(C)蘭の会 2006年10月詩集「音」











  
アン・ドゥ・トワ  
青空の竪琴  
くちもとばかりみていた  
ごあいさつ  
混沌を抱えて  
声にできない夜に  
真夜中の会話  
White noise  
愛犬  
ふたりの秘密  
音色の力  
  
信号をまもるだけ。  
おと  




















http://hippy2007.blog61.fc2.com/
yoyo
 

ならない
聞こえない
あたしはヘレンケラーを思い出す
振動が声を与えて
水と叫んだ

なかない
話さない
あたしの病が口をとざす
躍動する心臓だけ
命を与えて



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アン・ドゥ・トワ

http://home.h03.itscom.net/gure/eme/
九鬼ゑ女
 

移ろう季節の隙間
時に遊ばれているのは
稚い私                  /いとけない
  
と、ころころ
何処からか音が手毬のように転がってきた
少女のように小首を傾げ
老婆のように眼を眇め
音を覗き込んでいたら

足元で音が止まった

音は綿毛のよう
壊れないようにとそうっと掬い上げ
耳を寄せてみる
薄い鼓膜を震わせるのは不思議な響き

忽ち心が擽られた

すると
手のひらの上 アン・ドゥ・トワ
音が踊り出した
途惑いながら私も一緒に アン・ドゥ・トワ
ターンするたびに音を纏っていく私

ふと見れば、いつかしら
音は私の胸元で楽しげに弾けている

ひとつだけね…
言い訳のようにそう呟いて
私の指は音を抓み口に投げ入れる
頬張った音は極上の蜜のよう
甘美な香りを纏って私を蕩かした      /とろかした

ところがだ!
私は心の扉の鍵を閉めるのをすっかり忘れていたのだ
目の前に現れたのは黒い羽を広げた鴉のような休止符

忽ち音は捥がれた              /もがれた

けれど
それから丁度トツキトウカ
私の五線譜は産み落とされた音の子たちで満ちていた

彼らは時を自在に操り
誰に阻まれることもなく
私の心に アン・ドゥ・トワ
それはそれは心地いい音模様を描いてくれるのだった



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青空の竪琴

http://www.asahi-net.or.jp/~sz4y-ogm/
朋田菜花
 


秋の空は深い海に似ていて

幾層もの淡い光彩を放ちながら青い魂を誘うのです



竪琴が唄っています 遠い未来の頂へ向けて



聴こえますか 君の命がここで鳴っています

だから私には もう言い訳はいらないのです

夾雑音も不協和音も消えたその澄んだアルペジオ

胸の底で聴いたので 口づけをそっと贈り返しました



今日も 竪琴が鳴っています 深い秋の底でやはらかに



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くちもとばかりみていた

NARUKO
 

くちもとばかりみていた

そこからこぼれることば、の、あるくのをずっとみていた

ぽとぽとおちてゆくことばは

わたしのこのむねのなかに

そっとすべるようにしのびこんできた




くちもとばかりみていた

そこからおちてくることば、の、あるくのをみつめていた

あしおともさせないでむかってくることばは

わたしのこころのなかに

ひしめくように、ひともじのこらずこのむねにやってきた




そのくちびるから

あのことばを

そのくちびるから

このせつなさを

うけとめることばを




くちもとばかりみていた

そこからおちてくることば、の、

あのことばをみのがさないように




くちもとばかりみつめていた



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ごあいさつ

ナツノ
 

高くなった雲がほこほこと

西へ西へと流れているだけの午後に

モンキチョウは 残り少ない蜜を探して

頼りなく花から花へと ひらめく


しゃがみこんだ私の周りに

夏のなきがらがよりそい

いつもの貧血 めまいに加えて

なおさら存在と空間の境界線は

見上げる午後の太陽に にじんでゆく


誰かの記憶から 私が消えるときは

なにもお知らせなどせず

辺りの空気の温度が ほんの少し下がるでしょう

そして

あなたの肌に心地よい風となり 枝先をかすめて

この秋はじめての落ち葉が

かさりと小さくごあいさつの音をたてるでしょう



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混沌を抱えて

ふをひなせ
 

ことん混沌に落ち
とんとん混沌を叩く
ことこと混沌が揺れ
こんこん混沌から湧く

集まる
固まる
生まれる
言葉



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声にできない夜に

http://www.keroyon-44.fha.jp/
陶坂藍
 

寝室のドアをそっと閉める
月のない夜
輪郭が闇に包まれ
今日一日の声たちを遮断する
もう誰の声もしない

ぺたり

ぺたり
ぺたり

ばさばさっ

ぼすん

ぎしぎし
ぎし



ぱさり

ことん

りーりー
りーりーりー

どくん
どくん
どくん


「     」


聴こえるのはただ
声にならない音だけ



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真夜中の会話

宮前のん
 

ねえ、ちょっと

小さな声だったが
思わずドキッとした
真夜中の病院の廊下では
意外な程、大きく響く

なんですか、Kさん

あのね、お願いがあるんですけど

なんです、どこか痛いの?

