる慎重さで時間をかけて立ち上がり
ズボンを穿き
あたりを見回す。
とりたてて異常はない。

ゆっくりゆっくりドアを開け
ゆっくりゆっくり手を洗い

またグラリときた。

しかしさっきほどにはひどくない。
立っていられるうちに水分を
と思ったが無理だ。
立つことをあきらめて
決して衛生的とは言えない床に這いつくばり
這いつくばり
這いつくばり
たった数メートルの長い道のりを進み
布団に倒れこむ。

手首に触れてみる。
脈はあいかわらず触れない。
でも私は生きていて
自分が生きていることを
確かめるために今度は胸に手を置き、

と。
く。

視野半分に腎臓形のギラギラ。
これがふたつあったらハートだな。

http://www.orchidclub.net/



















青空に描かれた

伊藤透雪
 

雲ひとつない眩しい空
両手の指でつくったハートで切り取ると
空に虹色のハートができているの
飛行場のエプロンで焦がされて
かげろうに滲んだ
皆が額に手をかざしてエンジン音を見てる
まもなく現れるブルー
 
 [Vertical Cupid,Let's go-/]

空に白く描かれたハートが
私たちの心に重なって
射られては歓声があがる

 パイロットの君は息を切らして
 飛んでるブルー

まっすぐ射ると
わたしの だれかの
胸がドキドキするから
君の息が荒いのを
すっかり忘れてる

ハンガーの入り口で
特大のお祭りにのどをならしで飲み干した
よく晴れた青空に飛行機雲は流れて行く

また来たい
手を振る姿でまた降りてきて
次もまたドキドキしたい
名前も確かめてない君に憧れて
歓声にかき消された名前に

http://www.orchidclub.net/



















幼い頃から

赤月るい
 

私の心の森は
深く澄んで
誰かの企んだ笑顔を拒む
遠い昔からある
祖母にもらった池の鏡にうつして
正しさ
ーそれはつまり、物事の美しさを
確かめるのだ

森は、朝を撫ぜ
夜に隠れる
朝焼けを睨み
夕焼けに添い寝する

あるがままに
落ちてゆく太陽に
明日の希望も
今日の反省も載せはしない

ただ暮れゆく日に
膝枕
明日は明日が決めればよい
今日は
もう夜風が冷たい

かなしみに冷えた足の先
誰かの戦争が
今日も私の髪の毛をかき乱した
途轍ない叫び声

もう一度
よみがえる、私の丸い形
きみが呼ぶよ
黄泉に沈めたきみが
呼ぶ。

http://www.orchidclub.net/




















2013.6.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