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2007年1月例詩集「ボタン」
ボタン  
カケチガヒ  
ボタン  
だっふるこーと  
 想いのかけら   
オンリー・ワン  
私の中の  
古いボタン  
  
ボタン  
人皆若狂  
美しい朝についての記述  













ボタン

http://hippy2007.blog61.fc2.com/
yoyo
 

幼き日のボタンの掛け違え
そっと手を伸ばし
温かいあの人の指が

寒風を諸共せず
走りつづけた庭に
真紅の華

痩せていくあなたを
抱きしめても
猫のように泣いて

散りゆく花弁
ひらりひらりと
ゆっくりと
逝去の日を待ち


















カケチガヒ

http://home.h03.itscom.net/gure/eme/
九鬼ゑ女
 



どうにもこうにも

ぶきっちょな僕



きみは目隠し心隠し

お腹抱えて笑うけど

カケチガヒなんて

別に珍しい事じゃない



ただ

気付かずに

数年も

糸はとうに擦り切れて

おっとっと

昨日の井戸に

危うく転がり落ちるとこだった



釣り下がっている僕を

抓んでくれたのは誰でもない

きみの器用な指           



桜貝の爪色が肌に焼きついて

堪え切れなくなった僕

色褪せたシャツのボタン

全部引きちぎり

代わりに一糸纏わぬきみを

ちくちくと縫い付けてしまったよ



ねえ、恋というやつは

上から順に心這わせるものなんだね

ようやっと

僕は気付いたんだ



そしてようやっと、だ



密やかな部分に

僕はきみを嵌められたんだ


















ボタン

http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm
ナツノ
 



ボタンのかけちがいだってさ

大きなボタン つければよかった

お年寄りには ファスナーより ちいさなボタンより

大きなボタンを  うん うん それで大丈夫


かけちがえるって なに? っていう

わからずやさんには つとめて明るく 言いましょう


ボタン というか 心のかけちがいでしょう

そのまえに 心のカギをさがしてみましょう

穏やかな あたたかな心を 今年も探しましょう


冬型の 気圧配置のこの頃だから

よけいにボタンは きちっとかけておかないと

それが多少 だんだん違いになってても

いいんじゃない遠目じゃわからないから


















だっふるこーと

http://www.cmo.jp/users/swampland/
沼谷香澄
 

もこもこぴんく
だっふるこーと
くまさんボタン
みっつならんだ
ちゃいろいぼたん

ひとつかけたよ
ふたつかけたよ
あれれみっつめ
わっかがないよ

かけちがい
やりなおし

あったかふわわ
うさぎのぼうし
みみかくしても
みみがあります

かあさまのきた
だっふるこーと
はいいろボタン
ぞうさんのきば
しろいもこもこ
とおいおやまの
やぎさんの
おくりもの

いつつならんだ
はいいろボタン
いちばんしたに
てがとどかない

かあさまの
おきみやげ

おおきくなるまで
とっておいてね
かあさまの
ことば



ママのはおる
ぴかぴかぶるぞんは
ボタンがない

でもね
ぼうしには
みみが
あるんだよ


















 想いのかけら 

雪柳
 

愛情というボタン
ひとつ  かけ違えた
 
すれちがう想い
縺れあう感情
 
何もかもが からまわりする
 
 
 
あでやかで つややかで
牡丹の花のようだった
 
君を 守りたかったのに
ただ 君の傍に居たかっただけなのに
  
まだ こんなにも 愛しているのに
 
 
僕の許を去って行こうとしている君の
瞳には 恐怖の色さえ浮かんでみえた 
 
手折るつもりは無かったんだ だけど
気づいたら 足元には 血だらけの君
 
ねぇ 今もなお 牡丹の花のようだよ
 
 
 
エレベーターの釦を押して
箱に寄りかかり 思いめぐらす
 
部屋に残してきた 君の亡き骸
食べられなかった 牡丹鍋
 
ガスの火は  消したっけか
  
 
 
