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はかれない砂時計  
熟夏  
黄色  
すべりだい  
蟹食い  
風わたる  































はかれない砂時計

yoyo
 

高齢化進む集落で

早死にの父母の帰りの盆の中

蒸し暑い昼間を避けての掃き掃除



誰がやれとも言わないが

休みなく働いて

疲れていてもやり遂げる



遺伝にて一生治らない病気だと

宣告された日々がはじまって

1日1時間1分1秒でさえ惜しくって


痴呆症の老人の世話を焼いたりやかれたり

それがあたしの生きる道

そう決めたならそうするさ


祭りも花火もお酒もね

時間との駆け引きで

逆さにはかって戻らない


だからこそ

競争社会の最前線にいようとも

地に足をつけて進めば怖くない


戻らない戻れないだからこそ



















熟夏

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九鬼ゑ女
 

熱がじゅわっと溶け出す 
しらじらとした顔で 
私を惑わせる 夏が ゐる

火照った身体に沁み入る季節は
あられもないその裸身を目の前に晒し
嫉妬という感情をもてあました私は
成熟した果肉に丸ごと カジリツク

カンナは 一層、朱を増し
ヒマワリは しつこく、日輪を追いかけ
私は滴る汗をぬぐいもせずに 立ち尽くす

どこを見回しても
今の私には居場所などなくて
仕方なく ぼんやり、ウツロを枕にして
白昼夢の中に横たわる

暑さは心にもへばりついて
脱け殻のやふになった私は
かさころ
かさころ
熟夏に 転がる 転がる



















黄色

ナツノ
 

ひやりひやり
さびしいと言い
腕にはりつく
夕暮れの風

庭のすみっこに
暗がりが
うす目をあけるこんな
時刻に なあに

一日を
閉じるころ
黄色いチョウチョ

ひらひら飛べば
そこだけ 
ぼんやり明りが揺れる

墨色の夜が
そこまで来ているよ

早くお帰り

それとも
なにか伝えに来たの
どこから
旅してきたの

黄泉の国から
お便りですか 

庭にはいつも
一羽のチョウチョ

ヒトリのそばに
寄り添うように
見守るように 現れる



















すべりだい

宮前のん
 

ほうら、すべりだい空いてるわよ
母にそう言われて
逆らえない
こわごわと階段に取りつく
3、4段登ると
もう後ろには人が並ぶので
押されるように上へ
てっぺんに立ちはだかって
目もくらむような足元
昔っから
高いのは苦手だったのに
何でも子供だからって
すべりだいが好きだとは限らない
下を睨むと
ここへ追いやった張本人が
嬉しそうに手を振っている
なんにも見てはいないのだ
最後の坂道
目をつむって
一気に滑り降りる


 



















蟹食い

佐々宝砂
 

食べたいと言ったら
あなたはたぶん拒まないと思うのです。

すこしくちびるを噛んで
すこしいやそうにほほえんで
それでも
かまわないよ、と。

蟹を食うひともあるのだと
うたったひともおりました。
蟹婆というおはなしを
かたったかたもおりました。

でも
これとそれとはちがうのです。
いや
もしかしたら
おなじなのかもしれません。

いえ
きっとはたからみたら
おなじこと。

あなたの息が止まるときまで
待ちます、
あなたはくるしい息をしながら、
きっと許してくれるのです、

私の蟹食いを。



















風わたる

伊藤透雪
 

白い壁
白い大きな暖炉
吹き抜けにテラコッタタイルのリビング
サンルームの明るさ
両開きの緑のテラス窓

夢のことが頭にこびりついていた
確かに以前雑誌で見た、
切り抜きで保存したような気がする
しまい込んだ段ボールの箱の中
ファイルの中でそれは
色褪せずに暖かなホームであり続けていた

暖炉の前のロッキングチェアが
テラコッタのタイルの上で
裸足のわたしを待っていてくれた

テラスの窓を開け放って
デッキの上でサラダを食べよう
ルッコラとマーシュの上に
黒胡椒のきいたドレッシングで

風がわたるよ


















2010.8.15 発行/蘭の会

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(CGI 遠野青嵐  編集 佐々宝砂)