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カッフェ・エ・ラッテ  
日常  
合わせ鏡  
黄金色の王の水  
梳る女  
雪解け  



























カッフェ・エ・ラッテ

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九鬼ゑ女
 

あの夜は
空が凍るほどだった
西の空に
張り付いていた キミ

ほろ酔い加減の微笑が  
とてもいとおしくて
キミの滴り ひとしずく
堪えきれずに
両の手のひらに掬っていた ボク

アイチテル アイチテル アイチテル

舌足らずなのは
生まれつき
なんどか吠えてみるのだけれど
知らんぷりの キミ

アイチテル アイチテル アイチテル

囁くほどに混濁してゆく 時の中
うごめく想い 朦々と
ただひたすらに
投げキッスを繰り返す ボク

キミは澄まして
ボクの瞳に
蜜色の針を 一本  
突き刺したままで…

今夜こそ
愛をとかした
カッフェ・エ・ラッテ
飲ませたい キミに

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日常

ふをひなせ
 

洗濯機に
バスタブに
シンクに
バケツに
重曹
アレッポの石鹸
クエン酸
時々
セスキ炭酸ソーダ
漂白剤

料理のレパートリーは少なくて
カレーのルゥくらいしか
そういえば
砂糖や塩がとけたら
とは言うけど
砂糖や塩をとかすとは
あまり言わない
理科の実験が浮かんでくる

髪をショートにしてからは
ほとんどシャンプーブラシだけ
いずれ黄楊の櫛をと
ささやかに憧れながら
日は過ぎるばかり

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合わせ鏡

宮前のん
 

お風呂上がりに
髪を梳かそうと
鏡台の前で
手鏡をかざす
瞬時に遠くまで廊下が出来て
沢山の私が一斉に並ぶ
さて一番手前の私は確かに
右手にブラシを持って
髪を梳かそうとしているが
3人め4人め
5人めくらいになると
段々と遠のいて
こちらから見えないのを
いいことに一体
何をしようとしてるのか
鏡の回廊は
ずっと奥まで続いて
どこへ繋がっているのか
ひょっとして
明日の夜逢うはずの
あなたの首に
巻き付いた髪でもあれば
面白いのに



 

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黄金色の王の水

佐々宝砂
 

王水というものは金もプラチナも溶かすのだと
はじめて知ったのは
中学生のときたぶん理科の副読本で。

みたことはない。
つくってみたこともない。
濃硝酸と濃塩酸でつくるのは知ってる。
なんで濃硫酸じゃないのだろうと
わたしの脳みそは当時も今もその程度で
それで困るということはない。

濃硝酸も濃塩酸も
こどもの手の届くところに置いちゃ危ないのは同じで
どうしてそんな危ないものどうしを混ぜちゃったのか
混ぜちゃ危ないとは思わなかったのか
そんなこというのは野暮な話で。

ジャービル・イブン・ハイヤーンが発見したってことになってるが
そいつが見つけてなくても
他の人が見つけたであろうことは確実。

そういう危ないことしちゃうのが
人間様なのである。
混ぜたかったんだからしかたないじゃない。
混ぜてみなきゃわかんないじゃない。
混ぜられるものは混ぜてしまうのが
人間様なのである。
やれることはやってしまうのが
人間様なのである。

とろり黄ばんだ王の水。

銀は溶かせない。
ガラスも溶かせない。
王のくせに。

いまはあっちにこっちに王がいっぱい。
王なんてものを作り出しちゃうのは
もちろん人間様だけである。

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梳る女

伊藤透雪
 

体の力が溶け落ちて
鏡の中にやつれ果てた女がいた
櫛で髪をとかすと ごっそりと抜け
悲鳴なのか
叫びなのかわからない声で
震え 伏しては泣く

愛した人の裏切りを
許せば良かったのか
仕打ちに堪えがたく
涙も涸れ果て
なのに恋しくてたまらなく
面影をたよりに追いかける

辻の陰から
見える片目だけを出して覗く
女と嬉しそうに笑う男を
何故なの、と叫んでは
追いすがる肩に
恐ろしい顔で振り向く


 幾年月 経とうとも
 私は見つめているの
 土の下になっても。

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雪解け

赤月るい
 

恋人を想っていた

私は今年の正月、十年ぶりに
故郷に帰った

恋人との淡い日々を、とかすような
六月の雨に似た
ペロペロキャンディの渦を
5歳の姪が目の前でなめる
幼い頃、自分が着ていたような
懐かしいジャンパースカートを召しながら

その向こうを
痩せた父が背を少し丸め
しかし眼光は昔のように鋭いまま
こちらを向き直る
私は細る胸の奥を
そのままにじいっと耐えていた

その胸の奥の窮屈を
握り締めてくれるひとを探していた
暖かく包んでくれるようなひとを
そんな家出生活に
疲れた指で
姪の細く柔らかい髪を撫でる
そこから奏でられる音は
なぜか心地良いほど
幸福、なのであった

庭にある薪の木
母親の過労や、隣人の異常さ
情けないほどに剥がされている山肌や
六時にもなると
日が沈み、寒くなってくる客間

何も
何も変わらないまま月日は過ぎた
何もかもがこのままに
私たちの季節は巡った

もうじき重たい妹が帰ってくる
問題を山積みにしながら
風に身を任せ、軽やかに走る妹が
逆に固く握り締めすぎて
年老いてしまったもうひとりの妹も、いる

キャンディは怪しく蜜を垂らし
机をよごす
姪はきゅっと悪い笑みをこぼしながら
ゆるしてとねだる
父は母を呼びつけるのではなく
それを自らの手で、黙って拭くのである

夜の風に
冷えてきた手が結ぶものは
やっと「家族」というぬくもりなのである

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2012.1.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