ほのかに白む 東の空
はりつめていた空気が弾けた
 
想いのかけらが落ちてくる
綿のように 大きく白い雪
 
愛の名残の ぼたん雪
 
 
戸惑う 僕の心のように
ふわふわ ふわふわ 舞い降りる
 
僕に 絡みつくように
触れては 消える ぼたん雪
 
僕のほてりを  鎮めておくれ
 
 
 


















オンリー・ワン

汐見ハル
 

気にいりの上着にならぶ貝のボタンひとつこぼれて流れるせかい

さよならをいえない別れに携帯と震えた 件名「MAILOR−DAMON」

髪に花を挿してなくても好きなのに花ある君に苛立った すき

外されて、嵌められたりが、たどたどしい。まるで恋でも、されてる、みたい。

失くし物はいつも空のむこうです 星(になった人)とか丸くしずかな残月(のかたちの釦)

ふゆやすみおわったまちはあかるくてしろくくもってあかるかった

そのボタンはきっと拾われないでしょうここが月夜の浜辺でないから


















私の中の

ふをひなせ
 

第一ボタンまで留める
ネクタイはせぬまでも
カラーピンにカフリンクス
ジャケットに風をはらんで
カツカツ歩く
かっこ好いねぇと
貴方は言った

第二ボタンまで開ける
―かは仕立て次第
首から肩のラインが
好きだと言って
襟を立ててくれるのに
人前には出さなくても
いいだと

私の中の
私を愛した
貴方は居ない
私の中の
貴方を愛して
私は過ごす


















古いボタン

http://blog.livedoor.jp/cat4rei/
土屋 怜
 

6ヶ月の息子に
母は 鮮やかな赤の
毛糸のコートを編んでくれた

「お父ちゃんのボタンつけといたから・・」

ひと目でわかる古びたボタン3こ
四角い模様の まあるい茶色
それは真新しい毛糸の中で
しっかりと歴史を語って
懐かしい 父の匂い

丸々と太った息子にも
少し大きくて
何回も腕をまくって着せた冬
三年後の冬には長女が
十年たった冬は次女へと
兄妹三人でいっぱい着た

今は・・
父のボタンといっしょに
子供たちへの想いが重なる
引き出しの奥
大切な思い出




















http://www.keroyon-44.fha.jp/
陶坂藍
 

あちら側のきみと
こちら側のわたし

誰かの大きな手がきみをつまんで
ぎゅぎゅっと音を立て
わたしのいるほうへ押し込んだ

こうやって出会ったんだよきっと

かじかむ指で
ブラウスのボタンを留めながら
そんなことを思った


















ボタン

宮前のん
 

10

その出っ張りを押し込むと
あるスクリプトが作動します
機械語への変換作業を省略して
簡単に実行できるようにした簡易プログラムです
とても簡単に




ねえパパ
遊ぼうよ
戦争ゲーム
ダダダダダダって打ち合って
おもしろおかしく
人殺ししようよ




誰も教えてなどいないのに
誰もが本能的に押したがる
何が起こるのか知りもしないくせに
瞳の無垢な赤ん坊ですら




ニュースです
本日未明
A国からの全ての連絡が途絶えました
なお対岸の火事のため
今のところ政府も国民も
ほぼ無関心です




学校の地図で習った
国境線を探そうと
飛行機の窓から
懸命に目を凝らしたのだけれど
どこにも見あたらない




何をお前
子供みたいなこと言ってるんだ
新聞は売れなきゃ意味ねえんだよ
情報をフィルターにかけて
売れるもんだけ書きゃいいんだ
俺たちが世の中を先導するんだ
いや、煽動か




ハムスターのスキッピー君
今朝、ケージの中で
3年半の生涯を終えた
どんなに泣いても
リセットボタンは
見つからない




将軍様
きっと幸せになれますよね
あなたを信じて
ここまで来てしまいました
きっとですよね
あなたを信じています
あなたを信じています
信じたい




明け方に見た
遠い国の少女が
階段下の穴蔵で
小さな弟を抱きかかえながら
何かを祈る夢
本当に夢だったのか




ある日
ある時
ある国で
ある王様が言いました
「今日は大変天気がいいから
 上からの眺めは良好だろう」
それを聞いた侍従長は
深く
深く頷きました
それから、そっと廊下に出て
宮殿の奥の奥の部屋へと
ゆっくり歩いてゆきました


















