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不具合ついでの独りうた  
霧中  
バベル  
海の天井  



























不具合ついでの独りうた

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九鬼ゑ女
 

むかし
病気になると
枕元に時々
優しさがにじり寄って来ては
すっかりぬくまった手拭いを取りあげ
その下の汗ばんでいるおでこに手をあてがって

「おや・・・まだ下がんないねえ」
などと呟いたりしたものだ。

優しさは眉をひそめ、アワレミの目で
琺瑯の洗面器からすこうし
水しぶきなんぞ
ぱっぱと跳ね飛ばしながら

「あと一晩もすりゃあ」

そうにっこりしながら
ひんやりとした濡れ手拭いを
まぶたの上にそっと乗っけてくれた。

そのまま眼を閉じて
うつらうつらするうちに
ずずっと障子が開く音がして
ちょっと丸っこい足の親指が隙間に覗く。

見上げると
アルマイトの角盆から
ほわっとした白い湯気が零れてる。
すぐに畳の上に腰をおろした湯気の正体はお粥。
ちょっとおこげのしみのついた小さな土鍋が
こう囁く。

「どう、少しは食べれるかい?」

・・・そう。
あの頃は
たいした熱でもないくせに
大げさに寝込むあたしに
そんな優しさが
イタワリに満たされた時を
連れて来てくれたものだ。

今は…もう
の、ずっとむかしの話。

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霧中

宮前のん
 

霧の中
あなたと二人っきりで
しあわせって
そっとつぶやく

霧が晴れたら
実は二人っきりじゃ
なかった なんてことに
ならなけりゃいいな

そう思ってる間に

ほら

霧の中で鳴り響く
あなたの携帯着信音



邪魔しないで

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バベル

佐々宝砂
 

ちょうどいい服がなくなった
ずいぶん痩せてしまったので

新しい服を買おうとしたけれど
どれも大きすぎたり
小さすぎたりして

ペルソナの夢?
わかりやすいねと白衣が
いや違った
ねむそうな顔した
アイコンがつぶやく

これ、まちがい。

夏がくるので
お化け屋敷に行きたいと思った
お化け屋敷は
ほのくらく
(くらすぎてはいけないの)
ほのかにペンキの匂いがして

それから

ほら川が流れてくるんだよ
この足元にまで
つめたい
清冽な
流れ

ううんそんなことではなかった。

何をつぶやいても伝わらないから
ヘブライ語を習おうとおもう。

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海の天井

伊藤透雪
 

俺が水面へ向かって手を伸ばすとき
口から小さな泡がぷかり、喘ぐたび
青白い顔を伝う
漁網の塊が足をつかんでいる?
もがいても取れない
水面が遠い天井に見える


あなたは人の姿のままで
息をしているのかもわからない
口移しに息を継げたらいいのに
時々何か呟くように小さな泡が立ち上る
あなたの足下に絡みつく長いロープ

青白い顔が白く変わっていく
諦めたような目はうつろになって
腕を伸ばしたまま
顔は天を向いたまま
海の水底から見上げる天井
にきらきらと陽が映る

だから言ったのに、
とぼそりと言っても
もう私の口から泡は立たない
私の喉はえらが生え
脚は一つになって鱗に覆われた

もう行くわね
わたしは独りだけど
寂しくないの
自由に跳ね回る脚ができたから
あの光る天井の陽を浴びにいくの

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2012.5.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