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2008年9月詩集「生」
歯車  
唖蝉――― おしぜみ  
天国の花  
国道  
風の如く  
生長  
預言かもしれない  
Contrast  
幾年のままごと  































歯車

yoyo
 

カシャとピストル撃って、たたんで
カシャとピストル撃って、たたんで

工場作業は朝9時朝礼からはじまる、それは社会の無機物の一部になる瞬間
値付けは季節の移りかわり直前とボーナス直前が一番忙しい
値段をつける賞品は多種多様で、スーパーや百貨店に並んでいる品物全て

工場の内部にはダンボールがうずたかく積まれていて、太陽の光は入らない
世界各国から貨物船やエアカーゴに乗っかてやってきた工場製品たち
最近は蛍光灯に映し出される文字シュウマイ、ハエたたき、キーホルダー・・・
中国語で書かれたダンボールでいっぱいだ

荷物を積みおろすのは男たちで、たいがいフォークリフトを使っている
細かい作業は女たちで、テーブルに向かい合って一列に並んでいる
道具はカッター、ガムテープ、はさみ、ピストルだ
通称ピストルは根付けの重要な位置を占める大事な道具
綿、絹、合成繊維は引き金ひとつだけであっという間に値段がつけられる
万が一手をすばらせても怪我には及ばない親切な道具

ダンボールを開いてみるが異国情緒は全くなくて
経済力の強みなのか日本好みの商品に製造されているものばかり
なんの面白みもないままに、黙々と製品に値札をはさんでピストルを撃ちはじめる

カシャとピストル撃って、たたんで
カシャとピストル撃って、たたんで

立ちぱなし、撃ちぱなしの数時間、倦怠と疲労はとっくにピークを越えている
商品も大体見飽きてしまって、値札が全部うまくついたとほっとする暇もなく
ダンボールにつめなおしたら、また新しいダンボールが次から次へとやってくる

カシャとピストル撃って、たたんで
カシャとピストル撃って、たたんで

頭はどんどん朦朧として、何がよくってこの仕事を選んだかも忘れてしまっている
外が暗くなった頃には、意識にはただピストルの音が残るだけ
歯車どうしが重なるように聞こえて、労働者を癒すことなく響いている

カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ
カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ

家路に向う電車や車の騒音たちも、明日の作業に呼応して
だらだらと夜道に肩をおろして歩いていけば、すれ違う人さえ値段がつく

ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ
ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ、ベチャ

この仕事をはじめてもう十数年たってしまっていることも
身体がだんだんいうことをきかなくなって壊れてきてしまっていることも
知ってはいながら、働きつづけなくては生きていけない日々

カシャとピストル撃って、たたんで
カシャとピストル撃って、たたんで




















唖蝉――― おしぜみ

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九鬼ゑ女
 

陽に褪せたすだれのほつれに絡むのは
あのひとの影でしょうか


お願いです…


朽ちてゆく黄昏に縋りつく時のもどかしさを
こうして 何度も 何度も
口に出して問わずにはいられないわたしの舌を
切り取ってくれますか


いち日たりともわたしは
あのひとを忘れたことなどないのですから
唖蝉のまま土の中に忘れ去られようと
このほつれのまま いまをくくりつけ


そうなのです…できるのなら


暗渠に棲む一匹の翠の蛇のように
藻の腕に抱かれたまま 息を潜めていたいのです
それでも しがらみの裳裾を踏まぬよう
幾重にも敷かれた腐葉土の
饐えたぬくもりに身を横たえ
あのひとを待ち侘びた 年月の糸
その糸のほつれが侘しくて
声を殺して啼くしかないのだけれど

…それがせめてもの
この世の生のあかしであるのなら
わたしとあのひとは
来世とやらで
もういちど時のほつれを睦みあうことが
許されそうな……

気がするのです 



















天国の花

http://cpm.egoism.jp/
柚木はみか
 

生きることに疲れた
昼下がりのcoffee
どれだけ多く傷付いて
悩まされてもOK?

