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地下鉄  
世界の蝶番は音もなくゆるやかに動いて  
かせくり器  
あの街まで  



























地下鉄

宮前のん
 

路線図を見て切符を買って
すんなり行けると思ったら
とんでもないのだ
乗り換える場所を
ほんのひとつ間違えただけで
いつの間にか全く別の所へ
連れて行かれる事になる
どうしてここに居るのだろう
どうしてこうなったのだろう
選んだのは自分なのに
あの時あんな事さえ無ければ
今頃はあっちの路線に乗って
きっと幸せだっただろう
そんな気持ちなどお構いなしに
列車に轟々と引っ張られ
白々しい蛍光灯と
真っ暗な窓に目を泳がせながら
いつまでも魂は、くるん。と
分岐点に戻りたがる

 

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世界の蝶番は音もなくゆるやかに動いて

佐々宝砂
 

世界が裏返るとき
世界のどこかで蝶番がきしむだろうか

それとも
世界は一瞬のうちに裏返るだろうか
ほんのわずかな音も立てないで

たまに飲むビールは
いつもの発泡酒と違ってちょっとだけ甘い
あくまでもちょっとだけ
世界は今日も基本的には苦くてちょっとだけ甘い

ちょっとだけだなんて
あまりにもつまんなさすぎるよな。

強風吹きすさび
砂塵が空を茶色に染めても
世界は裏返ろうとしない

わたしひとりが
あっちの側に突き抜けることさえ
簡単にはできない

それでも
わたしは確かに
世界の裏返し方を知っていて

自らの内臓をさらけだし
その臭い内容物をさらけだし
やわらかな皮膚の裏側を
したたる血とともにさらけだし

そうすることによって
すくなくとも
わたしの世界は裏返る
世界の蝶番は音もなくゆるやかに動いて

くるん。

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かせくり器

伊藤透雪
 

いーとまきまき いーとまきまき
ひいーて ひーて とんとんとん


父さんのセーターを ほどいた毛糸
くるんくるんに縮れてる
何度も何度も編み直されて
細くなった糸のつぎあと
母のつなぎ目思い出ひとつ
かせくり器が回る
縮れた毛糸が巻きとられ
去年のセーター消えてゆく

伸びた毛糸は否応なしに
私の腕に通される
右へ左へまきまきまきまき
毛糸玉の数だけ母さんが
笑いながらも父さんと
向き合うじかん

ひと冬出される古い編み機
横糸機械で編みつけて
縦糸ちくちく
父さんの横糸に母さんが縦糸


父さんが早くに逝ってから
もう倍も生きてきたね
かせくり器は思い出のなかで回ってる

温かかったですか茶色のセーター
父さんのぬくもり今もありますか


いーとまきまき まいたらくるくるくるん
まわした球のできあがり
球から思い出編み込みましょう

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あの街まで

赤月るい
 

消えない駅の光景
列車を待ち
春風になびく彼女の髪を
彼は後ろから
繊細な指で撫でた

その指で
彼は私を抱いた、
私を象り
私の身体をまさぐり
それは
彼女が十月十日に去った
あくる日のことだった

今でもあの駅のそばを通ると
あの日の春風が
二度と吹かないなんてわからないと
からっぽのプラットホームに
幻影を見る

彼は、私を
何に見立てて抱いたのだろう
淋しさでもない
彼女でもない
彼はそう言ったし確かに発情もしていた

春の匂いが
白く薄い空の色に重なると
肌寒いのが
ひとりぼっちだからだと気づく
この街には
彼と私以外、何もない

私は何に連れ去られて
ここまでやって来たのだろう
彼の想いならば
私はいったい何を汲み
何を演じてきたのだろう

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2013.3.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