cioyrights(c)蘭の会 2006.6 真珠












閉所恐怖症  
水無月の夢  
双真珠奇譚 〜恋する金魚伝説〜  
プロポーズ  
真珠  
真夏の聖夜  
真珠腫  
Baroque.  
あこや貝  
贈り物  



















閉所恐怖症

http://hippy2007.blog61.fc2.com/
yoyo
 

海は近くなってく
空も近くなってく
侵食されていくんだ
閉所恐怖症のあたしは
この世界から押し付けられて
あなたの心を知らないで
一人で考えている
二人ですることは
貝を拾い
茹でて開かせる
阿古屋貝なら
コウノトリが
盗みにくるであろうに
たった一人で考えるから
真珠は育たない
石ころになった化石を
飲み込むのはいつ?
孵化しない卵を
スクランブルにする
目の前の黄色に
働きすぎの体が
振るえだして
何度も同じ間違いを
繰り返し繰り返し
今日は明日と同じではいけない
って決めても
白い貝は白い雲は
どんどん近くて遠い

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水無月の夢

http://home.h03.itscom.net/gure/eme/
九鬼ゑ女
 

潤う風のせいかしらん
なぜか身まで湿る 水無しの月の宵

あの夜誰かに隠された そう、あの夢を
手探りで 漆黒の海に心浸すのだけれど
あなたにまでは どうしても辿り着けない

足元にはいつのまに
幾重にも時の文様の重なりが
そして わたくしの目は 拾う 
鈍き玉の光 一粒
さんざめく時ごと指先で摘まみ
手のひらに乗っけてみる

それでも
有漏の隙間から 光だけが剥がれていくから   /うろ
しどけなく灰色の空を仰いでみれば
ぽつんと玉に滴る夢 一滴

夢浴びるたび光吸い込む あなたは真珠

このまま穢土に沈められてもかまわない       /えど
ふたたび時の静寂に擁かれて            /しじま /いだかれて
塗れ合いたい ええ、身も心もひとつになって

     
               ※ 有漏 ---- 煩悩のある状態
               ※ 穢土 ---- 汚れた苦しみの世界⇔浄土

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双真珠奇譚 〜恋する金魚伝説〜

http://www.asahi-net.or.jp/~sz4y-ogm/
朋田菜花
 

考古学者である父の食客にYという青年がおりました。
父の信頼が厚く、父の研究室の一角を与えられ
同じ家屋で寝起きをして、
食事の支度も最初は母がいたしておりました。
そして
母亡き後は、私が面倒をみるようになりました。

勤勉で寡黙なYは、だがやわらかな眼差しの
笑顔だけは透明に子供のように崩れる瞬間
学者としての冷たい顔を脱ぎ捨てるのを見るのが好きで
私は、よく冗談を言ったり
他愛ない女学生同志でする様な悩みごとを愚痴りに行ったり
勉学や研究の腰を折りに話し込みに行っては
ただ、うんうんと頷いてくれるだけのYのことを
いつしか兄の様に慕い、
そしてさらには、
ひそかに秘めた想いを抱く様になっていたのですが、
そんなことは庭先の泰山木も枇杷の木も
知らぬ存ぜぬ、富士山麓の天然水路の伏流水より深く
閉ざされた内緒事でありました。

十八歳のある夏、私は密かにYが食事の後自室に籠もって
連綿と綴っている日誌の様な冊子のページを
密かに繰ってみたのです。
あろう事か、そこにしるされていたのは私への恋慕。
日々の私との語らい、来ていた着衣、笑ったり怒ったりの
喜怒哀楽、くだらない繰り言の数々さえも余すところなく
まるで父以上に細やかに、
全てを言葉に写し取らんとするかのような気迫と丹念さとで、
あの笑顔の様なやわらかさと学者の冷えた観察眼で、
等身大の私がそこに記されていたのでした。
幾葉か、いつの間にか撮られた写真もこぼれ落ち
爪先から耳の端までが赤く染められたかの様に動揺し
昂揚した思いを抱え込み、あわてて自室へと駆け戻りました。

