cioyrights(c)蘭の会 2006.5 五月雨







五月雨  
穿つ。穿つ。  
五月雨  
ガレージ星雲で珈琲を飲みましょう  
紺色の少女  
五月雨  
お買いもの  
さみだれ  
道程  
露と流れて  
沁みる雨  



















五月雨

yoyo
 

雨だからといって傘をささず
早足で道を通り過ぎるけど
誰よりも遅い
雨に打たれたいからでも
感傷的になっている訳でもなく
ただ傘をもたないのだ

雨にも負けずなんてことも
考えたことすらなくて
自然とゆっくり濡れて
重たくなっていく
誰よりも不頓着な日々の中
ただ傘をもちたくないのだ

ひねくれものなのか

ゴムで髪の毛を束ねて
不愉快な愉快を一人感じて
堂々と電車の席に座り
読みかけの本を読み始める
しおりがひらひらと落ちて
拾わずに降りる

美しい詩なんて書けない

犯された女のように
トラウマになるわけでもなく
誰とでも抱かれる女の性が
傘をもたない理由かもしれない
方程式で解決してほしい
わりきれる定めとやらを

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穿つ。穿つ。

http://home.h03.itscom.net/gure/eme/
九鬼ゑ女
 

勝手にあたしの手を離れ
上空に飛んでいったあなたのこころが
空から滴り落ちて
あたしの視界を遮るから
懸命に睫毛をしぱしぱさせては
両の手で滴る雫を掬い上げると
あたしの中から溢れでようとするものと一緒に 一気に飲み干す。

けれど喉を通っていくモノタチは妙に塩辛くって
潤いで満たされないまま
青い草いきれの中
ばたっと あたしは倒れこむ。

全てが信じられないからと
口を尖らせながらぶつぶつと
それでもあたしは 
降り続けるあなたのこころに打たれっぱなしで
それはそれで悔しくって
そんなあたしを慰めるように頬を撫でる小枝から
若葉をもぎっては 食む。一枚、また一枚と。

萌ぎ色の柔らかな葉が苦い思い出と一緒にあたしに食いちぎられていく。

いつも二人で散歩したこの公園。
あの木の下のベンチも、向こうの小高い丘から見える街並みも
なにもかも見えるものはみんなみんな
二人のものだったのに。
その何もかもがぜーんぶ いまはただ濡れそぼっている。

それなのになんか 変
あたしのこころもカラダもからからに乾いたままで
いっそ執念深くあなたを追いかけてみようか
それとも…
もいちどこの手にあなたを取り返すために
春の終わりのこの季節に
しぼりたてのあたしの誘惑の吐息を撒き散らそうか

いまさらなにを?

あなたはとっくに空の遠くに居場所を見つけ
あなたが零してくれる光は五月雨になって 
それがあなたのせめてもの愛情(なさけ)か
すっかり萎えてしまったあたしを容赦なく 穿つ。穿つ。

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五月雨

落合朱美
 

本を読む私の傍らに子猫
この子はおりこうさんで
お留守番をしているときも
金魚鉢にも鳥籠にも
けっして手をかけたりはしない

空が涙もろくて
散歩に行けない日が続いても
出窓に座って一日中
飽きることなく外を眺めては
ときおり顔を洗う仕草をしている

私はといえば
ふと水色と空色の違いを
知りたくなったりして
本棚からごぞごぞと
色図鑑を探したりしている

雨に抱かれた部屋の中
子猫と金魚と文鳥が
そっと目配せを交わしている
素敵な空間に居ることに
気づきもせずに

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ガレージ星雲で珈琲を飲みましょう

http://www.asahi-net.or.jp/~sz4y-ogm/
朋田菜花
 

 あたしの左胸の少し上の方
 尖肺の少し下あたり
 あなたが棲みついたのはいつのころかしら

 不思議なことを言う人だと最初は思ったの
 あたしを好きというのでもなければ 
 愛してるですらなかった 
 最初のひとことは
 「君の躰の中に棲みたい、透明な蠱(むし)のように」
 そんな唐突な申し出に なんであたしは 「そうね、いいわよ」
 なんて答えてしまったのかしら 
 たぶん それはダビデの星のくれた魔法

