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2008年6月詩集「湖」
 沈 魂 愛  
水辺にて  
ダム  
夢湖畔  
伊栖之湖周辺の伝説について  
幽世の湖─支笏湖  






























 沈 魂 愛

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九鬼ゑ女
 

…ウカツダッタ
しがみつくキミに向かってボクは愛を投げた
ボクの先っぽから弾けだされた精子たちは
湖面を滑るようにまっしぐらキミを目指した

…ウカツダッタ
ボクの投愛は自責という悼みと一緒に
ぽちゃんと、一声 情けなく喘ぎ
大きな口をあけて待っていた時の魔物に飲み込まれた
キミはせせら笑いを浮かべボクという脱け殻を
湖水に浮かべたまま知らん振りを決め込んでいた

…ウカツダッタ
溺れていたのはボクのほうだったんだね
それにしても恋慕という感情が
こんなにも噛みごたえのない食べ物だったなんて

…………ウカツダッタ

それでも唯一の救いは
湖底に沈んでゆくボクの愛に
キミが乳房を露わにしながら   /ちぶさ
色づいたままの果実から      
ようやっと絞り出した未練というしずくを
一滴、垂らしてくれたことだった


















水辺にて

ナツノ
 

ぽとり 水面に投げた石
薄く広がる輪 みつめて 待っていると
やがて
底のほうから 幾つかの
水の あわの つぶやきが
ちいさく はじける


そちらはどうですか
あの日 つるりと 足をすべらせ
そのまま 行ったきり だね


いいこと ばかりではなくて
どうして こんな試練を と思うことも
体のあちこちが 痛くて でも
こうして ナンとかやってるから と


わたしは うなづくばかり


戻っておいで
やわらかい髪を なぜてあげたくて
ただ ただ 祈るばかり
手を合わせるばかり


そちらは 暖かいですか
湖を 包むように しとしと雨が降る


















ダム

http://yaplog.jp/yukarisz/
鈴川夕伽莉
 

「心にダムはあるのかい?」
愛はないけど酒ならいくらでも。
あなたはこうも言う
「酒の一滴は血の一滴ですから」
呑め呑め それで呑まれなければ
愛と同じになりますか
呑まされ続けるわたしはそれとも
ただのマゾですか
エーテル
アルコール
誰かが記憶飛ばして暴れたり
ゲロ吐いて寝てても
片や酔えない人間はいつまでも酔えない
だからいつまでも呑まされ続けてる
強いね
いやそうでもなくってね

「心にダムはあるのかい?」
って古いよ
「君に対する愛なんてないから」
そんなのいらないよ
エーテル
アルコールの湖面は波風も立たない
いつまでも静かだ 違う
厄介な人間の愛は厄介だ
御互い様でしょう
波風立たないフリばかり得意よ

平行線
平行線 湖面 レコメンド
今日何度目の乾杯?
わたしたち動脈に同じ酒が脈打つ
フレンズ
決壊しないでね


















夢湖畔

宮前のん
 


夏の湿った匂いの夜に
薄いタオルケットを剥ぎ取って
山合いのひっそりとした湖まで飛んで
風のさざめく湖の真上には
きれいな弧を描いている
月が、ひとつ

誰もいない湖のほとりに
淡いネグリジェを脱ぎ捨てて
裸のまま
身を浸して向こう岸まで
波のさざめく湖の真中には
不完全に弧を滲ませる
月が、ひとつ

ヒヤリとした透きとおる水に
ゆっくりと肱を広げ
ふたつの乳房のふくらみに押されて
ユラリと生まれた小さな波が
滲んだ弧をさらに震わせて


頬の冷たさにふと目覚めると
寝室の窓から仰ぎ見える あれは
涙に弧を滲ませる
不完全な愛のかたちにも似た
月が、ひとつ


















伊栖之湖周辺の伝説について

佐々宝砂
 

伊栖郡の話なら法月君に聞いた。

ナニ伊栖郡は太平洋沿岸に位置するごく当たり前の田舎であつて、とりたてて特徴が有る訳でない。ただ伊栖之湖という稍々大きめの塩水湖が一つあり、湖の周りには柞が沢山茂つてゐる。柞と書いてヒヨンと読んだりイスと読んだりする。伊栖の名はこの木に由来するものであらう。住民が未だに素朴なのか教育が足らぬのかハテどちらやら分からぬが、伊栖郡の郷民は実に奇妙な伝説を語つて呉れる。法月君が集めてきたのはそんな伝説と云ふ訳だ。

その昔、戦国の世のことであつたが、伊栖之湖の西に難を逃れてやつてきた民人が幾たりか住み着いた。伊栖之湖の西側は元々人が住んでをらなんだ場所であつて、暮らしぶりは楽でなかつた。取り分け大変なのは水の確保であつた。井戸を掘つても湧き出るのは薄いながらも確かに塩辛い潮水であつたから水争ひが絶えず、殺された者さへあつた。名前も墓も残つてをらぬが、石仏が残つてをる。毎年盆には石仏に水を掛ける。どれ程水を掛けやうとも、水は瞬く間に乾いてしまふと云ふ。

伊栖之湖の中心に小さな島がある。ヒヨンの島と名付く。何時からゐたのか誰も知らぬが、ヒヨンの島に一人の女がゐたさうだ。夕暮れに手招きをするので、お夕と呼ばれてゐた。お夕の手招きに答えたら命がないと云ふ。お夕の手元を見るだけでも危ないと云ふ。ヒヨンの島には未だもつて誰も近寄らぬ。

伊栖之湖の北には山が聳えてゐて、伊栖郡の他の場所とは幾分趣の違ふ話を伝へてゐる。中でも面白いのは男蛇川と女蛇川の話であらう。男蛇川女蛇川はいづれも伊栖之湖に流れ込む数本の川の一つであるが、年に一度七夕の時分に縺れて一本の川になる。法月君は実際に見たさうだ。男蛇川女蛇川は、七夕以外の季節には離れた二本の川である。

伊栖之湖の回りには、この他にも時々妙な事がある。湖の底から笛が聞こえる事がある。笛の音を聞いても害はないが、笛が何処から聞こえてくるか気にしてはいけない。気にすると良くない事が起こると云ふ。

こんな話は幾らでもある、と法月君は言ふ。



















幽世の湖─支笏湖

伊藤透雪
 

まだ明けきらぬ朝
白樺と黒松樹林の森にいだかれ
水底の闇に累々と白い
亡骸を宿している湖が見える


 先生、やはりどの湖より
 支笏湖の方がいいですね
 誰にも見つからず死出の旅には
 かつて死骨と呼ばれ
 引っ掛かって遺体の上がらぬこの湖の
 深い水が一番似合いです


でも透明度が良すぎて近頃は
ダイバーが潜るそうな
白い樹々の骨の中で
安らかな眠りは保証されず
ただの湖になってしまうなら
樽前の山に飲み込まれてしまえばいい

鬱蒼と繁る山中の湖(うみ)はまだ
眠っている
  ざざり、ざざり、
 とぷん、たぷん、
波音清かに静まりかえる湖水
に浮かぶ樽前の影と死に絶えた樹の骨
まなこに焼き付いた幽世(かくりょ)の湖は
今もさざめいている


















2008.6.15 発行/蘭の会

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