そんな折に、父と離れて、Yだけが
中国の奥地に二年間の発掘調査に出向くことが発表されました。

Yに、写真のこと、日記のことを咎め立てするべきかそれとも
不問に伏すべきか、自分の想いはどうすべきか、
愛されていたことが嬉しいのか、濃密すぎる想いが重たいのか
愛おしくて愛おしくて苦しいのか、
苦しくて苦しくてたまらないから思い切りたいのか、
自分でもどんどんわからなくなる苦悩の数週間ののちに
ふと、とある夕食後、
赤出目や黒出目や蘭鋳の泳ぐ、ガラスの金魚水槽に、
パラリといつものように餌まきをしている私の真後ろに
Yは立ち、呟く様にこう囁いたのでした。

 あなたが十四歳のときから、同じ屋根の下に私はおりました
 このたび初めて二年間も離れ暮らすのですから、もう貴方は
 今度お会いするときは立派な婦人になられており
 私のことなど、とうにお忘れでしょうねぇ。

私は、激しくかぶりを振り、振り返ることすらできずに
ただ、やっとの思いで絞り出す様に言葉を吐きだしました。

 いいえ、私は貴方を忘れることなどございません。
 日記をお読みいたしました。あそこに書かれている
 貴方の想いが変わらない限り、私の貴方への想いも決して
 変わることはないとお誓い申し上げます。
 
Yは、ひどく動揺し、しばらく黙したまま、
家中の時計が止まったかのような空間と時間を経て、
ふたたび静寂を破ってこう言いました。

 私の想いが真実のものである証に、帰国の折には貴方への
 贈り物を持って帰りましょう。何がいいか、言ってください。

私は、再びかぶりを振り、涙声になり、何もいらぬ、
貴方さえ無事で帰ってくれさえすればと、何度も何度も
繰り返したのだが、Yに幾度も請われてやっとひとこと、

 では、金魚を一匹探してきてください。
 中国には真珠の眼の魚と言われる金魚がいるそうですね。
 炎よりも愛よりも赤い衣を着て、真珠の眼をした金魚を、
 私に持って帰ってください。
 真実の言葉は、真珠に変わるという伝説を、
 亡き母がずっと信じておりましたものですから。


            ◆◆◆


 結局、Yは戻ってきませんでした。
 向こうで、原因不明の熱病にかかってしまったのです。

 Yの遺品として研究に赴いた現地から届けられたのは
 この二粒のほんのり赤みを帯びた大きな真珠と、
 白い磁器に、
 ゆらりと水藻のなかに揺れながら泳ぐ一匹の金魚が
 丹念な筆致で染め付けられたこの一皿の水盆だけです。

 美しい月の晩、私は月光の降り注ぐ濡れ縁に出て
 この水盆に冷たい水を張り、
 二粒の真珠をこの一匹の金魚の絵のかたわらに
 そっと並べるのです。
 そう。
 まるで絵付けされた金魚の隣に
 もう一匹の金魚がそこに居るかの様に
 二つの眼の様に二つの真珠を並べるのです。

 そうすれば、恋よりも赤い金魚の隣に、
 愛よりも炎よりも赤い金魚がもう一匹ゆらりと水底から
 湧き上がって来るかの様に浮かんでまいります。
 そして、そっとこの金魚の隣に影のように寄り添うのです。
 二匹のつがいの金魚は
 在りし日の私たちの様に、黙って寄り添って居るのです。
 ただ、月の光に染められて、ただそばに居られる。
 それだけでもういいのです。


