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「おいしい」と言って  
好きなもの  
フライング・エッグ  
おいしい生活  
Juicy You  
おいしいの塔  






















「おいしい」と言って

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柚木はみか
 

精一杯、精一杯
これがあたしの精一杯

嫌いにならないで
嫌いにならないで

もうあたしを見ないで
何も言わないで


ごはんの時間
あたしが無言で差し出した
オムライスとコンソメスープ

君の好きなもの

視線を絡みとられるのが怖い
君を好きだと思うことが怖い

この口は要らない
君を怒らせるだけなら
その口も要らない
あたしを陥れるだけの言葉なら

もう、十分だから


スプーンと皿がぶつかり合うだけ

静寂の中にあたしと君




凍った空間に
コンソメが溶けて


温かく卵が包んだなら

赤い愛をかけて

その口でいただいて





おいしいって言ってくれたなら

あたしは本望

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好きなもの

ふをひなせ
 

ひと味惚れ
黒糖
幼いながらも旨味を知り
林檎酢
酸っぱいってウキウキ
水菜
わたしもシャキシャキ
シャコ
見かけに依らない品格
デコポン
これぞ求めていた調和
栗の蜂蜜
渋くて苦いハニー

味わうほどに
春菊
ある日突然甘くなり
セロリ
これが香味と
パセリ
苦味は爽味
山葵
今や若返りの薬味
さくらんぼ
“とわ”という名の品種を望む
グレープフルーツ
果物がほろ苦いなんて

はぁ沁味地味口福

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フライング・エッグ

宮前のん
 

焦げた臭いがする。朝からオレンジ色の木綿のエプロンを巻いて、サニーサイドアップを焼き上げる、タマゴは軽々と宇宙に舞って、それを手元で受け止める、焦げている、焦げた臭いが漂う。寝室の方の気配を伺う、あなたはまだ起きてこない、ゆうべ、遅かったもの、あなたはタマゴみたい、壊れやすくて繊細で、かたくなにカラに閉じこもる。焦げた臭い、寝室の方で目覚まし時計が鳴っている、ここに初めて住みはじめた時に二人で選んだものだ、もうすぐあなたが、やってくる。どんな顔をして、おはよう、と言えばいいのか、昨日の結論は、まだ出ないでいる、まさか、女が居たなんて、終わりにしたい、いや、できれば、焦げている、焦げた臭いが鼻を突く。胸が痛い、言い争いは深夜まで続いた、振り上げたフライパンを、どこに振り下ろせば良かったのか。朝食は出来たのに、焦げた臭いがおさまらない、さっき焼いていた、タマゴはもう、皿の上で冷えている。ふと、フライパンの中を覗き込む、あなたが、こちらに手を伸ばしている、あなたはこちらを向いていて、ギョロリとした、うれしい。あなたの目玉が焦げている。

あなた、朝食が、できたわよ。

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おいしい生活

佐々宝砂
 

おいしい時代があって
おいしい仕事があって
おいしい空には
おいしいビルがそびえていた

わたしは青い帽子かぶって
青い空をながめてた

東京キッドよりは金持ちだったので
左のポッケはカラだったけど
右のポッケには
いまよりいくらか厚い財布が入ってた

テレビはからからと笑ってた
パソコンはとてもばかだった
ケータイは影も形もなかった

わたしにしては大枚払って
トアルコトラジャなど飲みながら
おいしいなあとのんきに考えた

おいしかったのは
コーヒーだけだったかもしれない

東京で暮らす友人から
たまに電話があった
おいしい生活が
わたしはそれをすこしも知らなかったけれど
あっちにはあったのかもしれなかった

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Juicy You

伊藤透雪
 

君の瞳が暗がりに光っている
その光に惹かれていくのをどうしても
止められない

頭の中はドロドロのマグマでいっぱいだ
その上鼻腔を刺激されて今にも爆発しそうだ
胸に顔を沈めてはもう
いきそうで死にそうだ
そんな甘い声でささやかないでくれ

柔らかい
何度唇を重ねても足りないくらいだ

濡れた指で見つけた愛の空を
唇で強くキスをした
舌が痺れて跳んでももうかまわない

Fly high 官能の空

泣き顔と笑顔の入り交じった君の顔を
上目遣いで見ながら
二人の夜は更けていく

しなやかな体に宿る光を
抱きしめて
一晩味わっても足りないくらいだよ
なんて君はおいしい果実なんだろう
やみつきになりそうな毒があっても
もう遅いのだろう

二人の夜は時を飛び越えていく

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おいしいの塔

赤月るい
 

おいしい、がわからない

求めつづけても

どんな味がすきか
内の、外の流行にのるまま
あなたの望む答
世間に恥じないせりふ
吐いては自分が消えてゆく
今日も
おいしい、にたどり着かない

思い出か、新しさか
誰を信じ、あるいは己に掘り下げても
それがおいしい、だなんて
みとめられない

次第に立派になって
舌は肥え、信頼され
それでも
私の感覚はよくわからない

わかってゆくほどに
へばりつく記号を
剝がす術さえなくて
辛くて悔しくて
腐り止まったトップの座に嘲う

毎日、批判の言葉の海に
のまれつかり、
負けまいと泳ぎ、
攪拌するように絞り出す答ではなく

おいしいとは
あなたがおいしいということ
おいしい、と笑うこと

それがわかったのは
似たもの同士のあなたと
お互いの塔を崩すように
結婚したおかげです。

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2011.2.15発行
(C)蘭の会
画像製作 フリー素材屋Hoshino
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CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