 ガレージ星雲で珈琲を飲みましょう
 そしてメコン川のほとりまで散歩しましょう
 菩提樹の木の下で交わした約束は 紫月祭の朝に果たされる

 あたしの中に棲んでるあなたは
 静かに地下鉄に乗って出掛けていく
 わたしのからっぽの胸には 海の匂いばかり沁みて

 お願い いつか あなたの生まれた街をみせてね
 あたしのことはあなたよく知っている 
 あたしが忘れかけたことまで
 ほんとにほんとうに よく覚えていて とてもびっくりするのよ
 だけど あたしは あなたのことは何も知らないの ほんとに
 ほんとうに ほとんど 何も知らないのよ 
 知っているのは
 優しいほほえみと あたしの中で眠るときの静かな寝息だけ

 ガレージ星雲で珈琲を飲みましょう
 そしてインダス川の河口まで流されてみましょう
 マロニエの木の下に巣をかけた鳩は 紫月祭の夜に卵を孵す

 ガレージ星雲ですこし うたた寝 しましょう
 菜の花色の地図にひいたプレアデスを飛び石にして
 路地裏の 紫陽花の葉裏で口づけするの カタツムリみたいに

 あたしの中に棲んでるあなたは
 静かに地下鉄に乗って還ってくる
 あたしのからっぽの胸には 森のにおいが満ちて
 くるおしくて もう声さえ出せずに ただ抱きしめるのよ
 くるおしくて 涙しか流せずに ただ眠りにつくのよ

 五月雨のおとが 二人をつつんでいく 五月雨のおとだけが
 二人をつつんでいく ただ静かに眠る二人を つつんでいくの

 ガレージ星雲で珈琲を飲みましょう
 そしてメコン川のほとりまで散歩しましょう
 菩提樹の木の下で交わした約束は 紫月祭の朝に果たされる

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紺色の少女

http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm
ナツノ
 

彼女には大きすぎる紺色の帽子
衣替えの日まで続く重い冬服
あたりは夕暮れにさしかかり
やがて色を失いつつある
紺色のリュックに背中を押されながら
五月雨の坂道をゆっくり昇っていく
黄色い傘だけが彼女がそこにいると
教えてくれる

学校では1676号
寄付金の額で決まる番号
道徳の時間はイエス様に手を合わせ

たしざん おはなし クレパス てつぼう

頭の中の玉手箱を開けて
色とりどりの石を眺めながら
時間などお構いなし
彼女はうっとりと夢を数えて
果てしなく長い坂道を登る

ふいに脇に止まるなめらかな車
お下げ髪ふりふりうなずき短い会話 
窓は速やかに閉まり
母親は坂を下り狭い商店街へ乗り入れ
そして豆腐屋へ車を横付ける

五月雨に濡れた葉桜が
見守る春の夕暮れに
少女の心の灯り ぼんやりと
灯ったり 消えたり

未来の扉はきっと坂道の先にある
いつか紺色の1676号から
大人になるとしても

その日まで
ひとりだけの玉手箱の世界と
日常を行き来しながら
優しく大きな黄色い傘に守られて

どうかやすらかであるように

「ごきげんよう」
くるり 雨がスカートを揺らし
やがて小さな少女の春は往く

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五月雨

http://www.keroyon-44.fha.jp/
陶坂藍
 

暖かい雨が
顔を上げられないでいる私に
勢いよく落ちてくる

うつむいたまま
手のひらですくい取り
顔だけをごしごしと
甘い匂いのする泡でこする

それでやっと顔を上げて
顔から髪へ体へと
全部流し終えて鏡を見る

それから
ライラック色の大きなタオルで
水気をふき取り
長い髪を乾くのも待たず
手早く固く纏め上げる

外はからりと晴れているから
緑葉を揺らす心地よい風が
湿った髪をすぐに乾かしてしまうだろう

だけど

夕方
元結を解いたとき
湿ったままの髪の根元に
洗い落としたはずのしずくがひとつ
ひっそりのこっているに違いない

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お買いもの

宮前のん
 

五月雨の中を買いものに行ったら
道ばたに種売りが座っていて
もう店じまいだから買ってくれと言うもんで
最後に残ったひと粒の種を買った
何の種かは教えてくれなかったが
家に帰って植木鉢に植えて水をかける