            ◆◆◆


この話をしてくれた彼女も、彼女の父も、
もうこの世にはいない。

私は、黙って水をたたえた金魚の水盆を眺めている。
青白い蛍光灯に照らされて
恋よりも赤い金魚の隣に、
愛よりも炎よりも赤い金魚が
ゆらゆらと揺れながら、そっと寄り添って、
真珠のような瞳で見つめ合うのを眺めている。

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プロポーズ

http://members.jcom.home.ne.jp/cow/
藤咲すみれ
 

ジューンブライドになりたいの

言って

真珠の指輪を

左の薬指に


アナタから
もらいたいの

と言って


夢が覚めた
月曜の朝



「プロポーズ」



冗談めいて
メールで告白
そんな時代

でも
ジューンブライドって
いいじゃない

日本は梅雨でも
外国で式あげたいから
関係ないもん
そんなこと


誕生石は
ガーネット
でも嫌いなの
赤い宝石なら
ルビーにして

でも

ジューンブライドがいい
だから
真珠にして

おばあちゃんになっても
似合うでしょ
その指輪

あなたと一生
一緒にいたいから

私からプロポーズ

そんなの
願ってなかった

だって
白馬の王子様を
望んでいるんだもの

私からプロポーズ

なんてしたくない

したくない


ふと
繰り返す
妄想


あなたからプロポーズ
されたいの
いつか

だから
私を愛してくれる人と
巡り会いたいの

私が愛するんじゃなくて



ジューンブライド
純白のドレスに
真珠の指輪

あなたから私に

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真珠

http://www.keroyon-44.fha.jp/
陶坂藍
 

私の中に
乳白色の丸い玉が一粒埋まっている

十四の秋
シーツに出来た禍々しいほどの赤黒い染みと
鈍い痛みとともにそれは生まれた
下腹が薄い膜を搾り出すたびに擦れ
そのひどい痛みに私は泣いた

なんて仕打ちだ
たぶん私が寝てる間に
隣で涼しい顔をしている母辺りが
無断で埋め込んだに違いない
私が今までの私でなくなったのはたぶんそのせいだ

吐き出したくて
吐き出したくて

わざと乱暴に体を揺すったり
何かで気を紛らわそうともしたが
月が満ちればその存在を
いやというほど思い知らされる
上からも下からも手の届かないずっと奥にそれはあって
どうしても
どうやっても取り出せない

それからずいぶん長い間もがき続け
やっと痛みに慣れた今
時間の経過を巻き込んで乳白色になり
私の中で柔らかく光りだした
色や形がいまひとつなのは
あのとき暴れたせいだろう
よくみると
真珠に見えなくもない

いつの日か
めでたくもこの身から取り出される日が来たら
指輪にして娘に残してやろうと思う
決して埋め込むのではなく

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真夏の聖夜

宮前のん
 

キリストだって、
皆に好かれてたわけじゃないんだよ。

って、睦美ちゃんは
少し笑いながら少し涙声で
だから、
私なんか嫌われてもおかしくないんだ って

深夜の公園
寝巻代わりの短パンにTシャツ
腕には幾つものリスカ痕
赤く腫らした瞳
唇の横の真新しい痣

ごめんね、明日もガッコあるのに
アイツの家には帰れないし

ブランコの白い横木にひょいと上がり
両腕を伸ばして漕ぎはじめる

月明かりに照らされて
ブランコと睦美ちゃんの影が
十字架みたいに伸びてゆく

キリストもね、嫌われたんだよユダに。

私も黙って
隣のブランコに立ち上がり
同じように漕ぎはじめる

マリア様には抱かれてたけどね
貝に抱かれる真珠みたいに

きいきいと軋みながら
撫で合い重なる二つの影


 

