蘭の会2006年3月詩集「穴」 (c)蘭の会









0003 九鬼ゑ女  0005 落合朱美  0023 ナツノ  
0097 陶坂藍  000a 宮前のん  000b 佐々宝砂  
000c 芳賀梨花子  0115 伊藤透雪  0125 赤月るい  




















0003 九鬼ゑ女
http://home.h03.itscom.net/gure/eme/

「穴掘り」
 


―ねえ、まだ掘るの?
―ああ、まだまだだ。
ぽたり。ぽたり。
男の汗があたしの頬をつたい
あたしの首筋に甘酸っぱい糸筋を引く。

こうして男に組しだかれるようになってどのくらいの月日が過ぎただろうか。
掘られた穴はもう地球の核にまで到達したかもしれない。

でも、男が穴堀りに飽き始めているのを
あたしは何気に感じ取っては、
どきん!と慄く心音を大げさな喘ぎ声で消し去る。

あたしの心にまでへばりついた男の粘っこい汗は
忽ちのうちに結晶化していく。
そして未練と一緒にどこかに飛ばされていこうとしている。
きっといつか時の歪みに嵌まったまま風化していくのかもしれない。

あたしは剥がれ落ちた、その赤茶けた心を手のひらに受け止めて
おざなりに穴を掘り続ける男の耳たぶを思い切り引っ張ってみる。
そしてすっかり血色に染まってしまったあたしの心の欠片を指差し、
男の耳元にこう囁いた。

―ほら?見て!
これはね、あなたが掘り起こした核なのよ。
と、その途端だった。
あたしと男の目の前でその核が分裂を始めたのだ。

見る間に核分裂をするソレを男は慌てて穴に押し戻す。
男の手で葬られた穴は、もはやただのゴミ捨て場と化す。

ありったけの涙を流し続けてから丁度十月十日後のこと。
突然穴から声が飛び出した。

穴掘りが出来なくなったからか、
新しい穴に出会えなかったのか、
朝昼晩と毎日真面目に自慰に励む男はおそるおそる穴を覗き込む。

この時とばかりに「あたし」という大きな産声は、
もう決して勃起することのない男の心に
しゃにむに抱きつくのだった。


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0005 落合朱美

ぽかり、と
 

ぽかり、と
あいている

昼寝をしている爺ちゃんの
平和な寝息が漏れる口
苦労という字をたれ流して
安穏という字を吸い込んでいる

婆ちゃんはこの頃
もの忘れの酷い自分を嘆いている
頭にきっとぽかり、と
あいているんだと云いながら

父さんの目はふしあなで
母さんが昨日美容院へ行ったことも
新しいエプロンをしていることも
まったく気付かずテレビに夢中

母さんの胸にもきっと
ぽかり、と
あいているにちがいない

家中のそこここに
ぽかり、と
あいている
空虚と平穏のしるし

私はといえば
胃袋にぽかり、と
あいているようで
飲んでも食べても止まらない

おかげで膨れた身体が恥ずかしく
入れる穴を探している








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0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm

漂流者と足の裏
 

ブラインドが
砂ぼこり色の風に吹かれ
ガタンガタン

何度も往復する救急車のサイレン

朝帰りのバイクの音

穴の中で
息をひそめていると
音が 外の世界を連れてくる

とび出した足の裏を
ひんやりした風が撫ぜ
音は 私の中をゆるりと通り
ドアから廊下へ 流れ

消えてゆく後ろ姿を見ていた

おおかみが来ない事を確かめて
でも 穴から出る気は まだしない

ロビンソンクルーソーも
ほら穴の奥から
ゆがんだ空を見たろうか

おおかみが来たら火を焚いて

彼は思う
そうだ今日は
岬の先まで行こう 杭を打ち
黄色い旗をかかげて
こんどは ひろい空と
ながい水平線を ながめよう

私はささやく
どちらにしても殻は背負っていくべきだ
穴のかわりに

漂流者の足の裏は
もっと固くてこわばっているだろうか

音をあつめたり
風にくすぐられたり

漂流者の足の裏は
やっぱり穴から出ているだろうか


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0097 陶坂藍
http://www.keroyon-44.fha.jp/

