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蓑虫  
潜在  
カーテン  
やわらかい夕べ  
二度と来ない風を想って   



























蓑虫

ふをひなせ
 

カーテンに
包まって
蓑虫になる
えも言われぬ
心地

ほどいて
窓を
あける
風に
ゆれる
光と
影が
ゆらめく

そらを
あおいで
そとに
でる

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潜在

宮前のん
 

この部屋に越してきてから
窓のカーテンを開けた事がない
カーテンの後ろにはヤツが潜んでいる
部屋はエレベーターのない4階にあって
夏なら心地よい風が
入ってくるかもしれないし
冬なら暖かな日差しが
射してくるかもしれないのに
開ける気がしない
開けるとそこには
得体の知れないヤツが
ずっと瞼を閉じない眼で
こっちを真っ直ぐに睨みながら
立っているような気がする
世の中を心の底から恨みながら
自分を幸せにするための言い訳を考えながら
でも本当の根っこの所で
寂しい寂しいと涙を流しながら
ずっと閉めたままになっている
カーテンの後ろに
潜んでいる

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カーテン

佐々宝砂
 

カーテンを開けたらそこにはノヴァ
なんて状況があるわけもなくのたのたした足長蜂が一匹
秋も深まってきたというのに室内はまだ25度超えで
夕暮れの空は赤くなろうとさえしていない
本当に夕暮れなんだろうか
本当に10月なんだろうか
というか本当に21世紀なんだろうか
アンゴルモアだの恐怖の大王だのが君臨していないのはなぜなんだ
カーテンを開けたらそこは破滅の光あかるい5月の庭
なんて状況でないのはなぜなんだ
ひたひたと迫り来るはずだった放射能まみれの恐怖のあした
パロキセチン塩酸塩水和物で引き起こされるはずだった恐怖の殺害衝動
ぶわぶわと増殖する芽殖孤虫がここにいないのはなぜなんだ
やってくるはずだった数々の恐怖の幻影を胸に抱きながら
冷めたコーヒーをのんびり飲んでいる今の状況があるのはなぜなんだ
なぜ死ななかった
なぜ殺さなかった
なぜ終わらなかった
なぜ
なぜという言葉ばかりを舌でねぶって
とりあえずのたのた動く足長蜂を窓の外に追いやり
開けたばかりのカーテンをしめる
閉ざしている限りカーテンの向こうには常にあこがれがあり
あこがれがある限り常に一歩先に破滅があり
手のひらにのせた錠剤は曖昧に微笑み
そしてそれらが腹立たしくてたまらないので
しめたばかりのカーテンをもう一度開ける
カーテンを開ければそこには
カーテンを開ければそこには
カーテンを開ければそこには

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やわらかい夕べ

伊藤透雪
 

心細い病床にさし込むもの
レース越しに淡いオレンジ色が
空から白壁に反射してくる

ひとりぼっちの病床から
出窓を見上げて
光に染まる壁に
安らかなこころを取り戻す

沈みながら静かに見つめる
瞳に映る秋の色
こころの坂道を照らす
饒舌な太陽

悲しむことなかれ
人は人の間で 生きて朽ちるもの
やわらかく染まりながら
はらはらと落ち
土にかえって
新しい芽を育むのだから

少しずつ色は消えてゆき
やわらかく影に落ちて
部屋の中から消えてゆく

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二度と来ない風を想って

赤月るい
 

二度と来ない風を想って
佇む秋の夕暮れ
貴方を愛したあの夏の薫り
街の何処にも見つけられないよ
淋しくて
淋しくて
強く立っている私の心

貴方を想い
崩れ落ちた赤い空の下
固くなった破片に
視線をのせて置くだけで
精一杯、だった
死を悼むまなざしに
ひとかけら
希望が光っているなんてわけ、ないじゃないか

繊細な欠片が散らばって
永久の夏
ここに欲しいよ
貴方と刻んだ時間だけが
キラキラ、痛みになって
カーテンを揺らす

飢えに泣いたよ
貴方が忘れたふるさとで
私は今も立っている
貴方が失ったゆめも
ここに一輪、咲いている

輝くのは貴方との時間
ただひとつだった
ずっと並んで話をしていた
寒い冬にも
近くをモンシロチョウ
舞っているようだった、なんて
部屋の隅
捨てた写真も今更
見えない風に
吹き飛ばされて行くみたい

貴方が知っていた
あの夏、教えてくれた
嘘の泉に
溺れていつまでもはしゃいでいたかったんだ
君が僕の目に
強さをくれたんだと言ってくれたこともあったね

かなしい季節がまた来たよ
きみが飛び出した柔らかい光
今でもここに
きみが宿した夢、捨てずにゆれている蜃気楼

忘れられない音が
喚き始める

秋風
町の灯
どうしたって
緩やかな景色、下る坂…
貴方しか、いないのに
貴方しか、いないのに
もう一度
来て、来てほしい
この夕暮れに
この町にも、吹きすさぶ風が
貴方の声な様な気がして
振り向いて失う
夜風の冷たさ

私の白い衣裳は
美しい敗北の涙を含み
絞りきったら四日市のあの店で
もう一度、会って
話をしようね

何度も見ている景色の中に
止まっていた音が、ながれはじめる
サヨナラだけは、いわないで
また帰ってくる
貴方のいない夏
幾度、目の前が真っ暗になって
幾度、涙を零し落としたことか

あゝ行く末が見えない
いくあてもないや
町の灯籠の明かりだけが燃え
暖かい孤独を、運んで来るよ
此処にいる以外
何もなくなった夕べの空は
あなたがくれた歌の様に
キレイだよ
キレイだよ。

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2012.10.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