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オヤスミの朝  
眠りの森  
明日のことなど考えなくていい祝福が  
Good night rain  






















オヤスミの朝

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九鬼ゑ女
 

ぼろ市でめっけた
あたしのお気に入りは
招き猫の目覚まし時計

にゃぁご 
にゃぁご
けだるい鳴き声で 朝 を 目覚めさせる 

勢い良く捻ったはずなのに
水道の蛇口からは ぽたりと一滴
真っ黒な闇が滴り落ちるから
涎のコビリツイタ 夜 を
あたしはごしごしと洗い流す
けれどいくら擦っても
夜 は なかなか剥がれ落ちてくれそうもない

そういえば夕べのお花見のあとだった
桜はとうに盛りを過ぎ
春酔いしたあたしを
朧月が抱きかかえながら 
掠れた鼻声でこう言ったんだっけ

おやすみ 
おやすみ
抗わず夢見ごこちのまま 眠れ

だからかもしれない
あたしの 朝 が 
オハヨウじゃなくなったのは…
それにしてもだ
このオヤスミのままの 朝 は 
一体いつまで続くのだろう?

半分千切れかけた猫の尾を引っ張り
あたしは 朝 に問いかけてみた

にゃぁご
にゃぁご

猫は
ただ闇に閉ざされた 朝 を手招くばかり

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眠りの森

宮前のん
 

そこは、
とてもきれいな草原で
いい匂いの風が吹いていて
森を抜けた花畑の向こうに
母が1人で立っていた
あら、待ってたわよ
ほうら汗だくね
のど渇いたでしょ
冷たいおしぼりを
そっと私の頬にあて
ゆっくり休んでね
無理しないのよ
あそこの木陰が良いわ
まるで天使のように優しく
私に微笑む母
私を傷つけない母

だから、
夢だと判った


 

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明日のことなど考えなくていい祝福が

佐々宝砂
 

明日のことなど考えなくていい祝福が
(あるいは呪いが)
極彩色の陽気さで落ちてきた夜があった
真夜中の鏡は常夜灯のオレンジを映し
開け放した窓からは蛙の声がきこえた
誰もいなかったので
わたしは誰より自由で
両腕を広げれば
それはいとも簡単に翼だった
もちろんそれは呪縛だったのだけれど
大きな満月が西の空低くほの赤い夜
翼を持つことはとてもすてきなことだった
わたしは確かに飛翔することを知っていて
飛翔することを知らなかったとしたら
どうしてわたしはこの町の俯瞰図を描くことができたか
眼下にはくろぐろと山がわだかまり
そのあいまを縫うように
家並みがへばりついて
そのどこかにわたしがいようとは
わたし自身にも信じられないことだった
乳児期以来の全能感に満たされて
わたしはどこまでも進んでいってよかった
進まなくてもよかった
なんでもできるので
何をする必要もなかった
だからわたしは目を閉じて
そうすると
明日のことなど考えなくていい祝福が
(あるいは呪いが)
極彩色の陽気さで落ちてきたのだった。

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Good night rain

伊藤透雪
 

落ちる雨が出窓の屋根を叩き
窓から差し込む雨脚の音
と樋を流れる音が 重なり合って
上から左右から多重の音楽を奏で
私の耳を揺らしている
暗がりの中で
仰向けになって携帯の灯りに
ぼんやりと眠る前の想像を巡らせていた

あたたかい家
そして家族
あたたかい気配のあるベッドが欲しい
どんな間取りで どんなリビングで
どんなベッドルームで……

ひとりぼっちの狭い部屋の中
シングルベッドに丸くなって
雨露しのげる部屋、の息苦しさを灯りを消して見えなくしていた
暗がりに落ちる雨は 雷も鳴らないまま 降り続ける
雨音に耳を澄まして
遠い昔に聞いた沢の音を思い出す
木霊が返る山里の甘い水は
木々の葉を叩いて 落ちてきた恵みだった
あたたかい家族の気配に包まれながら眠った日々
は宝物のようなものだったのだ
人は自立するというけれど 人一人だけで生きるのはあまりにつらい
どんな性質の人も あたたかい気配を欲して 丸い心で眠りたい

Good night rain
明日もまた会えるなら 静かに寄りそっていておくれ 雨よ
爪先が冷えてしまわないように 肌布団を被って 雨音に夢を見る

いつか出会える人の腕の中で丸まって眠る猫のまどろみの
言葉より強く感じる安らぎの中の。

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2011.6.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