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お菓子の国の  
なんでもない今日  
夢幻時間  
旦那さんが帰る  



























お菓子の国の

宮前のん
 

私の住んでるお菓子の国では
アメの日には忙しくなります
みんな急いで傘を広げて
逆さまに持って歩きます
色とりどりのキャンディが
後から後から降ってくるので

私の住んでるお菓子の国では
ハレた日には大変です
大きな口をもっと広げて
歯医者さんまで走ります
ハレた頬ではとてもじゃないけど
チョコレートなど頬張れないので

私の住んでるお菓子の国では
クモリの日には警官が来ます
曇った顔が泣きでもすれば
慌てて牢屋に入れられます
お菓子は幸せの象徴ですから
涙で融けては困るので

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なんでもない今日

佐々宝砂
 

ありそうにないものを探すのは
夢の外にいるときではなくて
ありそうにないものを探すのは
ほんとうは
夢の中にいるとき

土曜日の半分が小さな城で
八月のすべてが小さな王国だった時代に
わたしはもちろん城主であり国王であり
わたしのまわりの人々は
誰もがわたしにかしずいていたが

いつも何か足りなかった
いつもどこかに行きたかった
メリーゴーラウンドはいつも故障中だった

いみじくもサンデーと名付けられた食べ物を
翼の意匠のスプーンですくった
ラーメンはちょっと量が多すぎた
きらきらするデパートの屋上で
少しくたびれた万国旗がはためいて
乗る人をめまいに誘う乗り物ががたごと動いていた

思い出は豪勢な額で縁どられ
キャンディのCMみたいな台詞が頭の中で渦を巻く
特別だったのは休日だったからなのか
特別だったのはわたしだったのか
特別だったのは時代だったのか
特別だったのは

少なくとも
デパートの屋上は特別な場所じゃなくなって
不思議なことを喋る女の子が
銀色の遊具に乗って笑いかけたりはしない

忙しい一日だったなと思いながら
コーヒーを飲み干す
なんでもない今日
わたしは目覚めていて
もう魔法も魔法使いも探さない
ここは夢の外

あけがた早く半ば目覚めたとき
ほんの少しだけわたしは夢に触れて
ありそうにない銀色の遊具を探している

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夢幻時間

伊藤透雪
 

浅い眠りの中 長い夢につかまえられ
空色の中に沈みながら
解かれるいくつものむすび目
立ち枯れた木々の谷間を
懸命に泳ぐのだけれど岸は見えない

次元をいききする眠りの中にこそ
ほんとうの安らぎ
ほんとうの癒やしがあるのなら
とび回る世界に何かが隠れている

輝く白い家々も
その窓を両手で開いてテラスに出れば
青の先は断崖の景色
周辺視野まで広がる
フルカラーで

球体のラリーでドップラーの影を見
流麗なヨットを海原に走らせ
砂を触れ 風を匂い
全ては意のまま

だけどこのツアーはオプションが命
だれも知らない船を造りはじめると
夢主はまたエンジンに火をいれる

スキルと
現実なんて目じゃないさ
特別な夢の休日
は危険とスリルに満ちている
ロマンと愚かも混ざりあい
矛盾も破綻も当たり前
生きている証は恒にもえている

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旦那さんが帰る

赤月るい
 

雨が
ひとつ、ひとつ降るたびに
心は
しん、しんと冷えて泣き
七時をまわるころには
旦那さんが帰ってくる

濡れた路面を走る車の音が
雨の日は
特別に急いでいるように聴こえてくる
病院のベッドで
明るい窓の外をうらやんだ時に聴いた
はっきりとした輪郭で

じとっとした心に
はりつく衣服
ひとつ、ひとつ
狭くなる柄のます目を見つつ
労働の折には
これほど不自由と窮屈さを
感じていただろうかと
ふり返る

しん、しんと
迫りくる
ひとり身と
ひとり遊びに似た思考の中
満ち足りている
灰色のドブ川から
あふれ出た水
あふれる、までもなく
強風にまかせ揺れる水面よ

地面の草も
冬から枯れっぱなしの草むらも
しん、しんと
溜まってゆく雨水に
あきらめを載せる

旦那さんが帰ってくる

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2013.5.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/1928年にノルウェーで撮影された写真を使用した絵葉書
画像加工/佐々宝砂