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心臓  
罪と罰と  
投瓶通信  
紅い罠を  



























心臓

みまにや
 

微かな記憶は凍てつくような声

わたしの記憶の鼓膜を破ったあの日

白いミルクのなかで溶けあった2人

黒いフィルム、フラッシュバック、破裂

白いミルクを入れた小瓶は私の左の心臓に埋め込まれたまま

わたしの心臓の鍵を持っているのは誰

あなたの左の心臓にも小瓶が埋め込まれたまま

あなたの心臓の鍵を持っているのは誰

白いミルクのなかで見つめあったあの日から

わたしたちはお互いに時間という概念を失った

それでも、信じられるのは左の心臓が鼓動を打つから

只、一定のリズムで鼓動を打ちつづけるから

わたしたちにとっての時間という概念はこの左の心臓が脈を打つこと

秒という単位はわたしたちにとっては心臓の鼓動音

信じられるのは、心臓が時を刻みつづけるから

わたしたちの心臓に埋め込まれた白いミルクを入れた小瓶

鍵を持っているのは誰


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罪と罰と

宮前のん
 

そのビンは
首まで砂に埋まっていた
掘り出そうとしたら噛み付かれた
放っておくしかないと思った
でもすぐには立ち去れなくて
しばらく砂浜に腰を下ろして
じっとビンを眺めていた
ビンは少し砂にまみれて
時々打ち寄せる波に洗われて
浜に吹く風にさらされて
何となく気持ち良さそうな
けれど段々満ち潮の時間
波は少しずつビンを隠しはじめ
ビンはゴボッゴボボッと水を飲み
ついには波の間に消えていった

あれは何の罪で
あそこに埋められていたんだろう
どうして何の抵抗もせず
波間に飲まれていったのだろう
しばらくそんな事を考えながら
沈んでいった彼のことを
ぼんやりと祈った

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投瓶通信

佐々宝砂
 

茫然としています
断たれたものは暖流です
亡霊ではありませんが
足はどこにもないようです
手紙を書きました
円い手紙です
噛みつぶしたひとさしゆびから
したたるもので書きました
あなたには届かないでしょう
届かないことを祈ります
マシュマロが甘すぎて歯にしみるので
すこし不機嫌にわらいます
もっともっと茶色くしましょう
どすぐろくなるくらいに
あびせかけましょう
この畳にはこんなにも染みがあって
誰もおそうじしません
もっと汚してしまいましょう
手紙も汚してしまいましょう
読みようがないくらいに
ぐれぐれとどりどりと
それから
手紙をペットボトルに封じ込めて
燃えないゴミの山に放り出します
ろまんちっくな海はもうありません
ろまんちっくな瓶ももうありません
断たれたものは寒流です
さようならさようならです
亡霊にはなりません
あなたはそれとも
まだゴミのなかにいるのですか

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紅い罠を

伊藤透雪
 

今日こそはあのひとに
罠を仕掛けよう
いつもいつも胸にたまっていく
紅いかけらを集めて

今日こそはわたしの方に
視線を向けさせよう
だんだんたまらなくなるくらい
周囲の目を集めて

階段の下から見上げるのは
女じゃなくて男のはずよ

モスグリーンに白いレースのドレスを着込んで
オープントゥから紅いペディキュアを見せる
足を鳴らして
話し込んだあと近づいていくから

さあ見なさい
白い胸を腕を

唇に紅色のマニキュアをあてて
お久しぶりね、と
強い矢でその目を射抜いてみせるから

じっと見つめて
頬を熱くさせながら
腕をつかんでよ

わたしのキャンドルに灯がともる
マッチを擦って
あなたに火をつけよう

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2012.7.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