あのね、
Nさんがね、さっきから
廊下の天井の隅っこで
浮いてて降りてこないから
降ろしてあげて頂戴

私は、もう一人の夜勤の看護師と
顔を見合わせる

Nさんは、夕方頃に
お家にお帰りになったのよ
だから安心して、
Kさんお部屋に戻って

Kさんは不満そうに振り向きながら、

でも、浮いてるのに


あの人、認知症あるから・・・
青い顔をして、もう一人の看護師が言う
でも、病棟が違うのに
Nさんが亡くなったって
どうしてKさんが知ってるの・・・

急に寒くなって
私はエアコンのスイッチを切った

詰め所の机の上の時計が
ピピッと午前2時を告げた




 



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White noise

http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/
佐々宝砂
 

あなたはすっかりひろがってしまって
異常透明のあきぞらを
霞ませるだけの実態すら持たないらしい

昨日のゆうぐれ
おはようございますと挨拶しながら
工場のエアシャワーを浴びたとき
唐突に気づいた

要らないものは要らないので
外してしまえばいいのだ

エアガンがしゅうしゅう唸っても
コンベアがぎゃあぎゃあ軋んでも

とっとっとっじゃあお
 かっかっかっびゃあお

歩きながら鳴く猫みたいな
リズミカルなあれは
なんだかよくわからないけど
とにかくあんなふうに機械が喚いても

とんでもなく喧しい
機械のカーニバルのただなか
哀れな工員たちが怒鳴りあって
虚しくコミュニケーションを図ろうとするただなか

わたしは微笑んで耳栓をとる

あなたはすっかりひろがってしまって
あらゆる雑音にぴったりと身を寄せるものだから
もう世界は白色雑音の静寂



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愛犬

http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/
芳賀 梨花子
 

月が話しかけてきそうな夜に君と森に行った
長袖のセーターの編み目から晩秋を感じ
ことさら淋しく侘しく森の音が響く夜
足元で君の足音どんなにか頼もしい
私が迷わなくてもいいように
君は歩く
夜の鳥が飛び立ち
コリン・ロゼットが月を食べる
わずかな物音に君は耳をすませ
私は君の本能に甘える
君の顎は私の骨を砕く
しかし君はそれをしない
君を繋ぐこの紐を
解いたとしても



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ふたりの秘密

http://plaza.rakuten.co.jp/chiamia
チアーヌ
 

11月に入ると
街は雪への準備を始める
明け方凍るような寒さが
布団の中まで忍び寄るとき
窓の外に広がる庭では
チューリップの球根が眠り
その上の土は
ほんの少し盛り上がっている

女子高ではみんな訳もなく元気
蒸れるような若さが
スカートの中に充満している
寒いからと
タイツの上にジャージを穿くのは
もう少しあとの話

音楽室のスチームは
いつもほんのり暖かい
そこへあつまり他愛のない話
もちろん男の子のことや
購買で買えるパンの種類のことなど
そこへやってくる先生は
推定50代の独身女性
「処女に違いない」と
もっぱらの噂で
今思えば昔の女子高には
処女にしか見えない独身の女先生って
結構多かったですよね
女の園は美しく気高くなければいけません
ほんとわたしったら
失礼な上に下品な女子高生で
すみません
でした

「さあ歌いましょう」

 つきよのばんに
      つきよのばんに
 ぼたんがひとつ
      なみうちぎわに
 おちていた

「ダメダメ。あなたたち、発音が悪いわ。
 日本語はね、そんな風に、歌ったらダメなの。
 正しい発音の仕方はね、」


はーい、せんせい


冬の日の落ちるのは早い
放課後の練習時間はあっという間に過ぎて
さあもう下校の時間
一人減り二人減り
もうみんな帰ってしまった
音楽棟と普通科棟の間には
高い天井の廊下があって
そこだけまるで教会みたいに
声が響いて
誰も来ないときは
わたしは友達と
よくそこで歌った

 気持ちいいね
 うん
 まるで吸い込まれるみたい
 どこに?

