蘭の会2006年2月詩集「冬のカナリア」 (c)蘭の会AllrightReserved









0005 落合朱美
0015 丘梨衣菜
0023 ナツノ
0024 沼谷香澄
0043 鈴川夕伽莉
0059 汐見ハル
0083 栗田小雪
0097 陶坂藍
000a 宮前のん 
000b 佐々宝砂
000c 芳賀 梨花子
0115 伊藤 透雪
0125 赤月るい
0127 e-came
0130 稀有
0131 月の雫




















  
0005 落合朱美

冬のカナリア
 


耳たぶを
どうか
噛みちぎってほしい

此処から出られなくていい

私が誰で何処から来たのか
なんのために生きているのか
なんども問いかけて
なんども見うしなう

歌なんか
はじめから知らなかった

ただ 私を見て
愛でてくれるこの人の
傍にいればいいのだと思った

この部屋で過ごす
この部屋だけで過ごす
もうなんどめかの冬


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0015 丘梨衣菜

冬のカナリア
 

「私が首を絞めました」
そう彼女は告白しました

見るなというなら見ない
聞くなというなら聞かない

ただの暖かい風でいたいのに
触れる前に拒絶される
寄り添う影になって足元からのびて離れない
しつこいのです

「うるさいので」
理由はそれだけです

最後に細い声を震わせて
絶えました

必要がないと言われて
悲しくても鳴かなくてよくなったのです

「あの小鳥は元気ですか」
思い出すのが遅すぎます

もうずいぶん前に
冬の空へ

今頃冷たくなったでしょう


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0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm

冬のカナリア
 

 夜半過ぎ、小さな呟きが聞こえたような気がして、夢のがけの淵にいた私は、現実に引き戻される。それは隣で寝ている愛犬のため息のようにも聞こえたけれど、頭の上から再び聞こえたので窓辺のカナリアのものだとわかった。ひとすじ薄く冷たい光が差し込んでいた。カナリアは厚いカーテンの隙間から、北風に吹かれて澄み切った空に浮かぶ月を見ている。「喉に砂粒がつまって歌えません」。飲み込んでも、飲み込んでも、喉の砂粒が消えません。

 翌朝、カナリアは居なかった。夢だった。私は喉に違和感を覚えた。嫌な予感、いや今朝のトーストがつっかえただけだ。台所で、残った紅茶を飲み干す。それからは、喉のつかえが気になり家事も仕事も手につかなくなった。

 数日後、カナリアはまた呟いた。「胸に砂粒がつかえて歌えません。もう、呟く事も出来ません」私はいつからカナリアを飼い始めたのか…。顔の両側に目がついているものは鳥に限らず、全て嫌いだったはずだ。自分の目が両耳の辺りについていたらと想像するだけで気が狂いそうになる。

 朝になると肋骨が痛んだ。カナリアのみかん色に震える毛を思った。胸のつかえは取れず、水を飲めるだけ飲んでみた。2リットルペットを日に1本、次の日は耐え切れず2本飲んだ。水は私の喉を通り抜ける時、窮屈そうに身を縮めた。苦しくなるまで飲んでも、喉と胸の砂粒は消えなかった。コップを握りしめたままで一日を過ごした。水は私の中いっぱいに溜まり、私の身体は大きな水瓶になったようだった。砂粒はといえば、流れ出るどころか水瓶の底で、かえって身を固くしてじっと留まっていた。

 夜を待つ。知らぬ間に堆積した私の中の砂粒の、あまりの苦しさに夢に現れたカナリア。でもわかって。誰にも言えないのだ。言ってはいけない。生きる為の暗黙のルール。時計の針が静かに右から左へ動く間にひっそり積もる。拭いきれない、目には見えない生活の澱であって、心の向きと現実世界のズレの間から滲み出る。生きていれば仕方なく溜まるものだと諦めていた。そんな時、いつでも空を見上げてきた。空は何も言わず、行き場のなくなった私の想いを吸いとってくれたのに。

 カナリアはもう黙っていた。顔の両側についたまるい目で悲しそうに夜の月を見ていた。私は居ても立ってもいられなくなり、かごを抱えると、扉を開け何度も揺すった。カナリアは扉の前で戸惑うようにしばらく左右に揺れるがままにしていたが、ふと、思い切ったように飛び出すと、ガラス窓のすきまから月明かりのきらめく闇へ飛び去った。あっという間のことだった。