ダウジング
 

L字の金具は確かにここを示してる
何度やっても同じ
他の場所ではピクリとも反応しない

場所は間違っていないはずなのに

最初は尖った石で
もどかしくなって素手で
夢中になって掘ってきたのに
出てくるのは水どころか
私を惑わす言葉ばかり

時々土の中から出てくる
はがれてしまった爪のような桜色の
小石が見つかるたび
ほんの少し、だけ
掘る場所がずれているのかもしれない、と
思わないでもないけど

私一人分の体が
すっぽり収まるほどに掘ってしまった穴を
泥水だらけの私を
今更捨てることはできない


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000a 宮前のん

black hole
 

穴を見つけた
かわいい穴だ
ウイスキーボトルの横っ腹に
丸いお口を黒々開けて
知らん顔で張り付いていた
酒がタップリ入っているが
なぜだか穴から溢れない
ショットバーのバーテンも
いつからあるのか知らないらしい
並べた時には気付かなくてと
カクテル作りに余念がなかった
店長も知らん顔だった

ためしにツメで突いてみたら
まさかと思ったが剥がれて落ちた
ひらりひらりと舞い降りて
店のカウンターに貼り付いた
何を出すのか
何を吸うのか

数日のうちに噂が流れて
大勢の人が押し掛けた
都会じゃどこもアスファルトだらけ
捨てるところが無いらしい
昔の日記や
秘密の手紙や
言えない言葉や
燃え尽きた情熱や
諦められない夢や
忘れたい想い出や
とにかくいっぱい持ち寄って
次から次へと穴に捨てた
穴は黙って受け入れた

ところが穴は病みはじめ
ある日、とうとう枯れてしまった
店のカウンターに貼り付いたまま
捨てられたものを飲み込んだまま
突然しおれて死んでしまった
クシャクシャになった穴を見て
並んだ人々は去ってゆき
店長はモップで掃除を始めた

ガランとなった店で一人
穴の残骸を拾ってみたら
遠い銀河の匂いがして
なぜだか急に迷子になった



 


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000b 佐々宝砂

春の穴々
 

心動く穴前にして春動く

永き日の風船空の穴に落つ

君が目の春風駘蕩われを殺し

鳥交る幾ら埋めても穴は穴

山焼くや山の穴々晒さるる

猟期終はる穴に潜みしままの穴

北窓を開きて穴は穴のまま

木の芽時とふ穴に堕ちたまへ

春暁や穴より出づるヒト以前

穴三つ汚れしシーツの上に置く


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000c 芳賀梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/

Lucie in the sky with the diamond.
 


 
 ルーシーはあたしの友達。小石を落としても音が聞こえないような世界があるなんて、あんた知っていた?いつもあたしたちは楽しかったよね。でもさ、あの時あたしはさ、小さな紙片をちょっとだけ舌にのせて、しばらく旅に出るだけだって思っていたのよ。イージーなこと。くだらないことだって思っていたのよ。ルーシー、あんたもそうでしょ。それでも光に包まれて聞こえない音を聴けるってすごいじゃん。ほら、オニイサン、舞い上がるよ。何羽も何百羽も何千羽もアゲハチョウが。ルーシー、あんたの男なんてね、ただの切り取られる肉片。あたしはさ、ベニスの商人の裁判官が嫌いだよ。どっちかっていうとね、あたしはさ、タイタス・アンドロニカス!どうせ救われないならあたしに死を!繰り出そうよ、ルーシー、夜へ。そして刳り出してやろうよ、夜を。もしくはあたしの目玉を抉り出して。でもさぁ、痛そうだから、やっぱ目玉はやめとく。本心を言うとね、抉り出してやりたいのはルーシー、あたしの身体に住んでいるあんた。でもさ、そろそろ街中が色めきだすからね。ほら色が、色が溢れてくるよ。舌先の快楽と、太腿の日に当たらない色が、艶めかしく、そして見せびらかすように拡散していく。食いついて、食いつく街とあんたが好きだった。
 
 防衛庁あたりの裏通りで猫が一匹、それからあたしとやっぱりルーシーもそこにいて、知らない男ひとり。どこにも信頼関係なんて存在しない。そんなもんで、それだけのこと。ルーシーとあたしは同じ身体を持っているから仕方がないけど、猫がキジトラだろうがシロブチだろうが関係ないね。ルーシーとあたしは慰めあって生きている。生ごみの匂いとカラスの鳴き声と、あたしたち。男なんてもっとちっぽけな存在で、たとえて言うなら24時間営業のラーメン屋みたいなもの。でも、そいつらがいっせいに吐き気を催したら、この街は沈没するよね、やってくる朝に。それでも、あたしは街が好き、街で生きているって好きだった。ルーシー、そろそろ音が消えていく時間だよ。それに道路が膨らんで、今にも破裂しそう。それなのに、あたしったらそこで寝ていて、怒鳴られるんだバカヤローってね、まったくもう朝って不躾で遠慮を知らないのよと眠っているあたしがいきまくと、ルーシーはくすくす笑う。でも、あたし何にはもなにも聞こえないからね、ザマーミロ。朝なんてさ、どうせあたしを轢き殺したって逃げるだけだろうよ。でもさ、ルーシーはきっと轢断されたあたしを拾い集めてくれるでしょ。責任っていう言葉は全世界が回避しているっていうのに。ルーシー、あんたはいい人だね、あたし、ますます別れが辛くなる。なんだか、どうしようもなく泣きたくなってきちゃった。ごめんね、ルーシー。
 
