cioyrights(c)蘭の会 2006.8 夏休みの自由課題








自己愛中毒  
別れの微熱  
他愛もない  
無題  
ホルマリン・ベビー  
Michaelが来る  
I'm here.  
詩は恋人  
空気、だった。綿菓子だった。  
甘酸っぱい  






















自己愛中毒

http://hippy2007.blog61.fc2.com/
yoyo
 

脱衣所で糸がほつれてほころびていく、必死に手で切ろうとするのだけれど

つるつるつるつる とめどもなくて レースの花が散ってった日

新しいおろしたてのパンツをはいてどことなく嬉しい次の日

誰にみせるわけでもないのに懐がかゆくなっていくのがおかしくて

メトロの風がふわっと吹いて 日比谷線が通り過ぎて乗れなかった駄目な奴

そんな毎日がせつなくてかわいくて虚しくて苦しくて

あたしはまだまだ大人になれない自己愛中毒なのかもしれない

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別れの微熱

http://home.h03.itscom.net/gure/eme/
九鬼ゑ女
 

微熱に火照る瞳が
ぼくをじいっと見つめてる
額に押し当てた角氷たちは
瞬く間に溶け出して
きみの頬を涙のように濡らしてる

戸惑いを隠せないぼくに
最後の愛のひと雫を
注いでくれるんだね

それにしても…
オシマイってこんなに唐突に訪れるものなのか
咽喉元で喘ぐ疑問符をごくり、ぼくは飲み込む

開け放ったままの窓に眼をやれば
夏空はぼんやりとした薄紫で
きみの枕元に灯したLanternの炎は
ぼくの心を散らつかせるばかり

と、だらり
きみの白い腕が    
ベッドから垂れ落ちた 
     
青い静脈のさざめく氷魚のような指たちよ  / ひお
いますぐにでもこの手に擁き     / いだき
温めたいのだけれど     
生ぬるい夏の夜気が阻むから
ごめんよ、ぼくはもう一歩も動けない

…忘れないでね
永眠入ったはずのきみのくちびるが / ねいった
そう動いた

どうやらぼくも微熱に囚われたようだ
だからぼくもきみの心に囁くよ

もいちどぼくのきみに生まれ変わる日のために
眠りなさい、眠りなさい
最後の夜をココロユクマデ眠りなさい

そうしてぼくは
ネムレナイぼくの夜を
抱き寄せる

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他愛もない

http://cpm.egoism.jp/
柚木はみか
 

夏空に君は小さな願いを持つ
夏の匂いに君は太陽を怨む
この世界がここに在って
廻り続ける


他愛もないこと


麦藁帽子が風に飛ばされて泣いた君も
もうこんなに穢いものを知って
風鈴の音に和んでいた君も
もうそれを耳に受け付けなくなって
生き続ける


他愛もないこと


終わってしまえ 穢れる前に
僕は小さな願いを抱いた
この世界に君がいて
変わらない空


他愛もないこと


大丈夫だよと笑う君を抱きしめて
そのまま海に墜ちてしまおうか



笑顔はずっと変わらない君の



他愛もない変化

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無題

ふをひなせ
 

蘇る記憶の辛い夜
もっと強く明日を描く

指をさす嘲笑が痛くても
自分で自分を笑うよりずっといい

経て来た日々に苛まれる夜
もっと強く明日の自分を信じる

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ホルマリン・ベビー

宮前のん
 

<1>
付いたままの臍の緒
見開いたままの瞳
三割がた蒸発したホルマリンの中から
僕はずっと見つめていた
割れた窓ガラスの向こうの
真っ青な夏空と白い鳥の羽ばたきを


<2>
僕は産声をあげなかった
代わりに悲鳴をあげたのは
立てた両足の太股の間に
僕を挟んでいた女の人だ
僕の腹から内臓が飛び出していて
白衣の人が何人も寄って
色々手を尽くして
最後に首を振るのが見えた

半日もしないうちに僕は
このガラス瓶に入れられた
何本ものメガネが覗き込んで
つぶさに僕を観察した
あんまりぶしつけで腹が立って
ベーと舌を出したかったが
口は既に硬くこわばっていた


<3>
棚の上はホコリだらけだった
それに温度が高かった
築五十年以上の古い建物で
だから僕にはふさわしかった
何でも新棟が建設中で
研究室は今年引っ越すのだと
白衣が二人でおしゃべりしていた
右には頭二つの子が沈んでいた
左の子は背中が半分に割れていた
もちろん僕らはおしゃべりなど
出来なかったけれど


<4>
新しい棟への引っ越しの時
一番上の棚に並んでいたからだろう
僕らは忘れられて捨てられた
長い年月がたち、やがて
右の子はホルマリンが無くなって
ミイラのように朽ち果てた
左の子はある日ボールが飛び込んできて
窓ガラスと一緒に割れてしまった
その間に僕のホルマリンも蒸発したが
蓋がしっかりしてあったのだろう
それは年にほんの数mlの事だった
それで、僕はずっと眺めていた
窓の外に流れる光と影を


<5>
人が出入りしなくなって
部屋は益々古びていった
新月の夜になると完全な暗闇になった
闇には昔を思い出させる魔力がある
僕を股に挟んで捨てた
あの女の人は
どこで何をしているのだろう
今頃は僕の兄弟を産んで
僕のことなどとっくに忘れ
幸せに過ごしているのだろうか
誰からも研究員からも
実の肉親さえも僕を見捨てた

僕はいったい
何のために生まれてきたのだろう

僕は生まれたままの姿で
ずっと固定されていて
ホルマリンの水平線の彼方を
ぼんやりと見つめていた


<6>
ある時、急にガチャガチャ音がして
三人の人が入ってきた
二人は白衣を着ていた
「古い記録なんで、どうでしょうか」
「瓶にはラベルが貼ってあるはずですから」
三人はあっちこっちを探しまわり
遂には僕を見つけた
「ああ、こんなところに」
「間違いない、これが」
「母の遺言通り、ぜひ供養を」
そして、白衣でない一人の女性が歩み寄り
僕を瓶ごと手に取って
抱きしめたのだ

「・・・・・さん」

誰かに呼ばれたのは生まれて初めてだった
そして、その時初めて知ったのだ
自分には名前があることを


僕は見開いたままの瞳で
彼女を見つめた

誰かに似てる、と思った



遠くの方で
鳥が羽ばたいていくのが聞こえた



 

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Michaelが来る

http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/ringblog/blog.cgi
佐々宝砂
 

9号室のミズノさんの指は、
ときどき奇妙に震える。

登山中の滑落事故で全身麻痺、
凍傷に損なわれた右手は人差し指だけを残して。
そのまま数十年を経て皺んだ指、
その指が何かを書いてるようだなと思ったのは、
とある熱帯夜のこと。

何かアルファベットのようだけれど。
わからないのは上から見ているからだと気づいた。
下からのぞき込めばいい。
しゃがんで見上げると、
筆記体で、Michael、と
書いては消し、書いては消し、しているような気がした。

ねーえ?
ミズノさん?
Michaelってだあれ?

そのとき私は、
思わず声を出してわらった。

知らなかった、
知らなかった、
あはははははははは、
全身麻痺で喋ることもできない人間が、
表情筋ひとつ動かすことのできない人間の屑が。

瞳だけであんなにも、あんなにも、
おかしいくらいに強烈な恐怖の表情を作れるなんて!
あっはははははは、
ばーか。

夜勤のときの習慣がひとつ増えた。
習慣、じゃなくて、楽しみ、と言おうか。
熱湯ぶっかけて身体を洗うのも飽きたもん。
おもしろいのは言葉よ言葉。

ねえミズノさん。
Michaelが来るよー。
Michaelが来る。

動かないはずの顔が、
瞬くことしかできない瞳が、
恐怖に彩られる

ミズノさーん。
ほら。
Michaelが来る。

あれでずいぶん楽しませてもらったから、
ミズノさんが亡くなったとき、
とても淋しくなったのはホントだ。
ミズノさんのおくさんに、
Michaelという名前に覚えがありますか、と
訊ねたのは、ちょっとした好奇心の発露。

主人が滑落したとき、
主人と一本のザイルで繋がれたまま、
主人の横で亡くなった人の名前です。

ミズノさんのおくさんは、
少しめんどくさそうに答えて、
それから私のうしろを指さして、
眉をひそめて、
指をおろして、
ではどうも、ありがとうございました、と言った。

Michaelねえ、
数十年も寝っ転がって麻痺したまんま、
そいつのことばかり考えていたのかねえ、
ミズノさんは。
それだけ長く想われて、
幸せだよねえ、Michaelくんは。

私は休憩所で孤独に孤独に煙草を吸う。
誰が私を想ってくれるかしら。
ねえ、ミズノさん。

最近私の肩は重たい。

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I'm here.

http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/
芳賀 梨花子
 

夏の夕暮れに
誰も座っていない椅子を眺めながら
ボサノバを聞く
テラス
ビールでもと思ってはいるけれど
思っているだけ
心地よい風が吹き抜けていく
ここにずっといればいいのに
江ノ島の灯台が立て替えられて
すこし西側になったから
迷っているだけなのかな
東浜のビーチハウス
今年はひどい台風が来ないといいね
行きかう人たちは
ここで出会い別れていく
それが夏の風景
めずらしいわけでもない
大人になってしまうと
眺めているだけで満足してしまう
でも風が凪いでくるときの
潮のにおいが好きだから

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詩は恋人

http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/
伊藤透雪
 

私は詩が好きだ
いろんな人の描いた世界に入り込んで
たくさんの夢を見ることができるから
でもね
ときどき抜けだせなくなって
胸がしめつけられたり
その世界に沈んでいたくなったり
読んだずうっとあとになって
思い出したように
切なくなったりして
冷静じゃいられなくなる

ほんとうは 入り込み過ぎちゃいけないんだ
わたしが何だったのか 忘れちゃうから
いるはずもない 幻に恋しちゃって
追いかけ続けたりしたら
私自身が書けなくなってしまうから

 (白昼夢のさきに
 (詩人たちが背中を向けて あちこちへ歩いていく。

詩人の足音が耳の中で鳴りひびいているよ
そしてねぇ
書いた人が何を考えていきているのか
そればかり 見ようと やっきになってしまう
目と耳から入ってくる惚れ薬だよ

抱きつき癖のあるわたしはきっと
その詩を抱きしめてしまうだろう
好きだ、好きだと連呼するように



ジャック、オレンジはないけどバナナ食べる?

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空気、だった。綿菓子だった。

赤月るい
 

ほんきで、愛しているのよ と
裾を引くんだけど
とても遠いんだ この太陽は すぐに沈んでしまう
知っているから閉ざしていたい、と
何度も君に つぶやいた
発した、

あいしたり さわったり
つつんだり
すべて
いっこの 夢、みたいにみえる
今では

温度、とか
そういう 肌触り 感触
近いのに、ずっとむこうの方で響いてた
やさしい声、とか

あなたの香り
漂う
煙草や 男や 甘かったり苦かったり 
わっかんないけど
蜜みたい

愛なんて、かたち ない
いつまでもかたち、ない

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甘酸っぱい

http://www001.upp.so-net.ne.jp/satisfaction/
e-came
 

聞き覚えのある駅の名が告げられる

グリーンに敷き詰められた田んぼ
振り子のように通り過ぎるあぜ道

軽トラの窓から垂れる焼けた二の腕
人差し指でだるく煙草の灰を落とす

名もない小さな川
名も知らぬ白い鳥

高速で通り過ぎるフェンス
いつの間にか変わる空と雲


トンネル
一回休み

窓に映る僕
疲れた目元


見覚えのある景色が一面に広がる

夕陽をじっと眺めた公園
蹴飛ばして遊んだ自販機
放課後に通った駄菓子屋

君が走っていたグラウンド
君をいつも眺めた教室の窓
君と手をつないだ川原の道
君とキスを交わした橋の下


打ち上げ花火の音と光のずれ
夕立の雷の轟音と稲妻のずれ

僕と君の絶妙なタイミングのずれ


覚えのある匂いが鼻の奥を突く

ただいま

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2006.8.15発行
(C)蘭の会
無断転載転用禁止
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
ページデザイン・フォトグラフ/芳賀梨花子