 厚いカーテンを揺らし夜風が頬に吹き、夢から覚めた。ベッドに座りカナリアのことを考える。明け方には、凍った朝露に濡れて命は絶えてしまうだろうか。あなたが私の身代わりに死ぬことで、水でいっぱいの私の水瓶は割れるか倒れるかして、砂粒とともに、すべてが流れ去るのだろうか。朝が来たら私の胸のつかえも、喉のつかえも取れているのだろうか。


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0024 沼谷香澄
http://www.cmo.jp/users/swampland/

冬のカナリア
 

キャベツのしんを食う
たまごの黄身を食う
自分もたまごの黄身の色をして
西日を浴びながら
ばたばた羽根鳴らし
がたがたカゴ鳴らす
ただし
私の見ていないときだけの話
あくまで嫁は侵入者
とてもさわれない可憐なからだをして
思わず泣いちゃうつぶらな瞳で
真直ぐにこっちを見て
つまりは警戒されているのである
きつきつきつきつきつきつきつきつと
蛇の来ぬ間の発情期を忙しく働いている
冬のカナリアどもに
ぴたりとさえずりを止められ
するりと羽ばたきを止められ
ほうほう、ほうほうと
警告鳴きをされてしまうのである
見つめ続けていると
きっと身体に悪い
そう思って別のカゴをながめにいく
一つのカゴに8羽(だいたいそのくらい)
合計して144個(概算)のつぶらな瞳に警戒された私は
無理矢理に
自分の目を楽しませて満足したことにして
帰らざるを得ないのである
放出した愛情が凶器となって帰ってきて
それをまともにくらった私は
ダイニングではなくてお茶の間に入り
晩メシではなくて夕餉の
テーブルではなくて座卓に向かう
ちょっと中略
キャベツの外葉をもらってきたのは私
魚を選んだのは私
舅の前から皿を下げて
台所ではなくてお勝手へ移動する
大好物だという鮪の刺身の皿は
出した時のまま戻ってきた
ほうほう、ほうほう
サランラップを切るのが上手になったが
キャベツのみじん切りをすると必ず指を切るのを
彼等は知っているのだろう


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0043 鈴川夕伽莉
http://yaplog.jp/yukarisz/

冬のカナリア
 

掠れた声
イヤらしくて良いよ
もっと啼いて

と喜ばれたのにムカついて
唇を覆ってやった
動きが速くなった
濃厚なキスを最後まで続けた


お約束どおりインフルエンザが伝染った
翌日彼は授業に出なかった
ザマアミロ
衰弱したまま抱かれたおかげで
私はスッキリ解熱致しました
「あんまり奴を疲れさせるなよ」と
阿呆な揶揄は聞こえないフリをした


両手両足縛らせろだの
一度でいいから後ろの穴からやらせろだの

それは守備範囲外だからと
のらりくらりかわして何時まで逃げ切るか
いっそ股間から蹴り倒せたらいいのに
私は
そのフィリップモリスの吸殻と
折れそうに細い胸をどうして

これは崇拝か?


家族の気配のしない扉の鍵を外して2階へ

その高級住宅街では
どこの窓にも格子に似たものが
嵌っているのに気付いた
ただ
閑散としているので月の光が他より届き易い

それだけの理由で彼の部屋が好きだ
おそらく私は今夜も
愛撫と裏腹に
窓の満月の冷たさに手を伸ばす
まねごとをしている


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0059 汐見ハル

冬のカナリア
 


のみこんだかたい果実は
あまい氷となって
わたしの内側で
いつまでも凍てついたまま
やわらかい場所を傷つけて
あいまいに消えない

やさしいひとしかいらない
そんな楽園があったとしたら
呼吸ができるだろうかそこで
痛む胸をどこまで
隠しとおせるだろうか
やさしくされればされるほど
さみしく焦げながら
みじめさにしぼんでゆくさなかに