これはひょっとしてゾウの種だ
小さな子ゾウがなったりするんだ
名前は花子がいいだろう
鼻にはピンクのリボンを付けよう
母親から離された野生のゾウは
育てにくいとも聞いたことがある
子ゾウの食べ物はなんだろう
イモやリンゴを与えれば良いか
それとも最初はヤギの乳か
俺は心底大事にするぞ
子ゾウは可愛く懐くだろう
後ろを引っ付いて離れないから
ころころ糞が付いて回る
段々周囲に迷惑がかかって
俺は仕事を辞めるかもしれない
するとすぐにも生活に困って
食うために子ゾウを売るはめになるんだ
サーカスの意地悪な団長に引かれて
子ゾウは潤んだ瞳で俺を見て
キューイキューイと鳴くんだろう
こんな悲しい別れになるなら
はじめから種なぞ育てなければ

涙にむせびながらジョウロを捨てて
植木鉢の中の種をほじり出し
土を払って水で洗って
そのままパクリと
飲み込んでしまった

 

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さみだれ

http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/ringblog/blog.cgi
佐々宝砂
 

五月半ばの空は晴れ渡り
真っ暗な空に星と太陽が並んで光る
という風景を見るためには
大気をすべて消去する必要があるけど
そこまで無理することないわ
面倒だから五月闇で充分
まだらに曇る空から降り注ぐのは
あなたにも今は見えるでしょうほら
地面をじっとりと粘つかせる
木の枝からどろどろと滴り落ちる
わたしの髪はもうすっかり褐色なのだけど
これはいったん洗い流して
さみだれに乱れ染めにし我ならなくに
ううんあなたのせいにしないから大丈夫
わたし理路整然とわたしの責任で狂うの
その痩せた両手も両足も
切り落としてあげる
あなたをわたしの特別にしてあげる
ねえなんて鮮やかな血の雨
なんてさわやかなさみだれ

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道程

http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/
芳賀 梨花子
 

記憶の欠片を繋ぎ合わせるような湿り気が南の風にのって湾に吹き込む。今にも朝日が駆け上がりそうだった半島を覆い隠すように雲が垂れ下がる。砂浜では道程のように私の前には道が無く、私の後に道はできるが、波がいやおうもなく幽かなものにして、やがて無に還してしまうだろう。智恵子を愛したように、誰か私を愛してください。しあわせを妬むようなことはしないけれど、誰かの日記を盗み読むような生活を、どうかやめることができますように。私の前には道が無く、私の後には道ができるが、波はそれを幽かなものにして、やがて無に還してしまうだろう。智恵子を忘れなかったように、誰か私を忘れないでいてください。高まる自分の感情を抑えきれない。だから、私は書いて、書いて、書き続けている。でも、ふと、我に返ってしまうことだって有り得る。そうなると溜め息を付くしかない。頬杖を付くしかない。もしくは、本棚の高村光太郎詩集を探すことぐらいしかできない。しかし、これ以上どうあがいても、いくら、必死に繕っても襤褸切れのようなリアリティーは一枚布のように確りとした縦糸を持てない。現実逃避、今、私は昔の友達が遺したピクチャーブックを手にとって、挙句の果てにパラパラとページをめくっている。知っている名前の署名と追悼のメッセージが巻頭に並ぶピクチャーブック。毎年、夏の終わりに七里ガ浜に彼を偲んでみんなで集まっていて、私も何年か前に顔を出したけど、それ以来ご無沙汰している。決して忘れたわけじゃないけど、みんながみんなお酒を飲んで、歌を歌って、踊りを踊って、彼のことを思い出して、みんながみんなで彼の話をしていて、それ中でひとり私は黙って聞いていたら、まるで、潮騒みたいに留まるようで留まらない音のように私はいつも他者であり、相反して心はカンブリア紀のように様々な生物が増殖していく。だから、私はもう出かけない。独りで砂浜に降りて昔のことを埋めてこよう。砂のお城を築くように穴を掘る。もっともっと深く、もっともっと隠してしまいたいのに、だいたいにおいて九月はそんな風にはじまって、台風がすべての秩序を台無しにして、あらかたのことに収まりがつくと秋が深まり、まだ何も指先に触れぬうちに冬がやってきて、それから、しばらくすると強い風が吹いて、洪水のように押し寄せる春が嫌いで、だからといって桜の蕾がふくらむように、ひそやかに春が訪れたって、やっぱり春は嫌いだけど、今の私は若草の匂いと、ぬかるまないくらいの雨に降られている。薄ぼんやりと朝日が記憶のように半島から顔をもたげても、世の中は明るくならない。沖では水平線と空が抱き合って泣き、誰かが摘んだ浜昼顔のさきに砂浜があり、私の前には道がなく、私の後に道は出来るが、波がいやおうもなく幽かなものにして、やがて無に還してしまうだろう。智恵子を愛したように、誰か私を愛してください。どうか、どうか、誰でもいいから私を忘れないでいてくださいと繰り返し、繰り返し叫んでも、きっと、それはこの雨が静かに打ち消していく。誰を恨んでも呪っても仕方がない五月雨の頃。降るならばもっと強く、もっと強く否定して、すべてを消し去るのではなく刻印する太陽の下、七月に運んでおくれ。

