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溺愛  
海の向こう、空の彼方  
今夜も私は眠れない  
姪と日向ぼっこ  



























溺愛

宮前のん
 



そのまま背中を
押しておしまいなさい
心の奥から声がしたので
迷わず押してしまいました

あなたは悲鳴をあげる暇もなく
いらなくなった人形のように
ただ呆然と落ちてゆきました
黒い靴が片方だけテラスに残ったので
夢じゃないんだと判りました

愛している
離れないよ
読経のように繰り返して
まとわりつき、
からみつき、
拘束し、
窒息させ、
そして殺させたのです
ね、お父様

本当は
自分が飛びたかったの
自分で飛びたかったの

空を見ながら泣きました


 

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海の向こう、空の彼方

佐々宝砂
 

ねのくにはないのよ。
どこにもないの。

それは本当のことじゃないなと思いながら
母の横顔をみた。
春盛りのお寺は手入れの行き届いた花壇がみごとだった。
咲いてる花がチューリップとひなげしだったのが
なんとなくそぐわなかったけれど。
喪服の大人たちに囲まれて私の服は明るかった。
たんぽぽを摘んで帽子にさした。
みんなが笑った。

誰が死んだのか私にはよくわからなかった。

根の国は、あるのかもしれない。
どこかには、あるのかもしれない。
たぶんきっとあるのだ。

母の本棚には柳田国男も折口信夫もあった。
私は単純に遠野物語が好きだった。
それはふしぎでおもしろいおはなしだったから。
折口信夫のことはよくわからなかった。
いや、ぜんぜんわからなかった。
たぶん今もわかっていない。

根の国はきっと昏い。
いやもしかしたらそうではないかも。
根の国は海の色。
きっと青。
古代の日本人は黄色を青と表現したというではないか。

海の向こうに、根の国。
補陀落渡海でいきつくところ。
黄色くあかるい泉ふきあがるところ。
なにひとつ変わることなく若くあり続けるところ。
でも。
母の言葉が今はよくわかる。

ねのくにはないの。

そう。私と母がゆくべき根の国はない。
私と母がそこからやってきたという根の国はない。
なるほどあなたにとっての根の国は存在するだろう、
でも。

空をみあげる。
迎えが来ないかなと思ってみあげる。
根の国からの迎えじゃない、もちろんそうじゃない、
銀色にゆらめく光があの空の向こうから、

根の国ではない故郷から。

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今夜も私は眠れない

伊藤透雪
 

ねないこだあれだ

絵本を読みながら
演技に喜ぶ子供らの
眠気はどこへいったのか
きっとこれは母も来た道

泣く赤子
毎夜母を破壊する
寝不足頭で
べき語に振り回される度
母のパズルは端から壊れてゆく悪夢
人は未熟で生まれてくる
何人もの手をかりてなお
過ちを繰り返す

しかし母よ
あなたもまた過ちを犯す
べき語の手先になりはてて
いくつもの摩擦痕を子に作る
時には八つ当たりされ
父は我関せずなら
どこに逃げられよう

母にも大人にもなりきれず
夜は長く子守歌などない
静寂の
天井の目だけが見ている
私は今夜も眠れない

悪夢の夜がまた始まる
耳鳴りする静けさに
圧迫されるときがくる

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姪と日向ぼっこ

赤月るい
 

かなしいことは
いつも隣にあると
おしえてくれる、ね。

ねんちゃく
ねむけざまし
ねんどのかたまりを
象の形にしたのだ
それにレモン色の絵具を塗ったら
家の倉庫から
こっそり捨てられたのだ

ねそべって
ねんがんの
ねむりひめのうたを
伝わない語句をならべ
布団の下にしまっておいたら
大掃除のときに
夢ごとゴッソリ捨てられていたのだ

ね。
おばちゃんは、ね。
こんなだったんだよ。

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2013.4.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