腹の内側を
はがれおちていく血の塊
きっとわたしは
わたしのまま終わる
さみしい遺伝子を
歌に溶かして
空気に
溶かして

鳥かごにも楽園にも
眼をつむればよかった

ぬけおちてしまった
いくつもの記憶は
届かない煙みたいに
遠い雲みたいに
いつか地球を巡って
かたちを失ってでも
還ってくるだろうか

歌をわすれたカナリアは
カナリアではない
それはカナリアだけど
カナリアではない

いつだったか
祈りみたいに静かに
ひとりきりの胸のうちで
わすれたくないと
わすれないと
おもったことさえも
わすれて

冬のカナリアが
乾いた空気に放つ
ちいさな空気の塊が
ひとの耳に
そう聞こえなかったとしても
歌なんだ それは
きっと
そよ風なんだ
そして世界は動く
ほんの数ミリ
しかし確実に
震える
涙と同じ湿度の
歌ではないそれは
だけど
あたたかい 
歌なんだ途方もなく
それは


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0083 栗田小雪

冬のカナリア
 

外はふぶき

山小屋の中のとりかごで
カナリアは羽根をばたつかせた
カナリアは
目を閉じて夢を見る

山のふもとから
ずしっずしっと
ぎゅっぎゅと雪をふみしめて
ひとりの少年が
山小屋に近付く
いっぽ いっぽ
ゆっくりと
少しずつ でも
確実に

いっぽ いっぽ
止まりそうなペース でも
前に進んでいる

かならずあいにゆくから

カナリアは
夢から目覚め
まどのそとを見つめた

外はふぶき


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0097 陶坂藍
http://www.keroyon-44.fha.jp/

冬のカナリア
 

坂の下の大きな家のほら
あのカナリアがさ
冷たくなって
道端に落ちてたよ

朝方帰宅するなり夫が珍しく
上機嫌で話し出すのを
朝食の支度をしながら
警戒しつつ相槌をうつ

荒れた庭の軒先に一晩
うっかり鳥かごを出したままにしたらしいよ
馬鹿だなぁ
あの庭は野良猫の溜まり場なのに

熱々の味噌汁と炊き立ての白飯を
テーブルに並べ
可哀想に、と視線を落としてみせて
主の眉間のしわの数を伺いながら
温めなおした夕べの残り物を
そそくさと置く

歩道脇の植え込みに
埋めてやろうかとも思ったけど
とりあえずハンカチ掛けて置いたよ

誇らしげな声は鍵束を掴む音に重なった
今度は私が出かける時間

扉を開けば
剃刀を仕込んだ風が
頬を、耳を掠めていく
坂を下ればそこに見慣れたハンカチ
少しだけめくって
散らばる羽毛をひとつ摘み上げる

どのぐらい持ちこたえることができたんだろう

篭を飛び出して冷たくなるまでのあいだ
野生が体の隅々を走り抜けたんだろうか
吸い込んだ冷たい夜気はどんな風に
小さな胸の風船を震わせ、切り裂いたのだろう

鳥篭から飛び出した私は
カナリアを真似て
仕込まれた剃刀の刃を
大きく大きく吸い込んだ


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000a 宮前のん

冬のカナリア
 

その黄色い鳥は
どこか暖房の効いた部屋で
ぬくぬくと飼われていたのだろう
安穏とした生活に飽きて
まんまと抜け出した挙げ句
猫にでも襲われたか
白い雪の積もった朝の小道で
ボロボロの羽をバタつかせ
点々と血の跡を引きずる

毛糸の帽子を脱いで
そっと包み込むと
溺れそうなクチバシで
まるで己が敵の様に
あたりを突きまわし
それでも
目だけは空のずっと高みへと
昇っていく

いいかげんに
気づかなくてはいけない
ほら、お前は
加護を出ては
生きていけなかったのだ
傷付いた羽は
自分で舐めるしかないのに
お前の舌は歌うばかり
歌うばかりだったのだから


ふんわりと編まれた帽子の中で
もとは柔らかくはばたいていた羽が
次第に堅く萎れて
積もる雪と同じ温度になってゆくのを
ただじっと待っていた



 


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000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/

