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2007年7月詩集「夏休みの自由課題」
▼午前零時▼  
命の川渡るヒト  
逡巡の夜  
契約  
全部  
微熱夜  
クレヨン  
エアガン  
風の塔  
サボテン  
重たい雨  



















▼午前零時▼

九鬼ゑ女
 


漆喰壁の鳩時計が

決まって吃る時間がある…それは、午前零時

今日と明日の隙間
時がインサートを繰り返しては
エクスタシーに酔う時刻



アイツから振り落とされたばかりのアタシは

身を捩(よじ)って銀色吐息

お願い!アイツを止めて・・・・と、
叫んでみる
鳩時計の苦しげな啼き声とアタシの咽(むせ)び声が重なる

それがウザったいからと

時は無理矢理アタシを▼午前零時▼の海にオトシメル


空のてっぺんでは
檸檬を溶かした月が
氷を浮かべて溺れるアタシを嘲笑う

だけどそれも夢うつつ

すぐにアタシは『マタタク魔』という魔物に麻酔をかけられ

双胴船に乗せられたアイツの亡霊ごと
今度は悪夢の波に身を捩る

そして…ぴったり12回目
絶頂を迎えた今日が

果てる



2本の針は余韻を引きずったまま

鳩時計の呻き声も昨日の海にオトシメルと

時の傀儡(かいらい)に姿を変えて

カチッ、カチッ

舌打ちしながら離れていく…、それが午前零時


















命の川渡るヒト

ナツノ
 

梅雨の中休み 真っ青なまぶしい空

街にのしかかるようにもくもく育つ 白い入道雲 

正午まえの太陽が

アスファルト照りつける



ゼブラ模様の横断歩道を うつむいて歩くヒト



ほら はやく はやく いそいで

でないと信号が チカチカ 点滅始める

何度 渡ってみても いつもきっと

横断歩道の三分の二のところで チカチカ始まる



うつむいて 道路に敷かれた白いおびを

数える あと 三本

あと 二本

向こう岸まで渡るには

ながい ながい 道のり



太陽は高くなり 黒い影はますます小さくなる

今日も渡り終えた 命の川は

信号が変わったとたん

気の狂ったバイクと車にのみ込まれた


















逡巡の夜

雪わたり
 

毎晩 彼方に会いたくて
   いつだって 声を聴きたくて
 
夜の帳がおりるたび
          
 
   まって・・・
          まって・・・
彼方を待って
 
   まって・・・
          まって・・・
待ちわびて
 
   まって・・・
          まって・・・
待ちくたびれて
 
 
とうとう・・・
   気持ちがくじけてしまった
 
ねぇ・・・ もう・・・
   私から声をかける気力も無いの・・・
 
 
   彼方のまえで
          上手に笑う自身が無いの・・・
 
   彼方といるのに
          笑えない私は 嫌いなの
 
 
だから・・・ ねぇ・・・
   少し 眠っていたいの
          月の光が 私を満たすまで
 
 


















契約

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田村飛鳥
 

揺れ動くことが罪ならば
動ぜぬことは罰だろうか

鼓舞することが恩ならば
誇張することは仇なのか

死ぬに死に切れぬ弱さは
いつか悔恨の元となるか

貴方の真っ白な腕の線に
目を潰されても構わぬと

真意は真逆かも知れぬが
それは貴方への羨望です

常に常に揺れて動いては
常日頃より浮遊する我身

彼方此方をポツポツ歩き
結局帰るは貴方の胸の中

慰めなんて物要りません
辱めの方が未だ救われる

素通りする肩の向こうに
眩しい朝日が目を眩ます

瞳孔が広がる夜中の部屋
貴方の腕の血管をなぞり

舌なめずりをしてみれば
キュンと強張り鳴る鼻を

揺れ動きつつ舐め取って
動ぜぬ顔を貴方に向ける

罪と罰が行き交う二人は
大袈裟に恋の海を泳いで

裸で抱き合う真夏の夜に
真冬の契りを交わすのだ

貴方のの傍で居なければ
私は死ぬに死にきれない


















全部

ふをひなせ
 

あれも
これも
それも
全部
だった
とりあえず
とか
これだけ
とか
じゃなくて
いつだって
今も
過去も
未来も
全部
ひっくるめて
かかえてる
そのまんま
全部だった


















