info@orchidclub.net
http://www.orchidclub.net/






無題  
缶詰  
○○○のはなはよるひらく  
Terra Spectrum Radio  
ひかり  



























無題

ふをひなせ
 

心を眼を境涯を
わたくしの生命を
一生涯をかけて

深く
優しく
温かく

わたくしの
いま在るがままに
進むままに

http://www.orchidclub.net/



















缶詰

宮前のん
 

昨日ねえ
アタシねえ
缶詰開けたんだよ、夜中に
花の缶詰
知らない? 前に流行ったよね
ほら、あなたの人生に一度だけ
ひと花咲かせますってやつ
ただし、開封時期については
十分ご検討下さいってさ
それで昨日、誕生日だったでしょ
そうアタシ大台になんのよ、なったのよ
相変わらず独りぼっちのバースデーでさ
このまんまずっと花咲かない人生じゃ
あんまり可哀想だと思ってさ
ほら私、根っからの不器用だから
それに運ないしね
で、0時過ぎかなあ缶切りで
そしたらさあ、なんか萎びてるの
おかしいと思って缶の裏見たらさ
消費期限過ぎてたの
なんと昨日までだったのよ
たった数分の違いでさぁ
全くタイミング悪いよねえ
せっかくの花を
何年も暖め過ぎちゃって
大事にし過ぎちゃって
とうとう萎びさせちゃった
やっぱり私って
どっかダメな女だよねえ

http://www.orchidclub.net/



















○○○のはなはよるひらく

佐々宝砂
 

横向きの首をゆっくり上向きにする。
夜が来ていることをたしかめるように息をする。
汚い音をたてて空気を吐き出し
汚い音をたてて空気を吸い込む。
夜だ。
夜の臭いがする。

手探りで自分の顔を確認する。
鏡を見る気が失せてからもう長い。
ファンデーションとチークと口紅で抵抗したこともあったが
いや、年齢の話ではないし
器量の問題でさえない。
この顔に皺はない。
皺がなければいいという問題でもない。

問題は顔のパーツがちゃんとついていて機能するかどうかだ。
目はひとつ使い物にならなくなった。
残るひとつにもあまり時間は残されていないと思う。
歯もほとんどが落ちてしまった。
舌と声帯はまだ使えるので喋ることはできる。
喋る必要はないのだけれど。

それをいうなら息をする必要だってないのだけれど
息をするのは臭いをかぐためだ。
私の体臭は芳しくない。
特に昼日中はよろしくない。
本人は馴れてしまっているし
そもそも人に会うこともないので気にする必要はないが。

上体を起こす。
やや苦労して寝具から身体を引き剥がす。
ちょっと失敗した。
取り返しはつかない。
こうやって私は日々欠損してゆく。

しかし今は夜だ。
少しなら出歩くこともできる。
夜の道にながれる夜の臭い。
視力が喪失してもこの感覚を味わうことはできるだろう。

夜こそは私の時間だ。
こうなってしまってから。
いやこうなる前からきっと。
こうなると決まっていたのだからきっと。

冬の夜だがとうぜん煖房はつけない。
むしろ冷房をいれたいくらいだ。
冷え冷えとした夜の空気の中
私は久しぶりに腐った肺をフル活動させて息を吸い込む。

http://www.orchidclub.net/



















Terra Spectrum Radio

伊藤透雪
 

遠く遠くはるかな向こうのあなた
聞こえますか
私は大宇宙の天の川銀河の端
太陽系第3惑星から話しかけています


私は地球という名の惑星から
あなたに話しかけています
あなたの星はどこでしょうか
私の声はみっちりと詰まった重力粒子を
かき広げながら進んでいくのです
ダークマターをかいくぐり
ブラックホールを逸れながら

あなたはどんな歌を歌いますか
どんな音楽を聴きますか
地球の歌はスペクトラムです
様々ないきものの声で満ちあふれ
様々な音で彩られて
プリズムを通る風の音です

あなたはどこにいるのでしょう
遠く遠くはるかな向こうの星で
私の声を聞いているあなたは
だれなのでしょう
私はひとといういきものです
泣き笑い怒りよろこび
考え流され複雑に入り組みながら
曲線にふちどられたいきものです

あなたはどんなものですか
あなたはどんなかたちですか

聞こえますか
私は大宇宙の天の川銀河の端から
あなたに歌っています
あなたに響くことを信じて
今も波間を揺れながら
星々のきらめく海を
かきながら泳いでいく声を
見ています

あなたに心地よく響くことを信じて。


聞こえますか
遠い遠いはるかな向こうのあなた
私の声が響きますか

http://www.orchidclub.net/



















ひかり

赤月るい
 

あの、そよ風のように
あなたには
奥さんがいます

あの、光は白く 淡く
十年後の今でも
感じることのできる「ひらき」
そして
夢見る
ともに生きていることを
あなたに添い
私もほほ笑み生きていくことを

そして
奥さんがいる

あの頃からずっと
あなたは奥さんといた
今でも
奥さんといる

あなたがどれだけ人に興味がないと
結婚なんて生活だと
何を言っていてもひらかれた先には
奥さんがいる

月の光の向こう
あなたには
奥さんがいます
いつも

どうか私に
ひとつだけ
教えて下さい
あの頃からひらかれて
止められない蛇口を

会わなくていい
言わなくていい
閉じる術を、教えて下さい

http://www.orchidclub.net/




















2012.12.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