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そんなもの、ただの布  
ネル  
真っ白な海  
白いさよなら  






















そんなもの、ただの布

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柚木はみか
 

痺れが残る頭
停止した思考回路
鈍くなった身体に
力込めて伸ばした指


かろうじて掴んだ袖
手の代わりに
握り締めた、布


それも

あなたの心までは届かなかった





紅茶に入れた角砂糖のように
うまく溶け込んではいかない

冷めた愛には何も溶け込みはしない






物言わぬコンクリートに座り込んで
中空を見渡した
明日はこの瞳には映らない




見えないものを掴むのは難しい


見えるものだってこんなに―――







あたしの部屋に置き去りにされた

あなたの服
あなたの匂いがする



一人分の二酸化炭素が無くなった部屋で
瞳を伏せたまま
深く過去に潜り込む





「そんなもの、ただの布」



今のあたしはまだ、その言葉は知りたくない

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ネル

宮前のん
 

彼女はネルの布だ
柔らかくて
暖かくて
巻き付かれると
眠ってしまいそう
肌触りが良くて
いい匂いがする
だけど時々
きつく締め付けて
僕の事いじめるから
あの柔らかいウェーブを
汚してしまいたく
なるのだけど

今日はビリビリに
破っていいか


 

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真っ白な海

佐々宝砂
 

元はといえば一本の糸だ。

からみあい
また重なりあい
ひとの手によって
あっちにいったりこっちにいったり
どんな高度な織機だって
ひとの手によってつくられたもの、

一本の糸が
まゆ玉から生まれようとも
石油から生まれようとも
植物の繊維から生まれようとも
それを織り続けてきたのはひとの手、

ふわりと広げれば
やさしく波打ちながら
海がひろがる、

あたたかく包む海が
冴え返る夜気からひとを守る海が
真夏の陽射しを防いでくれる海が
やわらかな曲線を幾重にも描きながら
音もなくひろがる、

この海でさえも
ひとの命を奪うことはあるのだけれど
(あのおそろしくもある海のように)

いまはあたたかい真っ白なシーツの海へ
風呂上がりの湯気たつからだを横たえて
目を閉じて
船出して。

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白いさよなら

伊藤透雪
 

泥の海が広がっていた
見渡す限り
ぽつんぽつんと、見れば
白いさよならがはためいていた
遠くなってもわかるほど無数のさよなら


泥がひいたあと
一面の廃墟の街と繋がらない道
が土埃に霞んでいた

かつて笑顔があった場所に
はためく白い布は弱々しく半透明
忙しい人々には見えていない
高い鉄骨も全て折れ曲がり
信号は倒れ

さよなら さよなら
はためきながら袖を振るように
魂の印は
いくつもいくつもはためいて

道は作られていくけれど
掘り起こされた遺骸は
まだみつからない

父さん 母さん
兄さん 姉さん
弟 妹
小さな命までも
海はその大きな手で掴んでいった

それから毎日
白い布は減っていく
魂の返る場所へ向かうために

早く見つけてやらないと
あの白いさよならは
大地に根を張って
いつまでも袖を振る
家族を探して
見つけてと降り続けるだろう
さよならと振りながらも
幽世に向かうこともできずに

泥を洗い鼻や耳に沁みた汚れをぬぐい
安らかな眠りをあげなければ


幾柱の御霊が上られただろうか
その苦しみを悲しみを
脳裏に映して
詩人は立ち尽くし祈ることしかできない

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2011.4.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