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交差点のリリィ  
Fifty and one. No.1  
月夜の迷い道  
おわかれ  



























交差点のリリィ

宮前のん
 

大阪市東住吉区桃ケ池通り3丁目4番地

そこがゆりさんの定位置だ
ゆりさんはまだ68歳だけど
アルツハイマー病になっちゃったので
家族が知らないうちにいつの間にか抜け出して
3丁目4番地の交差点に座りにくる

昔は桃ケ池という池があったんだと
タバコ屋のヨネばあちゃんが言ってた
埋め立てて道路が鋪装されるまでは
なかなか粋なデートスポットだったんだよと
意味ありげに口の端のシワで笑ってた

食事することもトイレに行く事も
日本語すら満足に覚えて無いゆりさんが
なぜか3丁目4番地に行く道だけは覚えていて
気が付くと道の端にしゃがんでいるので
この界隈ではちょっとした名物になっている
昼間は車がそんなに通らないから
今の所問題にはなってないけど



太陽すら熱射病になりそうな日でも
ゆりさんはちゃんと
そこにしゃがみこんでいた
蝉が木陰で昼寝するような時間に
日傘もささずに危ないじゃないかと
ちょっとした慈善心と好奇心で僕は近付いてみた

「何を見てるんですか」

するとゆりさんは(理解できないはずなんだけど)
僕の方をゆっくりと振り返って言ったんだ

「花が」

ゆりさんは
うっとりと
交差点の真ん中あたりを眺めている
その時僕には見えた気がしたんだ
ゆりさんの瞳に舞い散る桃の花びらが


ゆりさんには
舞い散る桃の花びらだけが真実なんだ
花びらだけがゆりさんにとって意味のあるもの
食事も疎まれる家族の視線も太陽の光も何ものも
ゆりさんを幸せにはしない
ただゆりさんの瞳の中の花びらだけが
彼女を幸福にしているのだ



うだるようなアスファルトの照り返しの中
僕はしばらくゆりさんの横に立ちすくんで
道路の遠くに浮かぶ逃げ水の様子を
そう
ただぼんやりと眺めていたのだけれど
ゆりさんはそれっきり全然しゃべらなくなって
うつろな瞳でどこか遠くを見つめていた




蝉の声がさわがしくなった

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Fifty and one. No.1

佐々宝砂
 

01,3,2,1.02,2,0,0.03,2,0,0.04,2,0,0.05,3,1,1.
06,3,0,1.07,3,0,2.08,1,0,0.09,3,0,1.10,2,0,0.
11,2,0,1.12,1,0,0.13,2,1,1.14,3,0,2.15,1,0,0.
16,4,0,1.17,2,0,1.18,1,0,0.19,1,0,0.20,2,0,0.
21,4,1,2.22,3,0,0.23,2,3,4.24,2,1,4.25,1,1,0.
26,3,1,1.27,1,0,0.28,4,0,0.29,1,0,0.30,4,1,2.
31,3,1,3.32,2,1,2.33,3,1,2.34,2,2,3.35,3,0,2.
36,3,0,1.37,2,0,0.38,2,1,2.39,2,0,0.40,2,1,1.
41,2,0,0.42,2,0,0.43,1,1,0.44,2,0,3.45,1,0,0.
46,2,0,2.47,1,2,1.48,2,0,0.49,1,1,0.50,3,0,2.
51,1,0,0.

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月夜の迷い道

伊藤透雪
 

満月が覗く夜
仄明るい森の一本道を歩いていた
目の前に二つの道が見えてきたが
かさりともいわない
二つの道は
広く明るい道と
木々が生い茂る暗い道
どちらかを選ばなくてはならない、と頭の中から聞こえる
ふり返ることはできない

帰ろう、とまた聞こえるまま足が明るい坂道を選ぶ
つま先上がりの坂道が
暗峠(くらがりとうげ)さながらに どんどん急になる
息を切らせることなく登る足は
切断された感覚の不安を起こす

坂道の上
森が途切れ町に下りた
ほっとしながら見た通りはまた坂になっている
右の先上る方向にバス停が立っていた

坂の向こうに行くバスを待とうと決めたが
時刻表のないバス停で
待てど暮らせどやってこないバス
寒い
誰もいないベンチで座っていたけれど
行き先を見たら見知らぬ町ゆきだったので
道を間違えたのかと戻ってみると
もと来た道は消えている
いつの間にか通りの光景もまるで違っていて
車がライトを光らせていく
信号下の地番には知らない町の名前

ここはどこなんだろう

どこへ向かえば帰れるのか
途方にくれ
深く考える前に
足が動いた坂道を上る道
どこまでも家並みがつづき道はくねっている
下る道がないままに上り続ける
街灯がない住宅街をひたすらに進んでいた
見上げると月はもう西に傾いている

帰らなきゃ。

視線を前に戻したとき世界は真っ白になった

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おわかれ

赤月るい
 

jibun

自分、自分、自分

嗚呼嗚呼、嗚呼
嗚呼嗚呼嗚呼という文字が
会社帰り
いつもの交差点にさしかかるあたりで空に浮かんだ
嗚呼嗚呼嗚呼
なぞれど
具現化できない想いが渦巻き始める

いつしか任せていた
大切な貝殻のように三角へと到達し
渋滞の橋の上
ソフトクリームを嘗め回すように
宝石のような幸福を
なし崩しに受け取ろうか

切迫した想い
勘違いの矢先
先細り縮小した事業
やるせない口笛
酢の匂いがこびりつく背広に
工場からの錆びかけた黒い煙突が見える

説明できないよ
貝殻拾ってはすぐ海に投げて
砂浜を歩き始めた

あんなにはしゃいだ
港の明かりも雲にまみれ
突然の終わりに
消えた

四日市の夜景も津の町並みもない
静かな鈴鹿のビルに
彼は眠る
また、芋虫のように眠る
さほど遠くはない距離の向こうで
かすかに息をひそめ
いったいどんな歌を歌うんだろう

嗚呼
誰かに叫べるなら
ここで作る詩ごと放り投げてしまいたい
隠し事、など必要ないのに

誰を恨もうが
崩壊しない
預けてきた荷物
壊されただけ

破滅した雨の中
走っても
湿り気に声も出せず
割れた
ちぎれた
終わった
すべて
からっぽ、理由はない
少し疲れた輝きは
遠い港に捨ててきたのだし

瞬間に溶けた
煙草から立ち上る
愛に似た煙
いったい何になるのだろう
考え始めたあたりから
わかってしまった
切なさ

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2011.12.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