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トンプク  
青いカプセル  
てのひらにカプセル  
使用上のご注意はよく読んでから  
ふたりだけのカプセル  



























トンプク

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九鬼ゑ女
 

トウイジョウジャナキャダメナンダ
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ソウサウソジャナイヨホントウダヨ
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カプセルジャ・・・・・ダメナンダ

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青いカプセル

宮前のん
 

ほら、珍しい薬だ
その男はそう言って
青いカプセルをくれた

エレベータの中で会った男だ
素性は知らない
ただ黒っぽい服を着ていて
線香のような匂いがした
効能を聞き逃して
もう一度聞いた時には
男は降りた後だった

奇妙なカプセルだ
好奇心をそそられる
若返るのか死ぬのか
だが飲む勇気がない
捨てるわけにもいかず
途方に暮れて

仕方なく次の階で
乗ってきた若い男に

おい、珍しい薬だ

こう言って手渡しておいて
急いで次の階で降りた




 

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てのひらにカプセル

佐々宝砂
 

朝、というより昼近くなって目が覚めて、
むずがゆい左のてのひらを見たら、
白いカプセルが生えていた。

純白ではないな、やや光沢のある半透明な白だ。
中身がなんとなく透けて見える。
てのひらをひらひらすると、
ほのかにピンク色をした顆粒状のものがさらさらと動く。

大きめの風邪薬のカプセルそっくりだが、
てのひらから生えているのだから、
まあ、風邪薬ではないと思う。
触ってもむずがゆいだけで痛くはない。

何の因果でカプセルなんか生やしちまったのか。

洗濯ばさみも毛布も時計も携帯電話も、
この部屋にあるすべてが鬱陶しい白昼に、
面倒がまた増えやがった。

粉瘤なら皮膚科に行くべきだろうが気力も金もない。
というか健保の金も払ってない。

さてこういうときに必要なのは、
金と健康保険証でなかったら、
きっとナイフに間違いないと考えたが、
ナイフなどという高級なものは持ち合わせていなかったので、
以前働いたとき支給された錆付いたカッターナイフでよしとした。

刃を当てるとカプセルは痛みもなくぽろんとおち、
てのひらからはほんの数滴の血がおていさいにこぼれる。

とたん、

不意にものすごい喪失感に襲われた。
からだの一部が失われた、永遠に失われた、
それはもう決して戻るものではないのだと、
半透明のカプセル状のできものに関わるとは思えないような、
癒しようのない空白が内臓の底からわきあがった。

それだからなんのためらいもなく、
半透明の白いカプセルを飲み下した。
これでいい、これでいいはずなのだと自分に言い聞かせながら、
午後はずっと泣いて過ごした。

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使用上のご注意はよく読んでから

伊藤透雪
 

顔のない薬剤師から、渡された薬の中身は赤いのと青いののカプセルだった。赤い
方は社会性が向上します、青い方は落ち着くことができます、副作用が強い人もい
るので、飲み方の説明を入れておきますね、という言葉を半分の耳に引っ掛けて、
顔を上げると薬剤師の口が怪しく笑っていた。

夜の分を飲み、目を閉じると小さい人が現れた。誰だい、と訊く前に彼は話し出し
た。君はどんな人生をおくりたいの?その薬は君の良い部分も消してしまうだろう
よ。世間って身勝手な歯車で、余裕がないから不安定なのさ。喜怒哀楽のスイッチ
を切って、何も考えない愚者のため息を君も聞いているはずだ。

それ以外も聞いた気がしたが、眠り込んで忘れてしまった。

翌朝、また薬を飲むと、鏡に映した自分の姿が異様に太って見え、恥ずかしさで顔
の手入れもそこそこに布団をかぶってしまった。今までこんな醜い姿で出歩いてい
たなんて…。吐き気と振るえるほどの恐怖ばかりが増幅している。誰にも心の内を
開放せず、話し笑っていた日々が虚しく掘り起こされるばかり。これは副作用なの
か?

まだ、恐怖は残っている。

日が落ちる頃、おそるおそる鏡を覗く。太っているのは同じだが醜いとは感じない。
ただ、顔がない。ぴくりともしない顔の皮膚が、皺を作っているだけである。何だ、
何も恐くないじゃないか。元々顔なんて作りようがなかったのだ。悲しくもないし
苦しくもなければ、恐くもなんともない。何か足りない気がするが、そんなことは
どうでも

うつらうつら眠っていた目を開けると、天井の板の模様がにいと笑った。気持ち悪
い、と思いながら何だか寂しくなって涙が出てきた。そうだ、晩の薬を飲まなくちゃ、
と薬箱を見てもカプセル剤はない。どういうことなんだ?あれは一体・・・。
全部飲んだっけ?薬袋もない。なんだ、夢かい。薄く笑った目に入ったのは、使用
上のご注意と書かれた紙切れだった。



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ふたりだけのカプセル

赤月るい
 

できっこない空に
ふたつの夕焼けが、並んだ
決して同じ望遠鏡ではのぞけない
明日の空が
やけに滲みはじめ
赤と黒をまぜあわせたような
遥かな国のおとぎ話のよう
現に染まって、蒼となる

聡明な、ひと
おかげさまで
私の手の色は、失った
どこかで重なりあって 響き合って
そうして
私たちは明日の灯を、くぐる
それなのに

嗚呼
片手に結んだ紐でつながれ
散歩する犬
きゃんきゃんとわめきながら
路上の段差も見えやしない
境界線を突破して
ひとつになれると信じていた
今だって
いつだって
ふたりでひとつだと想ってた
感じてた

恐ろしい孤独が襲い来て
大人という、わだかまり 一個抱く
その身体はとても力なく
感じて
いたたまれなく、もなって

一人だけで見ている
この窓の外の、枯れ葉

立ち向かったとき
思い出に歓喜したり憂いたり
泣いたり恐がったり乱舞したこと
ただただ、小さな思い出の鏡の箱に
つめこんだ
ガラクタだったと思う

色鮮やかに詰め込まれた
キャンディーボックス
それは、それで
味がして
それでも私は呑みこめなくて
ずっとずっと
その中を、駆けまわってたよ
恥ずかしげもなく

誰のマントもまとわずに
明日は裸で、生きてみたい
恐れながらも…

ずっとずっと
恐がって見ていなかったし
わかろうともしなかった
誰かの声に 明日を任せたままで
信じていた ひとつだけ
愛しもせず
愛されてもいないで

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2012.3.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