cioyrights(c)蘭の会 2009.9









いこん ゐ__  
秋の朝  
九月十一日の三日前と三日後  
きもだめし  
11の少女  






















いこん ゐ__

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九鬼ゑ女
 

喘ぎ夏がしがみつく秋
季節はずれに蒲公英が咲き
無数の綿毛が時のはざまに舞い散って
捉まえようと手を伸ばしてみるが するするり
すり抜けてしまう歯がゆさが
痛い痛いと心を乱す

ほつれ髪をなびかせながら立ちんぼう
伸ばしたまんまの指の先
赤とんぼが羽を透かしてちょこんと停まる
そこに黄色い蝶々が ひらひらり
濡れた睫毛にまとわりつくから
いっそうあなたがいとおしくなる

手にしているのは
あなたが遺した寄木細工の秘密箱
花を手向けた墓の前
今日こそは…と
やっとの思いで開けたのだけれど
中には小さく折りたたんだ便箋が一枚
拡げてみると隅っこにたったひとこと

 追伸。お先にごめん

お茶目な人だった
悪戯ら好きな人だった  

そこで、ひと思案
バッグの中のライターを取り出し火を灯す
炎が滾らないようにとあぶってみる
と、やっぱり!!
浮き出てきた

二本仲良く並んだ縦縞模様
それは、あなたとわたし
…そうね
ふたりはいつまでも一緒
姿は消えても心は消えな_ゐ

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秋の朝

http://www.enpitu.ne.jp/usr10/106608/
ナツノ
 

T
肌をなぜる 朝の風に
眼をさますと 光が
ほんの少し とおめいに

キンモクセイの
ちいさな花に眠る妖精が
身を震わせて
羽根についた 花粉を掃う

おかげで 私は11回も
くしゃみをする

あああ 秋の朝


U
ちる 散る
今朝もまた ムクゲの花が
きゅっと
硬く 花びらを巻いて
きゅっと
身仕度 整えて

さぁ早く、
片づけてください
目覚めたアリたちが
来る前に

今朝はまた
11個のムクゲの花が
ポストの周りに
散っている

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九月十一日の三日前と三日後

沼谷香澄
 

油虫が現れた
叩いた
死にたくない、と言った

油虫が現れた
叩いた
どうしてこんな、と言った

油虫が現れた
叩いた
せっかく帰ってきたのに、と言った

油虫が現れた
叩いた
何処へ行くんだろう、と言った

油虫が現れた
叩いた
またくる、と言った

油虫が現れた
叩いた
寂しいのはいやだ、と言った

油虫が現れた
叩いた
もう帰れ、と言った

油虫が現れた
叩いた
ありがとう、と言った

油虫が現れた
叩いた
林檎ジュースなら飲んでもいい、と言った

油虫が現れた
叩いた
熱すぎる、と言った

油虫が現れた
叩いた
それで結果はどうだったんだ、と言った

三日後
家が全焼した
殺さずに溜めてあった十一匹の油虫を
崩れ落ちる家へまとめて投げ込んだ

三日後
丑寅の方角より
十一匹の油虫が
寝ている娘の鳩尾を踏み越えていった

三日後
娘はぱちんとはじけて
体の中心から裏返り
無数の白い油虫の卵を弾き飛ばした

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きもだめし

宮前のん
 

あれは小学三年生の夏休み
田舎に兄妹であずけられて
夜のお寺のきもだめし
村の子たちと総勢十人
ろうそくの火に額を寄せて
板の間のしんとした本堂で
学校のトイレの女の子とか
動かしても朝になると戻る岩とか
背中にじっとりと嫌な汗をかきながら
神妙に聞き入るしかなく
でも一人で帰るほど勇気もなく
ふと、誰かが立ち上がって

おかしいぞ!
11人いる!

それはもう、すごい勢いで
皆がてんでバラバラに散って
私も泣きながらお兄ちゃんと
必死になって逃げ帰って
あれほど心から怖いと思ったことはない
朝になってオネショを叱られ
洗濯物の手伝いをしながら
ばあちゃんに夕べの話をすると

ああ、そりゃあ座敷童さ
幸せの子供だよ惜しいことしたねえ
友達になりゃあいいことあったかも
寂しがりやだもの

お寺の本堂で火を囲む子供たちと
遊びたくって出てきたのかしら
今度会ったら友達になろう
私のおはじき貸してあげよう
そう思ってそれからは
人が集まるたんびに数えるんだけど
一回きりのチャンスだったみたい
5人はいつまでも5人
10人はいつまでも10人だった


あれからずっと大人になって
都会で出会った優しい夫と結婚して
こうやって食卓を囲む
丸いお腹を撫でる私と微笑む夫
もうすぐ会えるねと話しかける
ポンポンと蹴り返す気配
2人なのに3人なのだ
あのとき友達になれなかった
寂しがりやの子はひょっとして
私の中に眠っていたのかも



 

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11の少女

http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/
伊藤透雪
 

11歳   初潮を過ぎて
憧れから 淡い恋心へ
少しずつ 女に近づく

背丈ほどあるセイタカアワダチソウが繁る
泥炭地の野原で
鼻を強く刺激するにおいの中に
小径をつくって隠れていたり

畑の真ん中 栗の花咲く木陰を通り過ぎ
白樺の林の中で
初めて 口づけを交わしたり

幼さと大人びた顔とを交差しながら
11の春夏秋冬は過ぎていった

恋の味を舌先ほど感じただろうか
遠い記憶の中で
マーガレットの花影に隠れた
小さなわたしの思い出

親たちは 何も知らずに
少女は  成長していく

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2009.9.15発行
(C)蘭の会
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CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
ページデザイン・グラフィック/佐々宝砂