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春だもの  
雨水  
擦過音  
蛇腹  
  
  
針刺して  































春だもの

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九鬼ゑ女
 

静謐を囲い          
暗渠に籠ってから
どのくらい経つのだろう
纏った空虚はどこまでも曖昧模糊で
わたくしは全てを払拭できないままで

所在なく
湿った睫毛をしぱつかせ
妙に重たい瞼を開いてみれば
隣には
水蛇が一匹
赤い舌をちらつかせ
丸い目玉でこちらを見ている

…そうか 蛇か

思わず声が出た
ま、
この場所には似合っているイキモノかもしれない
などと嘯きながらも         
いまさらという感情が居座って

ぬめり
ぬめり
が、
わたくしをしたたかに舐めまわす

あっ、
たった今
蛇の子どもたちが
孵化した

春だもの …だから?

ぬめり
ぬめり
と、
わたくしは己の心に頬ずりをする  



















雨水

ナツノ
 

台所の隅っこの
薄い暗闇で
小さな夕暮れ生まれる頃

ピンポンと呼鈴が
なった気がして

いえいえ
よどんだ緑灰色の午後のこと

聞き間違えだと薄ら寒くて
慌てて別の考え事を

続けて今度ははっきりと
ピンポンと鳴る

恐る恐る覗き窓
誰の気配もなく
そっとドアを開ければ

白い蛇が
するりと

視界を横切り
柘植の茂みの奥へ消えた

足がすくみ
逃げ出したくても
しばらくその場で動けない

春雨は土を緩め
彼女の
ため息さえ
湿った雨のニオイがした

あれから
蛇を見かけない

ワタシは
邪険にしてしまったのだろうか
それとも
用事は済んだのだろうか

今頃は
乾いた枯葉の下で
そっと目を閉じ
眠っているだろうか

街灯もそろそろ灯りそうな
春雨の午後のこと



















擦過音

沼谷香澄
 

蛇の皮を着ます
蛇に成ります
都合が良いのです
隠れやすい
掴まれにくい
愛されない
姿は
世を忍ぶ旅に
必要な
装備
なのです
つややかな腰を隠し
なだらかな背を隠し
なめらかな肌を隠し
のびやかな四肢を隠し
気の強い目を
残します
目は
私が
私で
あるために
空に
打ち付ける
最後の
楔です
日がくれれば
行李は
下ろされます
夜が更ければ
宴も
終わります
いつでも
居場所を
換えることが
できます
魔法にかけられた王女という
設定を
自らに
設けたからには
太陽のように
輝く
王子に
出会うまでは
潜む場所を
変えながら
旅を続ける

決めました
今宵も
月は明るい
真珠の鱗の肌を脱ぎ
絹の肌を
泉に
浸しに
行きましょう
川の流れの髪を
月だけが
見ます



















蛇腹

ふをひなせ
 

山折り谷折り
山折り谷折り
山あり谷あり
山あり谷あり
人生は
そんなに規則正しくない
くしゃくしゃの
ストローの袋が
のたうっちゃうのに
似てるかも





















http://blog.livedoor.jp/cat4rei/
土屋 怜
 

いつからだろう
あたしの中の蛇が
どんどん大きくなりだしたのは

あたしの最近の奇行
はじけっぷり

何か 内なるものが
爆発するような
高揚感・・・

自分で自分を抑えることができない

子供のころ
家の片づけをしていたら
外の小川の近くの箱の下

大きな蛇がとぐろを巻いていた
異様に大きく見えた
あの姿が目に蘇る

品行方正に育った抑圧感が
人生も半分を過ぎようとする
この時になって
影響しているものと思っていた


蛇だ
あたしの中の蛇が
今にも
口を開けて

あたし全部を飲み込もうとしている





















宮前のん
 

朝起きると
人差し指に長い髪の毛が一房
蛇のように絡まっていた

昨日は夜遊びをした覚えもなく
不思議に思いながら出勤したら
マンションの管理人が
おはようございます奥様はもうお出かけですか
俺は独身なのに
誰と間違ってるんだろうと思いながら
駅への道を歩いてゆくと
タバコ屋のおばさんが
あら先だっては奥様に結構な頂き物を
少し気味が悪くなって
足早に会社に行くと
隣の席の同僚が
おい昨日奥さんから電話あったぜ何かあったのか

背中に気持ちの悪い汗をかきはじめ
探るように背広のポケットに手を入れると
中からノリのきいたハンカチが出てきた
自分でアイロンした覚えもなく
どんどん追いつめられて行く
誰かが俺に付きまとっているのか
知らない間に婚姻届を出したとか
そういう話を聞いた事ある
ふと今朝の蛇のような長い髪を思い出す
何か大事なことを忘れているような
急に立ちくらみが襲ってきて
俺はそのまま床に倒れた


気が付くとそこは留置場の中で
取り調べの刑事が座っている

どうして殺したんだね奥さんを


思い出した


 



















針刺して

佐々宝砂
 

夜な夜な通う男があった。
おのれとは不釣り合いな貴人であると思ったから、
娘は誰にも告げなかった。

幾山越えて川越えて
林を抜けて森抜けて
夜な夜な参る者の名を
ちちはは知らずたれ知らず
されど
やがては知らるるものぞ

気付いたのは母であった。
あの男は誰かと訊ねても娘は答えなかった。
知らぬのであるから答えようはずはない。
山の向こうから森を通ってやってくるのだと、
ただそれだけをようやくに呟いた。

やがて他の者も気付いた。
腹が膨れてきたのでは隠しようがない。
せめて男の住まいがいずこかだけでも知りたいと、
母の智恵は娘に針を持たせた。
糸通した針は男の裾にこっそりと縫いつけられ、
翌朝。
糸をたぐった先に眠っていたのは
一匹の大蛇であった。

幾山越えて川越えて
林を抜けて森抜けて
夜な夜ないつくしみあえど
蛇は蛇なり人は人
されば
やがては別るるものぞ

父は鉈の一撃で蛇を殺した。

残る問題は娘の腹のうちにいた。
ちちははは悩み答を探しあぐねた。
菖蒲湯がよいというものがいた。
いや針がよいというものがいた。
一斗の油を飲ませよ、
氷の水に漬けよ、
腹を冷やせ、

父は針と菖蒲を漬けた水に娘を沈めた、
苦しがる娘を無理やり水に押しとどめた、
膨らんだ白い腹が痙攣し、
水はたちまち赤く染まったが、
それは堕胎の血であったか、
針に刺された娘自身の血であったか。

でろり赤黒くぬるぬるした紐が
幾本もいくほんも
娘の身体から吐き出された。
鉈で叩きのめして樽に入れられたそれは、
二升と五合あったと云う。

幾山越えて川越えて
林を抜けて森抜けて
夜な夜な情け深めしが
孕みし子らは因業の
因業の

父は振り返り
血に染まった盥の中の娘を見た。
息をしていなかった。


















2010.3.15 発行/蘭の会

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(CGI 遠野青嵐  編集 佐々宝砂)