人皆若狂

佐々宝砂
 

お嬢様、今は寒う御座いますが。
雪虫舞う空は御納戸色で御座いますが。
お顔をお上げ為さいませ、
やがては春が来ましょうとも。

お嬢様の指の白いことと申しましたら。
全く蝋燭の様で御座います。
その頸の儚く細いことと申しましたら。
真に白鷺の様にて御座います。

春過ぎて夏が来たならば、お嬢様、
恋しいお方を訪ねましょうものを。
蚊遣りの杉に目を細めながら微笑む、
お嬢様がたの姿が目に浮かびまする。

何も怖いことは御座いませんよ。
心配にも及びませぬ。
小さな窓からも、
細い障子の隙間からも、
我等は入り込めます、
およねも共に参りますものを。

さてお嬢様、時が来たならば、
人皆狂うが若し、
カラコロカラコロ下駄音立てて、
石竹と臙脂で牡丹の花染め抜いた、
灯籠かかげて出かけましょうとも。


















美しい朝についての記述

芳賀 梨花子
 

昭和44年3月、神田駿河台の山の上ホテルの一室で父とふたり。曇った窓ガラスを掌でふくと、夕闇の学生街に純白の椿が空から無数に落ちてきた。近所の氷室さんちのおじいさんが丹精込めた庭に咲く八重の、あの白い椿ような、牡丹と見まがうほどの雪が、血を流さずに降る。路上にはなにかと戦う人たちがいて、純白の静かな夜は部屋の中にだけあって、窓辺で手を繋ぐ私たちは確かに春先の雪だった。

翌朝、母が入院している病院へと続く道は、無数の靴跡と血痕で、湿った重い雪が溶けかけて、昨日の夜が薄汚れてそこに横たわっているようで「怖いかい?」と父が聞いたので「だいじょうぶ」と答えた。路面がしゃくしゃくと鳴き、今朝の足跡が生まれる。街路樹から落ちる雪はもう寒椿でも牡丹のようでもなく、それでも今朝の足跡さえ消し去り、吹き溜まりには堆く純白のままの雪があった。

八幡様の銀杏の木。枝だけになって、裏八幡から階段を登ってお参りを済ませた私の上にどんよりとした空がある。一歩一歩とそんな空から遠ざかる母になった私をそっけなく見下ろす。お正月の賑わいが過ぎた朝に牡丹園に行くのが習慣になったのはいつからだろう。改築された舞殿はあまり風景に溶け込んでいるようには思えなくて、鳩も居心地が悪そうで、裏山から飛び立った猛禽類の鳶が上昇気流を探している。こうこうと森の中から冬眠しないリスが鳴く。私は歩く。参道の石畳を歩く。見慣れた紅い太鼓橋の向こうに、やはり見慣れた信号と団蔓、その先にこれから日常を迎える、見慣れているはずの町があり、私は手前を左に折れ、池に沿ってゆっくり歩いていると、池の鯉などは餌が欲しいと私の影を追うのだった。

私は求められると戸惑う。寒牡丹は奪われた結果だ。春に蕾を毟られ、夏には葉を毟られる寒牡丹は人の手をなくしては咲けないけれど、多分、孤独だ。吐く息が白く、手袋を忘れた手が冷えてしまった。そうなると否応もなく思い出すのは温もりで、その翌朝の無数の靴跡と血痕。なにかと戦っていた人は無数で、兵などはどこにもいない。みんな寒牡丹の様で、春先の雪の様には生きられない。あの朝は私にとって美しい記憶になって、誰かの記憶が踏みにじられている。なにかと戦うということは、多かれ少なかれそういうことなのかもしれない。暖冬の寒牡丹は淋しそうに、それでも藁の囲いに守られていた。

























2007.1.15 発行/蘭の会

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)
(ページデザイン/CG加工 芳賀梨花子)