微熱夜

陶坂藍
 

どうしても
どうしても
そばに
そばにおきたくて

どんなに
どんなに祈っても
届かない
こんな
汚れた手では
きっと

手のひらが
月夜めがけて燃えていく


















クレヨン

宮前のん
 

お母さんがお誕生日にくれたのは
外国製のとても美しいクレヨンでした

もう大人になったのだから
線引きは自分でおやりなさいと言われたので
まずお父さんと私の間に赤い線を引きました
お父さんは少し寂しそうでした

お風呂場に行くと兄さんがシャワーを浴びていたので
慌てて脱衣場に黄色の線を引きました
無頓着な兄さんは気が付かなかったようです

ダイニングではお父さんとお母さんが夕食を食べています
よく見ると二人の間には薄い線の痕が何本も残っていて
そうか何度も書いては消し書いては消して
ようやく今の線引きになったんだなあと思いました

ルルちゃんがニャアとすり寄ってきたので
周りに青色でくるっと円を描いてやりましたが
ピョンとすぐに飛び出して行きました

明日はクレヨンを
学校に持って行こうと思います


















エアガン

佐々宝砂
 

エアガンはガンっていうくらいだから
埃を吹き飛ばすだけが能じゃないのだぜ
おれのじいさんはエアガンじゃなく送風管と呼んだだろうが
ものは同じだ
このエアガンで
オマエのジジイがおれのじいさんに何をしたか
オマエは知ってるかい
ふふ教えてやる
その汚ねえ耳を貸しな
エアガンで綺麗にしてやる
と思ったのになんだオマエ
鼻から血ぃ出して目ぇ剥いて
まだ死ぬなよ
終わりじゃないんだ
ほれズボン脱いでパンツも脱いでこっちに汚いケツ向けろ
そうそう犬のポーズだ
それでケツの穴にな
こうしてエアガン突っ込んで
風を送って中まで綺麗にしてやろうってのさ
しかしそれにしても臭いねオマエ
ここまで臭いと坑に入れて蓋するしかないね
もう歩けそうにないしね
ていうか死んでるし
ほれ坑だ
オマエのためのアナだ
オマエのジジイがおれのじいさんにしたみたいに
埋めてやる
おれのじいさんは万人坑に眠るが
オマエはひとりで腐れ
はは
もっとももとから腐れてるがな
腐れ日本人野郎
ひとりで腐れ


















風の塔

伊藤透雪
 

悲鳴のような音が窓の外をかけ上る
白い廊下の壁は薄暗く
病室からもれる光に微かに明るいのみ。

静かな時間に流され
気がつかなかった感覚に驚く
病をえなければいないはずの人々
からだとこころに深く傷を負いながらも
非日常に揺られ
ゆっくり或いは激しく変わる内側に
日々を変えられていく

 卵巣がんなんよ。
 もう6回も抗がん剤を使こたけど、
 再発してまたしなあかんの
 私も髪はずいぶん長かったんよ
 でも今は抜けてこんなんやわ

病室で寝ている人は静かだが
病棟の空気は明るい
帽子を被って歩いている人の表情は
日常の顔をしている
いや、
命を燃やしているがごとく
力に満ちて瞳の底に光を宿している
女ゆえか、それとも病がさせるのか
私はその光を浴びて力強さに
圧倒される

病棟の外は颱風の近づいた雨模様
ひいいと鳴る窓の音だけが響く病室に
卵巣や子宮を失った女たちの
談笑する声が今日も
とどいて来る


















サボテン

紫桜
 

あのね
さいきんよく思うんだよ
なんていうのかな
目の前の人と話してるときとか
電車に乗ってるときなんかも
あー、この人と私は別の人生なんだなって
違う時間軸を生きてるんだなって

同じ人間っていうカタチをしてるけど
なんていうのかな
ほら、同じサボテンでも
花の咲くのと咲かないの、あるでしょ
咲くのは観賞用でしょ
窓辺に置かれたりしてさ
咲かないのは、食用になるのもあるけど
花が咲かなくて食用にもならないとさ
枯れるまで見向きもされなくって
砂漠で立ち尽くし続けるだけっていうか
それでも枯れるまでは
サボテンも世界の一部っていうか

だからさ
同じカタチをしていても
それぞれの世界で
それぞれ生きている限りは
別々なんだなっていうか
それでも
それぞれ世界の一部を
生きてたりするんだなっていうか
まー、そんな感じのこと
さいきんよく思うんだよね


















重たい雨

赤月るい
 

泣いていい
ねえ 一生分泣いていい

炎が赤々と燃えている
湯は沸騰して
やかんからこぼれる
ぶくぶくと
やがてはすべてが蒸気になる

ならば
私だって
怒ればよかった
泣けばよかった
そしてそうやって消えていきたかった

孤独は癒されぬまま
傷は見えないまま

走っても
ゴールが見えないよ
傷つけても
元の傷が
どこかでまだ呻くよ

泣いていい
ねえ 一生分泣いていい
君の前なら
泣ける気がする







2007.7.15 発行/蘭の会

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)
(ページデザイン/CG加工 佐々宝砂)