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White


2008年7月詩集「白」
白い朝   
bleach  
投身未遂  
すみっこの白  
白しめす  
夢見がちな地球  
五里霧中  
日を貫けば兵乱の兆し  
白と青の輝き  
知らないままで  




































白い朝

yoyo
 

鳥のさえずりがきこえる

静かな朝方

しらじらとあけていく日

少し肌寒いけれど

目が覚めてしまったから

暮れていく夜を忘れ

確かにはじまるあらたな時を

胸いっぱい吸い込んで

裸足のまま浜辺へ歩いていく

漣がひんやり冷たくて

波の音とともに

あたしを浄化していく


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bleach

http://home.h03.itscom.net.gure/eme/
九鬼ゑ女
 

いつからだろう…
シミだらけになったふたりの生活

無数の斑点は
腐敗臭を伴い
吐瀉物を吹きかけた網目を巡らし  /げろ
増殖しながら蜘蛛の巣を張った

そんなある日
あなたが持ってきてくれたのは
一本の漂白剤
「オチルってさ」
「本当に?」

手を繋ぎ合い、密やかに爪先から浸ってみる
静電気を帯びた呪縛感が身体を駆け抜ける 
「シミルか?」
「うん、シミル」

…あなたは?とみると
もうすっかり真っ白になっていて
「ほら…な?」
声は耳たぶに齧りつくのだけれど
ちっとも心の襞には沁みてこなくて
幻のような映像が視界を囲うだけで
「白 昼 夢…?」
「いいや、白 濁 夢 だな。でもな、これが現実さ」
あなたは尖った戯言をあたしの脳裏にバラマイタ    /たわごと

その頃には締め付けられる感覚は
遥か彼方に遠のいて
底の見えない惰性が 
空回りを繰り返すばかり

オチル…よ
オチル…ね

漂白されたふたりは
何処まで堕ちていくのだろうか? 


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投身未遂

柚木はみか
 

しん、と静まり返った踏み切り
足を竦めて立ちつくす
今から終わりの世界へ
踏み出そうと思う


がたんがたん
ゆっくり過ぎていく鈍行
待つのは次回の急行
この時が狂おしい
がたんがたん


ふ、と駆け込んで世界を真っ白に!
そう、まるで雪の積もった街のように!
なにも遺さず!
ああ! 総てを投げ捨てる!


しかしてそんなことはわたしには無理だった
急行はごおという音をたてて
わたしの足を一層竦めさせた
竦めさせられてよかった


わたしは白など求めていなかった
わたしは白など本当は求めていなかったのだよ
狂おしいほど平凡な生活が
もしかしたらそれなりに気に入っていたのかもしれない


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すみっこの白

ナツノ
 

自分から いちばん 遠いところにある色が
白だと思う
くすんでしまった肌に
もう 白いシャツは 似合わない
潔く まぶしい季節には 戻れない

なのに こころの どこか
何度 汚れても 
油が 水をはじくような すみっこがあり

その辺りが
白さの記憶 消そうとせずに 悪さする

だから 厄介なユメに 手を伸ばしたり
夕暮れの風のニオイに タメイキついたり

必要ない 
そう 言い切れず 捨てられず
いつまでも 机の奥にしまってある
錆びたホチキスの針の 箱
度のあわない メガネ
使いやしない 計算機

そんなものと一緒に すみっこに 白がある


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白しめす

沼谷香澄
 

白しめす=私は君を支配する

くしけずるレタラ・レタルぺきよき水

目の開かぬ白き子猫の息の色

白しめす我らがここに居ることを

白き酒振りつつ笑う赤ら顔

道に在り白き衣を赤く染め

水あおく狩りに出られぬ白き熊

白しめす氷あやうき春の海

遠き日の白隼の依りし岩

戻りこよ白き氷の橋を踏み




※白しめす=上代語「支配する」
※レタラ=アイヌ語「白」
※レタルペ=アイヌ語「白髪」
※白隼(シロハヤブサ)=北極圏に住む。日本では冬鳥。絶滅危惧種。


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夢見がちな地球

http://yaplog.jp/yukarisz/
鈴川夕伽莉
 

生けとし生けるものがすべて死に絶える瞬間を
待っているのです この地球という惑星は
生けとし生けるものを殲滅するために
うまれた種族はヒトと呼ばれます

地上と
海と
大気との
息が絶える時
を夢見る地球が雪を降らせます
昨日の呼吸を
今日の排泄を
明日の鼓動を
全部なかったことにしたいから
託しているのです
音のない世界という
まぼろしを
この 降り続ける雪に


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五里霧中

宮前のん(みやさきのん)
 

白い霧の中
あなたと二人っきり
迷子になりそうな小道

晴れたら
実は二人っきりじゃなかった
なんてことに
ならなけりゃいいな

そう思ってる間に

ほら

霧の中で鳴り響く
あなたの携帯着信音



邪魔しないで


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日を貫けば兵乱の兆し

佐々宝砂
 

雲のない、風のない、
夕暮れの山の静かな尾根に、
連れ合いをなくした龍が、
孤独な炎をあげる。

ぼんやりとけむる色彩は、
何色と定めることもできず、
ひらりひらりと空に拡散し、
おぼろな弧を描く。

誰が言ったものか、
日を貫けば兵乱の兆し、
誰がそれを知ろうか、

白虹暮れかかる日を貫き、
日々を貫き、
不安げに白々と光り。


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白と青の輝き

伊藤透雪
 

静かに目を開くと
鏡の前に白いドレスのわたし
夢にまで見たドレスの優美なドレープ
なんて素敵なのかしら、とみとれていると
名を呼ぶ声

顔を向けると
白いタキシードのあなた
柔らかい眼差し

まぶしい光の射し込む窓を開き
白と青の世界をテラスから眺めようと差し出された手のひら
導かれて光の中テラスの下は高い崖
青い海は生き物のように輝きうねる

白いドレスの衣擦れの音が耳の底にかすかに落ち
つないだ手を握りしめられて私たちはダイブする
青い生き物の中へ

光に灼かれて視界は白いまま
感じるのはぬくもりだけ
もうろうとただようわたしを抱きすくめられて
やっと広がるブルー
息ができるのが不思議

そう、私は泡にならずに済んだのね
人間らしく生きられない人魚でも
あなたの髪が揺れて微笑んだ

  君は君のままでいて

あなたの唇がそう動いたら白くて青い世界は閉じて
私はうなづいてつぶやく

ええ わたしはどんな色にも染まらずにいるわ
いつまでも
青いあなたの前で
輝く白い光の中に立てるように


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知らないままで

赤月るい
 

今日も 白の上を滑っていた
とても美しい一日だった

白の上を滑ってゆくと
そこには何色もの想いが
足の下 蠢いているような気がしたけれど

真夏の午後の光は
何もかもを反射させ
まぶしいほどに 拙き理解を促す

夕闇に沿えば
幾度となく襲いくる色を
また夜に沈め
恐怖も何もかもを闇のせいにするばかり

押し込めたまま
明るい朝の光を待っている
やさしき白を待っている


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2008.7.15 発行/蘭の会

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)
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