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露と流れて

http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/
伊藤透雪
 

降り続く雨に
路端の花に露の珠
少ない日の光を集めて
葉に露を貯めては流れる

家々の戸口の鉢のその中で
物言わず 俯く花を
静かに濡らす雨 雨。


傘などささずに
芯までしっぽり濡れていこうか。


黒髪に小さな珠がいくつもついて
流れながら沁みていく
額を流れ
睫毛で弾け
心までも 濡らす雨に
しばし浸って 空を仰ぐと
稲光

激しい地響きが続いて
雨脚は激しくなってきた
ああ このまま雨に溶けて
流れてしまおうか
自在に流れて 海へたどり着くか
花に吸われて空へと飛ぶか
繁る桜の葉の陰に眠っていようか


濡れて匂い立つは 女の変化(へんげ)
温かい露となって降り注ぐは
愛しい幻

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沁みる雨

赤月るい
 

人を 
どれほど嫌ったって 疎んだって―。

今日もまた囲ったつもりで 
憂鬱だ、と言って
他人を寄せ付けたくないと
団欒だなんて
肌に合わない、と避けている

ひとり
窓から見る景色
黄昏を気取っているんだ
メランコリックに酔っているんだ

甚だこんな自分にも嫌気が差してきて
コーヒーを淹れる
また雨が降ってきたな、と

そのとき ふと思い出したんだ
この雨を
「五月雨」と 教えてくれたひとを

この雨は 
人が降らしているものではない
この空を創ったのだって 人間ではない

だけれどこの音を 
心、落ち着けると云ったのは
激しい雨でさえ 
恵みの雨と、教えてくれたのは誰だっただろうか

耳に聴こえてくる心地良い音楽
窓から階下を見下ろせば
そこに広がる景色
ここまでの道 そこに咲く色とりどりの傘
良い香りのするコーヒー豆 
栽培するのは… それは異国にも通じて

すべてのものに対し
どれだけの人手がかかっていよう

私は
ひとりでは 何もできない人間だ
哀しむ、ことさえ
もはや 孤独を味わうことさえ ゆるされぬ

人、あっての
私という 
ちっぽけな存在なのだ、と

―気づいた。
気づいてしまった私は 少し落ち着かない
揺さぶられたようで落ち着かない

この雨を
誰かと味わいたい、と
これまでにはなかった
「淋しさ」が込み上げてきて

今日は苦い 泪の味を呑む

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2006.5.15発行
(C)蘭の会
無断転載転用禁止
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
ページデザイン・グラフィック/芳賀梨花子
MIDIファイルMIDI:ぴあんの部屋