冬のカナリア
 

水時計は五色、
薄紅、薄青、亜麻色、鈍色、萌黄、
途方もなく贅沢な時計、

薄紅ならば奥方さま、
薄青ならば二の奥さま、
亜麻色ならば三の奥さま、
鈍色ならばあたし、
萌黄ならばあなた。

あなたの肌はあたしと同じに暗い色だから、
鮮やかな萌黄が本当に似合うわ。
ほら髪もきちんと結っておきなさい、
あなたはとっても可愛いんだから。

あなたのふるさとは暖かな国、
あたしと同じ遠い国、
煮えたぎる緑の、
派手やかな生き物たちの、
遠い楽園。

この国は砂ばかり。
冬の夜は長くて暗い。
それでも風紋は美しいわ。
あなたにはまだ珍しいかしら、
それとももう見慣れたかしら。

ねえ、泣くのはおよしなさい、
あたしたちは泣くために生まれたのではないわ、
あたしたちは唄うために、
さえずるために、
愛されるために、
生まれたの、
ほらこの鳥と同じだわ、
美しく派手やかに装い、
美しく唄い、
ただ愛されるためだけに、

そうよ、
あなたも知ってるのでしょう?

あたしたちは人間ではないの、
カナリアなの。


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000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/

冬のカナリア
 



 もう歌わないからカラスと名付けたという祖父の書斎と、砂が吹き溜まった市松模様のタイルが敷き詰められたサンルームがカラスの住まい。「黄色いお花がないのは、カラスがどこにいるかすぐにわかるように」と祖父は熱帯雨林のように茂ってしまった植物に水遣りだけは続けていた。カラスは歌わないからと毛嫌いしてサンルームに遊びに来ない祖母、祖母は若い頃、オペラ歌手になるのが夢だった。でも、彼女が行き着いたところは、観衆の前ではなく、荒れ果てて埃だらけの屋敷。埃はすべての色を覆い隠す。祖母はもう歌わないし、アップライトのピアノさえ弾かなくなった。
   
 その冬はあまり寒くなかったけれど、クリスマスに誰も尋ねてこなくて、お正月もお客様がなかった。祖母は埃みたいなグレイの洋服ばかり着ていた。私はお歌がへたくそだから、カラスみたいに歌わない。祖母はせめて孫娘にピアノでもと思ったのか楽譜をくれた。孫娘は祖母が弾かなくなったアップライトのピアノで毎日ツェルニーを弾く。毎日、毎日、同じ曲ばかり弾く。聞き飽きてしまった祖母はついに「レコードも楽譜も捨てるわ」と言いだして、次のごみの日に本当に全部のレコードと楽譜を捨ててしまった。すると「なんだか寒いわ」と言い出して口癖のように繰り返し、ついには肺癌を患って、梅が咲く頃に祖母はあっけなく逝ってしまった。
 
 祖母のお葬式は、その冬初めての雪が降ったというのに、妙に暖かな日だった。綺麗なお洋服を着て歌っている、若い女性。それが祖母の遺影だと、遺影をとり囲む菊が言う。これではカラスがどこにいるのかわからなくなってしまう。むせ返るような匂い。カラスの住まいには祖母はいない。でも、もう、祖母はどこにもいない。祖父の禿頭に汗が浮いていた。黄色いお花はだめよ。カラスが見えなくなってしまうから。カラスの姿を探す。カラス、カラス、カラスは歌わない。孫娘は気が遠のいた。
 
 カラスも次の冬まで生きることはできなかった。台風で壊れてしまったサンルームに野良猫が入り込みカラスを殺したからだ。サンルームの市松模様のタイル。吹き溜まる砂。湿っている。枯れ落ちた植物の残骸、と入り混じる毟られたカラスの羽。祖父とひとつひとつ拾い集める。羽。無残なカラスの小さな身体。新しいカラスが生まれる。孫娘の知らない若く美しい姿で歌っている祖母、祖父の文机の隅。祖父は降り積もった埃を払って、レコード針を落とした。歌に生き、恋に生き。祖母が一番愛した歌だと祖父が教えてくれた。祖父は泣いていた。祖母が捨て損ねたレコード、じっとそこで針が落とされる日を待っていた。カラスの歌声が響く、次の冬が来る前に。
 


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0115 伊藤 透雪
http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/

冬のカナリア
 

春がそこにとどまったまま
光は明るく降り注ぐ
ここは 遠い異世界
海に浮かぶ常春の島々

冬のカナリア Canarias
サンタ・クルス・デ・テネリフェ
どこもかしこも
カーニヴァル
冬も暖かい島の人々は
陽気に歌い踊り
フィエスタに誘われて 人々が集まってくる
人、人、人の渦


