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あの頃  
終わらない糸  
地下鉄  
五十年後の今日この朝に  
はみ出した夕暮れ  
雨の夜  



























あの頃

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九鬼ゑ女
 

あたしんちのはすむかい
酒屋のかどを曲がって
ちんちん踏み切りのすぐ手前
アイスキャンデー屋のゆうくんは
一年中色が真っ黒
だから盆祭りの『くろんぼう大会』では
いっつも一等賞

ヴァニラの香りのアイスマック
アレが美味しくて
「昔なつかしのアイス」ってのを
めっけてすぐさまかじりついたけど
やっぱりなんか「昔の」とは違ってた

そういえば
アイスの機械は何処もかしこも
霜だらけ
あのキラキラした白も
何気に美味しそうに見えたので
うちの冷凍庫の壁に頭を突っ込んで
ぺろり
壁に張り付いた霜を舐めたら
まあ大変!
ベロが張っついて大騒ぎ

でもある日
アイスキャンデー屋は突然肉屋になった
揚げたてのコロッケは美味しかったけど
カッタンカッタン、
リズミカルにアイスを生みだす機械の音はもう聴けない

『くろんぼう大会』も主催してた『メガネの春田』が店じまい
海水浴場もテトラポットで埋め尽くされて
夏だけ汽車が止まった駅も柵で囲われた公園に


公園といったって
花や噴水やベンチがあるわけでもなく
隅っこにドコカの幼稚園で
お払い箱になったような錆びたブランコと、
途中のでこぼこで必ずお尻がつんのめる滑り台
そのふたつの遊具があるだけで

置いてきぼりにされたプラットホームは
猫じゃらしに占領されていて
毛艶のいい1本をつまみ取ったその手の先
人っ子ひとりいない寂れた公園では
風に背を押されたのか
ねじれたチェーンに括られたブランコが
虫食いだらけの我が身をざわつかせ
所在無さげに揺れていた

カッタンカッタン弾んでた『あの頃』が
ギーコギーコと錆びた音色に変って
あっ!と声にする間もなく
風に飛ばされてった

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終わらない糸

みまにや
 

あなたの声が糸の先にある
わたしの声が糸の先にある
糸はあなたとわたしの全てを孕んでいるのよ
糸の1本1本が森羅万象、何もかもを孕んでいるのよ

糸が交錯する夜、重なる声はメビウスの唄になる
わたしの夢を食べて生きている獏みたいなあなた
あなたにお返しをお願いしてもよろしくて
終わらないリボンで黒髪を結って欲しいの
そのお返しにわたしはあなたの創造力にメビウスを描くわ

あなたの夢が糸の上にある
わたしの夢が糸の上にある
終わらない糸に名前をつけたのよ、あなたはお気に召してくれるかしら
わたしたちの終わらない糸をね、これからはこう呼んで欲しいの
あなたとわたしの「メビウスの糸」とね

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地下鉄

宮前のん
 



路線図を見て切符を買って
すんなり行けると思ったら
とんでもないのだ
乗り換える場所を
ほんのひとつ間違えただけで
いつの間にか全く別の所へ
連れて行かれる
どうしてここに居るの
どうしてこうなったの
選んだのは自分なのに
あの時あんな事さえ無ければ
今頃はあっちの路線に乗って
きっと幸せだっただろう
そんな気持ちなどお構いなしに
列車に轟々と引っ張られ
白々しい蛍光灯と
真っ暗な窓に目を泳がせながら
いつまでも魂は
分岐点に戻りたがる




 

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五十年後の今日この朝に

佐々宝砂
 

夏が終わりますね中途半端にはじまって
なかなか終わろうとしない夏が
それともこの残暑の中で
あなたは夏を殺してくれますか

いえ冗談です
心配するようなことじゃない

工場の流れ作業のように日々は川となり
生滅生滅のリズムのなかで
私は水にすり減らされてゆきますが
あなたも同じですね
あなたは砂漠のむこうがわで
ゆっくりと風にさらされ風化する

時代は素直に流れゆくでしょう
うつりかわり うつりかわり
あなたは老い私も老い

そのときまでに
きちんと宿題をやっておくつもりです

五十年後の今日この朝
天からの鋭い切っ先が
夏を殺すそのときにはきっと
あなたを愛することも
できるでしょう

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はみ出した夕暮れ

伊藤透雪
 

暑さがまだ引かない太陽は西
風が川面の色に影をさすのに
熱い頭から流れて
水辺の底に落ちそうな勢い

東が青くなりはじめ
積乱雲の中へはみ出てくる
見上げた空から
ポツリと落ちる雫

夕暮れに見上げた額
は風に傾く雫を受ける
細雨の中では傘はいらない
空が青くなる時間に濡れて歩けば
熱い頭のてっぺんに
夕暮れから夜へはみ出した
暑さがつかのま去るだろう

芝は膨らみはじめ
深呼吸している
昼と夜が混じりあう時間
風景からはみ出して
自分の時空に寄り道をした

明日は晴れるのかな
日陰に隠れた人の息を感じずに
別世界みたいに歩くだろうか

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雨の夜

赤月るい
 

オーブンの中のチーズみたいに
彼の目がとろける
・・・、・・・、・・・。
フライパンの目玉焼きみたい

料理するごとに
生まれる蒸気
吸いつづける台所の天井
見上げ
うっとりとしていると
彼は後ろから裾を引っ張る
ひとつガラス戸をはさんだ
向こうの部屋に引きずり込まれる

そこは生活の匂いがする
生乾きの洗濯物が干してあったり
テレビが
懐かしい音で鳴りっぱなし
くしゃくしゃの布団と
花瓶に赤く肌蹴た花びらが
だらしなく垂れさがる

彼にされるがままに
跪いて 丸い机の角っこに
軽く腰をぶつける
イタッという口をふさがれ
私は呼吸を忘れてゆく

窓の外は
さっきからどしゃ降りで
やかましく
猫はなにやらねだるような声で
庭をうろついている

蛍光灯からのびている
ひょろっとした糸 
ひっぱると
ぽつんと
闇に肉体をふたつ
ふたつだけにして、ましてや
ひとつになりたがるふたりの肌は
ぴたっとあわさり

相手をたしかめるように
すべてを
すべてを
滑ってゆく舌に
私は弧を描き 泳ぎながら
ひろがってゆく私たちの世界に
身をゆだねる

ひろがる
それは天井のシミ
しみいって ひろがって
闇の黒のもっと黒が
じわっと うわっと襲うように
大きくなって

わアアアと
叫びたいあまりつかむ
彼の太い腕
強く
それに反して
摘まれる乳房に走るせつなさ
そのせつなさの凝縮が
光線となり
よぎる
頭の上を

そのはっきりとした
輪郭を
薄ら覚えになるほどかすませ
私は下着の白を
ひとひらはためかせて
空っぽになって崩れ落ちる

床は思ったよりつめたく
なんとなく所在無いまま
脱がされたスカートを手繰り寄せ
綺麗にたたんでそこに
そっと身を預ける

倒れこみたいはずのソファは
右上に大きく見える
それが私より
単純に背が高くて、戸惑う まどう

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2012.8.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