単純明快な解答をあげよう
「君が死ぬ、僕は笑う それだけでIt's alright!」

淋しげに咲く花が
許さないでと笑う
君だけだよって言って
私の価値を認めて

淋しげに咲く花が
私の未練を手繰る
君だけだよって言って
死なないでって言って


生きることに疲れた
熱に浮かされたまま
ベランダ越しの世界は
やっぱり濁ったまま

単純明快な解答をあげよう
「僕が死ぬ、君は生き残る それで君がいいなら」

一人ぼっちで咲く花が
私を見送ってくれる
君は生きてねって言って
私の価値を認めて

違う世界で咲く花が
もう一人の私に
許さないよって言った
死なないでって言った


大切なのは君だけだって
君の口から聞かせて



















国道

ナツノ
 

プラタナスに
這い登る ツタの 
訳のわからぬ 勢いに
恐怖を抱きます

何も思わずただ ただ 生きてる
まっしぐらな 勢いに

おそらく
一時間前もなく 一秒先のことも
ツタには ない
その 生々しさ むきだしの 生命力に

背中がぞくぞくします

国道の 熱風にさらされ
プラタナスにしがみつく

生命力のしくみのままに 
がしがし テリトリを広げ

時が来れば 朽ちてゆく
その瞬間さえ 意識せぬまま

なら なぜ 人間は と
プラタナスの実の ニオイのよう
青臭いこと 思います

過去の糸に からまり
一秒先に 捕らわれ
自分の周りに 糸を吐く
ヒトは かいこのよう
その繭の中ですら 心は泡だち
眠る時さえ おどおどします



















風の如く

ふをひなせ
 

風の如く
風吹き渡る空の如く
流れ行く雲の如く

心を澄ます


花の如く
咲く花の実生るが如く
根張り行く地の如く

心を富ます



















生長

宮前のん
 

君は、いつの間に
私から切り離されて
歩いていたのだろう
本当は
産み落とした時から
別の手足を持っていたのだ
なのに、
つながれた手の温もりに騙されて
すっかり私だけが
二人は同体だと思い込んでいた

今日、生まれて初めて君は
友人達と旅に出る
その荷物の中身すら知らない事が
涙の出る程
誇らしかった


 



















預言かもしれない

佐々宝砂
 

ためいきをつきたいところだが
煙草の煙を吐く
自嘲したいところだが
天井を仰いでみる
大きな家蜘蛛が
照明の近く動かずにいる

どこからか
中空に浮かぶ腕があらわれて
書き記すだろう
メネ・メネ・テケル・ウパルシン
たぶんきっと最悪の事態になるだろう
勝手に数えやがれ
何でも好きに量りやがれ
分割できるような財産とてないけれど
それでも
捨てるわけにはいかないこの生

賭け金はもうない
財布の中はすっからかん
結局自嘲するところかもしれない
ドラゴンよろしく鼻から紫煙吹き出して
もう一度天井を仰いで
くちびるから漏れる言葉は

エリ・エリ・レマ・サバクタニ
ちがう
そうじゃない
確信は持てないけれど

姦婦たれと
悪魔ではない者がささやく
そのはっとするほど生ぐさい息に
自分を預け渡して
ニガヨモギのような体液を飲み干す



















Contrast

伊藤透雪
 

赤く色づいたトマトが
しなびかけた茎についている
あれは──食べ頃じゃない 熟れすぎた
真っ赤に爛れた実

  若さに満ちあふれた男女の背中
  何故にああも 絵空事に見えるのだろうか
  そうか、光の下では「同じ」なのだ

─Contrast─ 

差異がないのでは輝きも見えないのと同じこと
翳りが生まれる爛れた季節
光の中で生まれるはっきりとした対比の境界が
命の色を鮮明に見せる

若い実をもいでも 熟れはしない
色だけが真似事のように変わるけれど
本物の赤になりはしない
生きた色は熟れた後に訪れる

  実像、実体、real、reality
  それを眼の底で感じるには
  明度じゃないんだ
  contrast、ほんの少しの差異なんだ



















幾年のままごと

赤月るい
 

小さな生でいい
ちいさな、小さな生がいい
私の御口に見合うサイズで
私の御口で転がせるくらいで
いい
いいから、生をひとつぶ
怖々味わってみたい

飴玉くらいでちょうどいい
きっとペッと吐きだすから
吐き出してしまうから
怖々
それでも安心しながら
しゃぶってみたい

すこし、しゃぶらせて
味わってみたい
受け容れられないけれど
私にもちょっとさ
生の味を
生の、甘い感覚を ちょっと
おねがい
ちょうだい

私も、いきさせて
さみしい
嗚咽にかわる前に
飴玉ひとつ、ちょうだい
今度は少しかじりたい
齧って
味わってもみたい あじわい
なきたい、泣きたい
私は生きたい
いきたい

心をとかしたい
その甘さで
私の心、溶かしてずっと
ねがってる
怖々
ほしいと願ってる
生きたい 生きてみたいの

誰もいない暗い部屋がいい
できれば
何の音もない
誰も来ない
安全で 壊れない

ただ、ひとりの
しーんとした部屋がいい
部屋が あればいい
あたりは
コンクリートだともっといい
もっといい
欲しい

防音、無菌室 すこし
私を安全にひらかせておくれ
御口サイズで丁度いい
冷え固まった氷
少しだけ溶け出すように

またすぐに凍らせるから ねえ
危なくないくらい
戻れるだけ
必ず氷を保てるくらいに安全に
生を しゃぶらせておくれ

おしゃぶり 生
呑み込めない生 性、正


















2008.8.15 発行/蘭の会

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)