 そういえば、ポケットの中に表参道の道端で昨日の男が買ってくれたでっかいダイヤモンド。もちろんフェイクだけど、あんたにあげる。ごめんね。サイズでかいから親指にでもしといてよ。ルーシー、あたしはあんたが好きだけど、ほんとは好きじゃないんだと思うの。だから、記念にあげる。フェイクだけどキラキラ光って綺麗でしょ。でもキラキラ光っていても愛されたりしなかった。世の中の不条理だって思っていたけど、でも違う。最近わかってきたの。世の中はあんがい公正だってこと。
 
 ビルの谷間から見上げる朝だよ。ルーシー、あたしたちは階段を駆け上っちゃいけない。絶対に階段を駆け上っちゃだめ。あたしたちがキラキラに届いちゃうから。そうしたら、あたしたちはきっと最後を迎える。思いっきり勢いをつけてビルの端っこ、あんたと手をつないでキラキラに向かって飛び立つよ。ルーシー、でも、結局ふたりは小石を落としても音がしない世界に落ちるだけ。

 あたしはさ、わかっちゃったんだ。ごめんね、バイバイ、ルーシー。あたしはあんたの手を離して、あんたが吸い込まれていくのを見ていなくちゃいけない。どんなにあんたが拒んだって、どんなにあんたがあたしを憎んだって、あんたがキラキラ青い朝に開いたどでかい穴へと吸い込まれていくのを見ていなくちゃいけない。絶対に目は逸らさないから。ごめんね、ルーシー。あたしはあんたのこと、好きだったけど、嫌いだった。




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0115 伊藤透雪
http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/

穴だらけのわたし
 

ただ立ちつくす、
涙の露が頬を流れて。
穴だらけのわたしは
いつまでも
何故?のリフレイン



  「やるべきことはやるものだ
   人はそうやって生きるものだ
   どんなに身体が辛かろうと」


前頭葉に何かが足りない
今は 現実? リアルな夢?

胸の辺りがすかすかする。

腕に力が入らない
台所で立ちつくし
気持ち悪い、と思った瞬間
全身の毛穴を感じる
額からぼたぼたと落ちる滴
こめかみがズキズキする


やるべきことってなあに


  「やればできるんだよ、
   なんでやらない?
   やれないと思うから
   できないんじゃないのか?」


前頭葉が悲鳴を上げて
脳全体のバランスが崩れていく
穴ぼこだらけのこころに
0と1の刺激が沁みていき
反復するメカニカルな時間
今昼なのか夜なのか

私の現実はどこ?


普通、って何?


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0125 赤月るい
http://blogs.yahoo.co.jp/instinct1106

Flu(ふら)ctuation
 

遠い日
初潮が来 まして
おっか さん
おまい さん
おめでとう、と赤飯 山に盛って

襲ってくる 襲ってくる

あ、靴紐 ほど ケタから
先 行って て
なんて…

赤く沁みた ぱんつ
だれ
に掲げれ ばいい

わ ッかんない
どうしても
恐い から 「脱け出せ」なん


無責任な 合図 あんた
出した ネ? 

あたしの 足の先
たわむれに 見、ないデ
縛って

ちゃんと選んで
こぼして
さぁ 連れ去って

わたし 心中なんて する 気ゼロ。
現代の女だから

さっさと
埋めて やろうか?
掘ってきな、お前。

お前の命
左手 で十分 さ

こわせ
こぼせっ!命の汁。
ゆらぐ ♭(ふらっト)

Mは
ふかい 複雑 屈折
あらゆる歪み
ゆだねて ユダ yだ寝て 
未だ いて

掘っていく方へ
放っていきたい さ Sに
鮮やかな 
エス、になり たい

Sに 
なるばてゅらい バタフライ


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2006/3/15発行

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