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真珠腫

佐々宝砂
 

真珠は白くて綺麗に丸いからキライなのだ
かわいげのないそのコドモは
そんなふうに思っていたものだったが
世の中には白くない真珠もあれば
丸くない真珠もある
そのコドモは
真珠そのものよりも
真珠に関する知識をほしがるオトナコドモになり
白くて丸くて輝くという
真珠特有のすばらしい特徴をあわせもつ
そんなデキモノが耳の奥にできることもあるのだ
などと半端な知識を振りかざすコドモオトナになり
だいたい養殖可能で
酢にさえ溶ける
そんなしろものが貴重品として売られるのが謎だ
などと考えるいやらしいオトナになり
それでも
ずいぶん昔にもらった真珠の指環を捨てられなくて
コドモのころ買った鉱石標本と一緒に
ひきだしの奥にしまってある
耳の奥のデキモノと違って
切除は非常に困難である

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Baroque.

芳賀 梨花子
 

ディーン&デリューカでお茶をしよう
NYにいるみたいに
でっかいシナモンロールが甘すぎると文句を言いながら
豆乳入りのコーヒーを飲む

TIME誌を読みながら
銀色のテーブルで頬杖をつく
ネクタイを緩めた男との
共有する面積を少しだけ広げてください

時間はいつも差別的に過ぎて行き
翼を持った爆弾がどこかで誰かを殺しました
虎視眈々と次の標的を探し
それをアンカーが淡々と語る

君が最近チーズケーキを食べないのは
ちょっとした反戦運動のようなものかい?

*

みんな忘れてしまう、思惑通りに
あいつがほくそえむのが目に見える
東京フォーラムはガラス張りだけど
ビックカメラほど興味本位ではない

アメリカンファーマシーは丸ビルの地下に消え
サプリメントを買う人がレジに並んでいる
みんな肉を食べるのをやめ煙草を吸わないかわりに
愛を抱かない人になった

バクダッドやアフガニスタンではなく
ここは東京
駱駝のいないキャラバンが行く
海面を埋め尽くす増殖する四角形の陸地を

それは不規則にしか層が重ねられない
果てしもなく続く完全なる球体への憧れ

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あこや貝

http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/
伊藤透雪
 

ある日、突然こころを切り裂いて
埋め込まれた小さなしこり
そして私は つながれて
静かに冷たい海へ沈められたの

深い蒼の中へ
ゆっくりと墜ちていく。
光はゆらゆらと遠くなり
漂う中で
時の流れさえわからないの

  波に揺られて眠るでもなく
  薄い意識の中で
  口元から漏れていく 泡は
  誰に届くのだろう

  届けたかったまごころは
  苦しみを内包したまま
  大きくなっていく
  その悲しみは
  蒼の中へにじむ

波にまかせているうちに
どんどん大きくなって
丸く膨らんだしこりを
つながれた腕のまま抱えこみ
ほろほろと見えない涙を流すの
誰にも見えない涙を。


痛みに耐えて
このしこりを取り出したら
真珠のように光る玉だといいのに
そして 私の腕は解き放たれて
光あふれる水面へ向かうのよ
首飾りにするために―――

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贈り物

http://www001.upp.so-net.ne.jp/satisfaction/
e-came
 

ベランダから黄色い風船が落ちてきた

ふわりと
少しの風に流されて

私の足元に添えられた


6月の空はまったりとした雲が広がり
山際に明るいブルーが
刷毛で掃いたようになぞられて


2階の部屋から
“ふうせんおちたー したへおちたー”
声だけが流れてくる

誰もいない道端から
何度か投げてみたけれど、不恰好に弾かれて
2階までは届かなかったよ


ペットボトルを飲み干すと
雨雲じゃない曇り空がとてもキレイで
まるでパールを敷き詰めたようだと
どうして今まで気付かなかったのか


黄色い風船が一人ぼっちでかわいそうだからか
黄色い風船に再会する子供が見たかったからか
黄色い風船のその後が自分に託されてしまったからか

黄色い風船を届けることにしました

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2006.6.15発行
(C)蘭の会
無断転載転用禁止
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
ページデザイン・グラフィック/芳賀梨花子
画像/無料写真素材*Freepict