そんなフィエスタのざわめきが
恋に疲れた女を一人
この島に 呼んだ


乾いた砂浜を
冷たい波が洗う
美しい海岸を
見つめていたら
季節が身体から抜けて
時が永遠にそのままで
異世界にいる感覚が
夢なのか現なのかさえ
どうでもよくなってくる

カーニヴァルの熱気にまかれて
自分は自分を抜け出していく

そのあとで
サウダーヂが
心を振るわせながら
優しく包むだろう


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0125 赤月るい
http://blogs.yahoo.co.jp/instinct1106

冬のカナリア
 

意識だけは頭をもたげるけれど

足んない

なんか足んない



なんか喰わせろ

この世で 何か喰わせろ

満ちるものを



身体が

粘土みたいに動かない

日暮れ時は

すべてのものを

破壊したくってしょうがない



こんな世に生まれてしまって

救え!

救え!

誰か救え!



頼れない女が泣く

強いはずの女が泣く



何をしようってんだ

こんな世で

こんな私で



やりたいけどできない

やりたいことがない

どっちかもよく分かんない



嘘をつきたくない

上手く偽ろうとしている

それすらももう解らない



春が来るはずの窓には

今日も嵐が押しかけてくる

季節は勝手だ

みんな勝手だ



この世なんてすべて

理不尽だ



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0127 e-came
http://www001.upp.so-net.ne.jp/satisfaction/

冬のカナリア
 

朝焼けを撮り続けていた

冬の空 午前六時
空が海の色と等しくなる頃
東の空が明らむ
それを
冬の終わりに再生した

電車の先頭車両に乗り込み
いつも通り
景色が通り過ぎるのを眺めながら
僕はその流れ行く世界で
唯一静止している自分を
窓に映していた

目の前を
それぞれのリズムで通り過ぎていく人々
君の前も
等しく誰かが通り過ぎていった
その時間軸の中で
僕を摑まえてくれて
ありがとうと
ふいに涙が出そうになったんだ

君は君の窓枠から
世界を眺めていた
空が明らむときを
きっとずっと
心待ちにしていたのだろう
あのフィルムを
いつか眺める日を
待ち望んでいたのだろう

今僕は海にいる
時計の針が六時を指している
切り取られたフィルムの断片のようなこの淡い光が
始まりなのか終わりなのか
どう言ったらいいのだろう

曖昧なんだ
空も光も時間も世界も
僕も
君も

フィルムの最後に映った
朝焼けは
紛れもなく
僕の窓から観える夕陽だった

飛び立つ前の世界は
とても
美しかったに違いない

明らむ空から
ひらりと白い雪が舞った
僕の肩に触れたそれは
まるで
羽のようだった


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0130 稀有
http://chercheur.syuriken.jp/

冬のカナリア
 

風呂に湯を張り胸に近い昔の傷痕を撫でていたらまた痒みが始まった

1993年秋の終わり
初めて自傷に走る
1996年初雪を見ながら
ベランダの柵を越えた


毎年何故だか感情線は秋の終わりに下降を始める


…春に箍が外れてしまえばもう理性を失い楽になれるの…?


1999年炬燵の中で
快楽に溺れる事を知った
2002年130デニールのタイツを破り
局部に針を通す


…そんなに木の芽時は恐ろしい季節なの…?


風呂には湯を張ったまま
服を着て
七輪をバスルームに引きずり込んだ

薄ピンクの壁面に囲まれたガラスと
白に茶色い黴が点々と生えた扉は
黒いガムテープで念入りに塞いだ

七輪にゲル状をぶち撒き火を付け
白と黄色の錠剤を掴んでは飲み
粉っぽくなった手のひらをべろべろ舐めながら
私は10年ほど前のニュースを思い出すのだった


捜査員が恭しく掲げた、黄色い目印。

それよりやや遅れて、春を恐れ昏倒する私。


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0131 月の雫

冬のカナリア
 

風が家を吹き飛ばそうと叫ぶ夜
守られた寝間の中
あなた

わたし

あなたの手と舌は
鳴くことの幸せを
あなたの言葉と笑顔は
羽ばたく喜びを

肌と肌を重ねて
互いの温もり抱き合って
あなた

わたし

吹雪く空は飛べなくても
あなたの為に
わたしは
歓喜の調べを奏で続ける


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2006/2/15発行

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