「わたし、たぶん、今日のこと忘れない」
彼女とわたしの秘密

春にはその場所を離れて
もう戻れない時間に別れを告げて
二度と腕を通すことも無かった制服は
いつのまにか消えてしまったけれど

わたしはとても幸せでした









※詩 中原中也、作曲 三善晃 女声合唱組曲「月夜三唱」から一部引用



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音色の力

http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/
伊藤透雪
 

好きな歌にくるまれて眠る夜は
安らかで楽しい夢を見ている
雑音をかき消してくれるのは
優しくささやくようなボリュームで
そっと耳元に置いておくCDプレーヤー

心に染みいる曲を作って奏でる人は
どんな人なんだろう
彼の歌は特別な力を持って
わたしに安らぎとイマジネーションをくれる


歌の持つ音色の力は本当は
これだけではなくて
人の心をも変えてしまうほどなのかもしれないと
演奏家を見ているといつも思うけれど
彼らもまた会話のときの顔と全く違って
演奏しているときは
取り憑かれているような目をしている

人は何故 楽器を奏でるのだろう
自然の音の中で
人は楽器を作り出し
その音をかき鳴らし始め
歌い 踊ってきた

音色はまたトランスをももたらす
「降臨する」なにかを待つための音。
太古のシャーマンから続くこの習慣が
世界中のシャーマンたちの中に
そして今、わたしの中にも生きている

音の波は私の耳から入ってきて
静かに脳を渡り
心に降りてくる
言葉の連なりとなって。



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http://www.geocities.jp/beautyundermoon/
紫桜
 

夢を見る
いつも同じ繰り返し
起きているときには
一度も思考を余切らない

音の存在しない世界

音という要素は
初めから抜け落ちてしまったようで
無声映画のようにおしゃべりではなく
騒々しい音を消したテレビとも違う
何も主張しない
ニュートラルな世界

背景の壮大な夕焼けも
一面の黄金のススキも
吹き抜ける強い風すらも
人々の話し声も笑い声も
歩く音も衣擦れの音すらも

何も主張してこない世界

人々の群れのなか
紛れるように
流されて歩く
あなたを見つける

ひょろりとした猫背
無精髭に安物の衣服
伸ばし放題の髪

気配に気付いたあなたは
おずおずと立ち止まり
何かから逃げるように
心持ち背を向ける
世界に怯えたような
誰かに縋るような目をして

視界に映った私をそっと捉えると
同情しているような
繊細に哀れむような目で
微笑みもせずただ立ち尽くし

私はあなたにゆるゆると近づき
あなたを柔らかく抱きしめる
大切に包み込むように
包み込まれるように
私の体温が馴染むように

6:50AM

目覚し時計が鳴る
私は音のある世界に連れ戻される

少しほっとする

繰り返し訪れる音のない世界
単なる潜在意識への刷り込みと
脳のデータ整理を垣間見ただけのこと
きっと意味はない

虚構と現実の境界を整理して
覚醒した一日がまた始まる



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信号をまもるだけ。

赤月るい
 

あのひとの肉体から つーつー、と音がする
迷わずわたしは 抱き締める

その後なのだ 感情というのは

感情と言いながら習慣なのかしら、それ
面倒なそれ
にひきさかれそうになりながら
あなたを引き寄せる

あらら、またはじまった
わからないんです 私の声は
天井から見ているわたしと
あなたと重なり合っているわたしは
同じだということが

太陽が照りつける
アパートの二階の小部屋 
贅沢など何もない
真実など

その中であなたとわたしは何度 
ああ、だめだと言ったの
ああ、それでも離れられないと
演歌をくりかえしているの

愛しさは快楽なんだ
いけないことは快楽だ
やわらかいものがかたいものを
かたいものはやわらかいものを

ましゅまろ かりんとう
光合成
カツに卵をどろどろと
さぁ 召し上がれ

かぶりつけ
うけいれてもらって強くなる
うけいれるために強くなる
雲の中から雷を引き出しているのは、いけないあなた

熱い音がうまれる 祭がはじまる
真昼間
やかましい やかましい
静けさの中のパレード



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おと

はこ
 

さすがのわたくしもつかれました
おとをひろいあげるのは78321000…無数の音
もっとひろえるといいのに
ひろう自分とはく自分
えんえんくりかえすああ吐き気がとまらないわ
えんえんくりかえすひろう、ひろう、ひろう、はく、はく、はく、
そして無音
ようやく無くなりました眠ります
おやすみなさい



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2006.10.15発行
(C)蘭の会
無断転載転用禁止
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
ページデザイン/芳賀梨花子

写真素材/Follet