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2007年8月詩集「夏休みの自由課題」
「魔夏のフーガ」  
すぴーちばるーん  
 dark rain   
夏の標本  
八月の蝉  
ふぁんのつぶやき  
風呂掃除  
融解する夏の  
どくどく  















「魔夏のフーガ」

九鬼ゑ女
 


梅雨明けの頃からだったでせうか。

あたしの時化たおもひが、

昇りつめる季温に負けじと、

火花を散らしはじめ、

あたしを困らせるやふになったのです。


しかた …なし。

あたしは心の奥に

人差し指と中指をぐびりと押し込みました。

すぐに咽喉元まで這ひ上がったおもひは

「 くぅ… 」

と、

ひとこゑ呻くと地べたにぽとん。


それはまるで熟れた鬼灯。

朱色の裂け目から覗く瞳は、

なんだか恨めしげでした。


でも …です。

忽ちおもひはかげらふに浚われて

「 待って! 」

と、

追ひ縋ってみたのですが、

かげらふは燃える手で

「 鬼さんこちら…愛のアルほうに 」

と、

あたしを手招くばかり。


追へば逃げ、停まれば招き …の、その繰りかへし。


やがて …です。

蝉時雨に麻痺した耳の奥、

地べたを這ふやふな気配がして、

見渡せば辺りは暮色に染められ、

人差し指を唇にあてたひぐらしが

かふ囁ゐておりました。


「 -----じゐーーーっと、じゐーーーっと 」

と、


だから …です。

ほんたふはもっともっと遊んでゐたかった

……『オヒカケごっこ』

を、

藍染の浴衣の胸の下、

オトコ結びにぎゅふと括りつけ

「 -----じゐーーーと、じゐーーーっと 」

と、


あたしは逢魔ヶ夏に潜んでゐるのです。


















すぴーちばるーん

ナツノ
 

この雨の糸 つたいのぼっても

取り戻しに行く すぴーちばるーん

夕べの月夜につい 口もと軽く手放した



もう どこまで流れて行ったろう

雨の朝

びしょびしょになりながら追いかける 

あなたに届いてしまう前に

「なかったことにして」



きっと 新しく生まれる日

草みどりの丘を かけのぼる

みずいろの風といっしょに

はやく いつか

届けたいから



雲と流れてゆくよ すぴーちばるーん


















 dark rain 

雪わたり
 

 

 
     闇に溶ける
 
            闇に染まる
 
 
 
そぼつく雨
 
     纏(まと)わり付き
 
            絡(から)みつき
 
     沁(し)みこむように
 
            侵食していく
 
 
 
 
 
闇に   獲(と)り込まれていく  心
 
想いは徐々に      闇の色
 
  
 
幸せは         色褪(あ)せ
 
微笑みは        影に隠れる
 
 
 
 


















夏の標本

汐見ハル
 

横たわる夜のいろした蝶々が
風もないのに ふるえ て
とまって いるのです
ここ に

わたし
知っている
この 湿度
わたしの
なかにある
窓という 窓が
うるんでゆく
灯るともる
水滴
やわらかい
しずくを
舐めにきたの
蝶々は

わたしはわたしが朽ちるのを
ただ待っているしかなかった
夏って 
そういうもの
ためらう秒針のように動けず
熱射に晒された肩を
耳のかたちでひやしながら
まぶたのうらがわに
心音がとおるのを
みていたはず なのです

だけど 
ここに

蝶々が
わたしという水脈を
さぐりあてて

きらきら
わたしに
めまいをあたえて

不安定で
明晰な
流線の輪郭でもって

あしのうらのほてりをしずめるために
つめたい土をさぐっていました
なんども なんどでも
ぬくもるたび
たえきれず
あたらしく さがしかえるので     
ゆるい熱は
いつか月面にたどりつくはずでした

だけど
ここで

汗でぬれたかたい胸や
すじばったむこうずねに
おしあてた耳 や
つちふまずが
ほてりを 
しずめることはなかったけれど

わたしは
あなたの水脈を

音のないせせらぎを
とおく
ちかく
きいています

蝶々が
ちいさくふるえます


















八月の蝉

ひあみ珠子
 

セミたちが鳴いている
こんな夜中でも鳴くものだったろうか
この街の昼の暑さで鳴くのをサボってたのか
それを取り返すつもりか

目をつぶって
今の望みは何かと問われたとき
その答えは
十分贅沢なものだろうか
明日にでもかなえられそうな当たり前なものだろうか
あまりにささやかで
それでいてかなえられそうもないものだろうか


今朝も目覚めてすぐからの眩しい日差しが恨めしい
尾長鳥たちが騒いでいる
セミたちは
庭の隅に数匹 白い腹を見せているもの
ビビビッと言いながら木から木へ飛んでいくもの
また今日もサボっているもの
暑いのは私のせいでもあるかもしれないし
私のせいではないかもしれないらしい
いつの世も学者達の意見は対立するものだ
それでいいのダ!と天才も言っている


ところで暴力の責任は誰にあるのか
暴力シーンの含まれた映像がテレビから流れ出ていた
子どもたちが観ていた

暴力をふるった私だろうか
暴力をふるわせた私だろうか
暴力を止められなかった私だろうか
暴力を見せることを止められなかった私だろうか
暴力を見せなければならないと考えた私だろうか
暴力を受けた私だろうか

人に前世というものもあるとして
私はどれとどれとどれををしでかしてきただろうか
暴力によって悲しみを覚えるのは
言い訳になるだろうか
無関心をよそおうのは防御になりうるだろうか

ただどうしたらいいのだろうと悩みながら
ひとり
いることしかできないけれど
大声で何かを叫ぶよりはましじゃないかとも思う
(煽動者だけは我慢できならない)
どうしたってそうなる
でもため息を吐くばかりの私たちではないことを
子ども達の底抜けに明るい声から教わる
子ども達が無邪気であることは誠にめでたく
いつも私達にとって必要な福音なのだ


久しぶりにクーラー無しで寝られそうな夜
クーラーも扇風機も消すと静かで
セミの声が聞こえてくるのが
うるさくて安心
寝返りを打って眠る幸せ


















ふぁんのつぶやき

http://blog.livedoor.jp/cat4rei/
土屋 怜
 

たちあがりはそう
いつも あなたから・・
あなたが活躍する姿をふと
目にしたこと

こんなに夏なのに冬眠していた
わたしの心は動き出した

あなたの表情やしぐさは
いつもどおり自然体で
大衆にこびたりしない
大きな舞台だって
くしゃくしゃのシャツと
サンダルで堂々としている
そして さらっと
”かっこいい言葉”をはく

わたしは名もない
ふぁんだけど

あなたはいつまでも
普通っぽくない
役者でいてください


















風呂掃除

宮前のん(みやさきのん)
 

さて、栓を抜き
泡の洗剤吹き付けて
プラスチックの靴履いて
スポンジ片手に勇ましく
周囲の壁から次第に底へ
ゆうべ息子たちが入った湯だ
足の指の間から流れ出し
一晩かけて沈澱した
底に薄らと溜まる砂


やがて
この砂は消えるのだ
公園の砂場で遊んだ時間
学校で野球にあけくれた日々
それらとともに流されて
彼らが巣立ってゆく頃には
それでも私はきっと変わらず
その日も浴槽を洗うだろう



すっかり泡だらけの浴槽に向かい
シャワーで一気に洗い流した


 


















融解する夏の

佐々宝砂
 

天から赤い液体が流れてくる
血の雨に見えるけれど
そうではない

あれはミオグロビン
私の筋肉組織のなれの果て
私自身でありながら
私を痛めつける
いまはもう不要な赤い液体

ゆったりと流れてくる夢魔の躰は
実体があるのかないのか
夜霧よりも曖昧に
私の肩から腹のあたりまでを覆い
ただそれだけのことで
私は身動きがとれなくなり
私は融解する

融解する私は赤い液体と化して
血の雨のように
あなたの上に降り注ぐ


















どくどく

赤月るい
 

どくどく
木々の声がきこえる
わたしの心臓
だれか

ちがうんだ
宇宙だ
ああ
宇宙の一部なんだ

どんどん
裸になって
わたしは
もっともっと
裸になる

あなたの声に
もっと
あたたかくなる
そっと
命をつなげる

何か
芽吹いている
この夜
じっと
土の下で待つ

静かに
土の上に横たわり
絶えゆく花のそばで
新しい命が
朝をまつ

どくどく
どくどく
わたしたちは
ともに生きている

ずっといっしょに
生きていた


























2007.8.15 発行/蘭の会

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)
(ページデザイン/CG加工 芳賀梨花子)