cioyrights(c)蘭の会 2006.7 紫









むらさき  
Jealousy in TANABATA  
保名 -YASUNA-  
夕恋慕  
朝顔  
雨の日のモダン・アート  
むらさきにほふ  
夕寝  
夕映えの海  
やさしさ  






















むらさき

http://hippy2007.blog61.fc2.com/
yoyo
 

水温は体を刺していくので、子供たちは明るく冷めて唇の色を変える
心配などないなんて嘘だけれど子供こそこの水温に耐えるのだと
平泳ぎのストロークは長く自由形を越して空をとんでいく
ばた足しかできない子供にビート盤を渡して
平泳ぎで私の体は宙を舞ってむらさきの楽園にふわふわと飛び立つ
ジャネットはキスをして嘘をついて去っていった
東洋人の私は真っ赤な口紅をするジャネットが嫌いだった
平泳ぎで宙を舞ってアジアの国に舞い降りて
雨にしだれる紫陽花という花をみつけ謙遜を知った
自由はむらさきで買うものではなくてその国では海の海草だった
歯を黒くして笑ってほおばる人々のいる国の中へ
私はクイックターンでアフリカを目指した
水は茶色くてプールなど大富豪の家にしかなく
温泉がプールになっているモロッコの行楽地で男に追い回されて
平泳ぎをしてむらさきの国に戻る決意をした
ジャネットはどうしているだろうか
東洋の国に結局帰った私をくすくすと笑ってまた人を騙しているだろうか
水温はまだ冷たかったから私はむらさきの唇を噛んだ

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Jealousy in TANABATA

http://home.h03.itscom.net/gure/eme/
九鬼ゑ女
 

女が天空で竪琴を奏でている
女の指が糸を爪弾くたび
透き通った雫が辺り一面に溢れ出す
女の柔和な眼差しがいっそう艶めく

女は零れた音色を
ひとつぶずつ掬っては
澱んだ世界に注ぎ入れる

天空に鈴が転がるように
アヲイ川が流れ出す
川を渡るのは牽牛と織女

ふと、女の心にざらつく思い、途端
糸はぷつん、ぷつん不協和音を撒き散らす
音は女の目玉めがけて針の束を飛ばす
女の喚き声が天空に稲妻を走らせる
悲鳴から流れ落ちた血潮は真っ赤な雨となる

アカイ雨とアヲイ川
交じり合ったそれは…燃えるようなむらさき

慌てて琴を放り投げ
眼を閉じ耳を塞ぎ
星の薄衣で心に膜を張ったのだけれど
時は振り返ってはくれない

天空はムラサキ一色に蓋われ
やがて、雨と川は女と共に朽ち果てる

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保名 -YASUNA-

http://www.asahi-net.or.jp/~sz4y-ogm/
朋田菜花
 

夕凪の水平線に
漁火が点りはじめるころ
いつも、渚を歩きながら願う
大切なひとがしあわせでありますように

たわむれに海風のなか歩きながら
藍紫で染めたハンカチーフを額に結んで
「保名」の天文博士を真似る
私の恋しい人は生きてはおりますが
もう思うなというならば思い切りましょうか
それとも狂い死にましょうか
恋の渦に引き入れたのはあなたでありますのに
まるで巻き貝の殻に閉じこめられたかのような毎日

いつか見たお芝居の、
仁左衛門の「保名」のように 美しい野に咲き乱れ
私が死んだら泣いてくれますか あなた

貝紫で染め上げたような海と空に淡くにじみながら
ゆらゆらと星月夜がただよっている
物憂げな鳴き声をたてて飛んでいく青鷺に追いつけずに
このまま背の立たなくなるまで沖へ向かって歩いてみたい
なんてふと思ったことは日記には書かずに
あなたに見せるための貝殻一つ二つ拾って
またいいわけのような黄昏の時間を
砂時計のように繰り返し生きる

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夕恋慕

http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm
ナツノ
 

風にちぎられた雲と太陽が
西の空に去ってゆくのを
鳴き合いながら高く舞うカラス達と
見届けたあと

ベランダにうすむらさきのたそがれが吹き

アルコールの缶は拗ねたのか
カラリカラリと転がって

旅の最後の日
陽が沈み急に冷たくなった波が
もうおかえりと 素足を洗った
私は帰りたくなくて
にぎりしめた指をひとつずつ解いて
切符を波間に落とした

いまから沈んだ太陽を
追っかけて行ってもいいかな
もうずいぶん向こうのほうへ
行ってしまったかな
夕焼けの名残りの雲が港のように見えて
私を誘っている

カラス達は夕風にのり 太陽を追いかけて
今から西へと行くそうだ
羽のない私の背中を撫でるように
たそがれがくれたなぐさめの言葉

あの日の海の街から吹いてきたんだと
ウソでも嬉しいから
私はそのまま黙って風に吹かれていた

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朝顔

http://www.keroyon-44.fha.jp/
陶坂藍
 

今夜も月が沈むのを見届けて
日が登るそのわずかな間
夕べの光に癒される
そうして
長い一日を駆け抜ける
また月が登るまで

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雨の日のモダン・アート

宮前のん
 

大きな蕾を
まだ幾つも抱えた
ユリの花束を持って
雨の電車に乗った
モダン・アートという品種の
家庭用なので
新聞紙で包んである
何の記念日でもないのに
花を買ったのは
私が女主人だから
傘と花束とを
両腕に持て余し
ドアの陰に立つ

ふと横に堂々と
優先座席に座った女子高生が
マスカラを塗りながら
ケイタイ今かけて
すぐ来て!って頼んだら
来てくれるヤツじゃなきゃ
ホンモノのダチじゃないよね
私は200人くらいかな
どっかで聞いた話
へえすごいね
何ならやってみれば
まず誰一人来ないから
みんなそこまで
他人の気持ちに
付き合えない

家に帰ったら
開いたユリに指を入れて
ぶら下がる花粉の袋を
取り除かなければ
一度服に付いたら
取れない色素なので
花を去勢する
それもこれも
人の都合、私の都合
紫の雨が
窓ガラスに当たって
花の輪郭を
ぼんやりと滲ませる

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むらさきにほふ

http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/ringblog/blog.cgi
佐々宝砂
 

かつて高貴なひとびとは
憂き世離れた恋に身をやつし
夜空を見上げては月に思い寄せ
浜辺を見やっては海に思い投げ
紫の綺羅 星のごとく

そのころ私のご先祖さまは
きっと真っ黒けに日焼けした海女で
色が黒きはさらしませ
そんなひなびた唄うたいながら
海に飛び込み
紫の綺羅まとうひとびとのために
イボニシガイを採り
アカニシガイを採り
内蔵取り出しすりつぶし
そうして綺羅を紫に染めた

かつて高貴なひとびとは
働かなくてもよかったので
紫の綺羅 香炉で焚きしめ
焚きしめ焚きしめ焚きしめ焚きしめ
それでもやはり

そのころ私のご先祖さまは
高貴なおかたが着ると聞く
紫の綺羅 じゃぶじゃぶ洗って
洗って洗って洗って洗って
それでも腐った魚なみになまぐさい
そうして私のご先祖さまは
こんな臭い布要らないなと呟いて
貝殻だけは自分のために
こざっぱりした海女小屋にならべた

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夕寝

http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/
芳賀 梨花子
 


裏桔梗のご紋が染め抜かれた袱紗を仏壇の小引出に仕舞う。また、ひとり旅立っていった人を石にしてきた。お線香に火をつける、思い出の中にだけ残っていた紫色の匂いが湿気を帯びた空気の重さに耐え広がっていく。愛という言葉を過去形にしてしまうことには慣れている。腰紐を少し緩め畳に横になる。足袋を脱ぎ捨てた親指で畳縁をなぞる。かすかに残る青い匂いに、じんわり肌に浮く汗と、不本意な涙が沁みていく。夏の夕暮れは残酷で容赦がない。小さくとも存在感のある羽音が近づいてきては消えていく。そんなに脅える必要はないというのに。こんなに私は無防備で、お前の存在を許しているのだから。このまま少し眠ろう。お前のためではなく、自分のために。そして、目覚めたら、貴方ではない石を敷き詰めた玄関に打ち水をして、裏庭の胡瓜をもいで、それから糠漬けを掻き回して、昨日のうちに漬けておいたお茄子がちょうど良い頃合で、研いだばかりの菜切り包丁で刻む。鯵の干物は丁寧に七輪で焼き、沢山お湯を沸かして唐黍を茹でる。お味噌汁は茗荷にしようか。また、庭に出る。梅の木下に根を張った茗荷の株。ついでに蔓を伸ばした鉄線に水を遣る。西の空がようやく暗くなり始めたなら、そろそろもうひとつの愛が戻ってくるのだから。


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夕映えの海

http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/
伊藤透雪
 

陽が西へとかたむいてゆく
その金色の瞳からはなたれる光が
海鏡に映ってかがやいている
まばゆく光るさざなみが打ちよせるころ
陽は臥所(ふしど)の入り口でゆらめきだす

東の山の向こうから
群青に空をそめながら
夜の蒼がやってくる
蒼はそのてのひらで
そっと陽のまぶたを閉じてやる
すると光はだいだい色に変わり蒼とまじり合って
空は一面のむらさき色につつまれる

海のかなたの臥所(ふしど)で
陽と蒼は抱き合い 口づけを交わすのだろう
うっとりと陽のまぶたが下りてゆき
むらさきは海のかなたへ消えていく

そしてすっかり夜になり蒼の群青の中で
またたく星のくすくす笑い
あれはふたりの睦言なのだろうか

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やさしさ

赤月るい
 

気づかぬまま年月は過ぎ
喜び、の
ない日々に 慣れてしまった
誰からも
見放されたように咲いていた花

しおれては
いなかったよ ただ
造花より 生気がなかった

恐れすぎて
太陽の光さえ 受けとれなかった
荒野でひとり
身を削って 咲いていたの

誰かを待って
何かを期待して
意味もなく 満開に 咲かせ、てた

わたしは今 あそこから
此方にむかって手を振っているよ

つらさを経たひとでしか
やさしさなんて、出せないんだ
いつかの 誰かが言っていた
そんな話を思い出している

今ではむらさき、に薫る
離れ小島で

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2006.7.15発行
(C)蘭の会
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CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
ページデザイン・グラフィック/芳賀梨花子