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手鏡  
合わせ鏡  
鏡の国からの強迫  
投影  






















手鏡

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九鬼ゑ女
 

往生際にしゃがみこみ      /おうじょうぎわ
手鏡に覗く ためらいが
すうーっと横を 過ぎる気配    /よぎる     

「いいのです」と 言いたいけれど

知らぬ存ぜぬ通せば
あきらめて 腰をあげるかとも
想う 佇むその影が

「いいのですね」と 問い掛けてくる

魔が差すという言葉が
息を吹き返して
返ってコトをこんがらがらせるので


「いいのですよ」と 言い聞かせながら

べとべとと体躯に          /からだ      
黏る あなたの空気を        /ねばる   
わたしは また吸い込んでしまう


…もどかしいのです。
  

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合わせ鏡

宮前のん
 


お風呂上がりに
うなじを剃ろうと
鏡台の前で
手鏡をかざす
瞬時に遠くまで廊下が出来て
沢山の私が一斉に並ぶ
さて一番手前の私は確かに
右手にカミソリを持って
うなじを剃ろうとしているが
3人め4人め
5人めくらいになると
段々と遠のいて
こちらから見えないのを
いいことに一体
何を切ろうとしてるのか
鏡の回廊は
ずっと奥まで続いて
どこへ繋がっているのか
ひょっとして
明日の夜逢うはずの
あなたの頬に
カミソリ負けでもあったら
面白いのに
 

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鏡の国からの強迫

佐々宝砂
 

昨日を映す鏡がある。
鏡の中の私は
コーヒーカップ片手に
煙草をくゆらしている。
煙草の煙が文字を描く。
危険
と読める。
昨日の私はいらただしげに
カップを持っていない方の手で
空気をかきまわす。
煙は消えない。
消えないで
今度は
不可能
という文字に変わる。
その文字に背を向けた昨日の私は
テレビをつける。
青白い画面に
私が映っている。
テレビの中の私は
スクール水着を着ただけの姿で
氷山がいくつも浮かぶ北海を
泳いでいる。
冷たい海水をかくてのひらは
もう赤く腫れている。
そのてのひらが
氷山の一角に触れる。
てのひらが
氷に貼りつく。
泳ぎ疲れた私の
視線の向こう
閉ざされた氷のなか
目を閉じて眠っているのは
私。
氷に縛られた私の
夢のなか
絶壁をよじ登る私がいる。
道具はなにひとつない。
指の爪は
すっかり剥がれている。
その指で
無謀にも
岩をつかもうとして
つかみそこね
落ちてゆく。
落ちてゆく私は
氷に閉じこめられた私に激突し
凍りついた私ごと氷を砕き
砕かれた私の破片は
泳ぐ私の胸に穴を開け
泳ぐ私の血潮は
テレビを見る私を赤く染め
血だるまになった私は
うらめしそうに
鏡の外の私を見る。

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投影

伊藤透雪
 

あなたがそんな風に思い悩んでいたなんて、
ちっとも知らなかったわ。
あなたが思ったことを、考えたことはなかったんだもの。


ただ、あなたの喜んでくれる顔が見たくて
贈ったものが
あなたの気を引きたくて贈ったと思われたり
一生懸命説明して、現実に目にすれば
あなたの不安は消えると思ったけれど
理解してくれなかったと思っていたなんて

私はあなたを通して
私がされたいことをしただけなんだろうか
人の心は言葉にしないと分かり難く
言葉でさえも捉え難い

電話口で泣いた声で
ようやく許しあえるなんて
人は目だけでなく
思考まで一方通行で
他人を理解するのは本当に難しいのだと
苦しさの中で知る

そして
自分を知るのにさえ
他人に映して見なければ
わからないなんて
不自由な脳はそこだけ
進化していない

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2010.11.15発行
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CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