蘭の会2006年1月詩集「テーブル」 (c)蘭の会 AllrightsReserved









ノー・リターン
あにばーさりぃ
その間にはいつも
境界
EDEN
てがのびた。
消えたテーブル
逢瀬
ラスト・テーブル
蓋天宣夜
hotel.
強がり。
他愛もない
円卓

























  
0003 九鬼ゑ女
http://home.h03.itscom.net/gure/eme/

ノー・リターン  
 

あたしの視界を、
ひとつの恋が弾みながら通り過ぎていく。

そう、“アタシタチ”みたいなカップルよ。
仲良く手を繋いで、ふたりは
店の奥の丸テーブルに着いた。

…倖せなのね。
だって、あんなにはしゃいで、ふたりとも。

「ねえ、あなた。茉莉花茶、お代わりしてもいい?」
ジャスミンの花の馥郁とした香りに包み込まれた薄茶色の液体。
いつからかしらん。
気づくと東洋のマヤカシのようなその香りに、
あたしはすっかり心奪われてしまい
あなたの心にしなだれかかったまま
その神秘のお茶に酔いしれていた。

けれどそんなお茶よりも
一番あたしを酔わせたのは…あなた。

そのあなたのカタチのいい唇がゆっくりと動いた。
けど、あたしはすばやくあなたから吐き出されたその言葉を遮る。
あたしは一気に甘え声を創り、こう言う。
「もう一杯、いい?」

丸いターンテーブルが
ぐるり一周するたんび
「もう一杯。もう一杯」
何度もしつこくあたしは繰り返す。

あたしの真向かいには洒落た飴色の籐の椅子。
だけどそこに居・た・は・ず・のあなたはもういない。
昔はただの素朴な白木だったというその椅子。
そこにはあなたの名残りなどもう何もない。
あるのは時を吸い込んだ飴色の艶だけ。

なのに。
あたしはも一度あなたを取り戻したくて
「もう一杯」と言葉を放り投げながら、テーブルをくるりと回す。

そう。
…さよなら。
あなたはそう言ったのよね。
でもね、あたしの耳を過ぎった途端だったわ。
その忌まわしい言葉はあたしの現実からすうーっと姿を隠してしまったのよ。

目の前のテーブルの上にはいつのまにか、100杯目の茉莉花茶。
茶碗の底で、その不思議な花は得体の知れぬ未来を、
ゆうらりとたゆたうように開かせはじめた。
そしてせっかく無限を彩ったあたしの愛、
その愛しき情さえ…その花芯に無理矢理、封じ込めようとしている。

いま。
あたしの視界では
白紙のまんまの「今日」が、抗いもせずひっそりと暮れて行く。

















  
0005 落合朱美

あにばーさりぃ
 


ドレスアップしたテーブルの上に
置かれた薔薇はかしこまって
ワインの到着を待っている

あのボルドーに勝るのは
貴女の紅しかないものね

ヨークシャテリアは
不機嫌にあくびをしている

賓客が着いたら
指定席を追われることが
わかっているからご立腹

テーブルをはさんで
ヨークシャテリアと私 
まんなかに薔薇

ねぇ 絵に描いたような風景でしょ

あの人はきっと
やくそくの時間きっかりに訪れる

















  
0007 柚木はみか
http://cpm.egoism.jp/

その間にはいつも
 

あたしが泣く
あなたがそれを見る
その間にはいつもテーブル
ふたりぶんのカップ
揺れる赤い紅茶

あたしが笑う
あなたも一緒に笑う
その間にはいつもテーブル
白い 物言わぬ壁は
その後の沈黙を予期してる

あたしが怒る
あなたが反論する
その間にはいつもテーブル
お願いだから強く叩かないで
大きな音は怖いよ

あたしの視線
その先にあなた
その間にはいつもテーブル
たまには乗り越えて
直で感じたいものがいっぱいあるのに

あたしが泣く
あなたがそれを見る
その間にはいつもテーブル
何を怯えているの?
そこにはなにもないよ

あたしがいる
あなたがいる
その間にはいつも
いつだって……

















  
0015 丘梨衣菜

境界
 

あなたはギターをかき鳴らす
テーブルの上

私はそれを眺めてる
テレビの上

邪魔だと鼻を鳴らす
置物の猫

裂けるほど伸ばしても
届かない手

その響きが
夜明けをつれてくる

泥にまみれた身体を
洗い流す

硬い殻を突き破る

歌声は続く

もう足りない
言葉では

ひとしずく

落ちた

















  
0043 鈴川夕伽莉
http://yaplog.jp/yukarisz/

EDEN
 

りんごが好きな彼女
のために
りんごを置くためのテーブルを作った
彼女は鎮座するりんごを毎日愛でながら
「椅子も欲しいわねえ」とねだるようになり
材木が足りなくて仕方がないので
僕は自ら椅子になり
彼女のぬくもりと体重を支えることにした
そのうち「椅子に洋服は要らないわ」と
服を脱がされた
テーブルには日替わりで
高価なクロスが掛けられているというのに
悪い気はしなかった

彼女がりんごを食することはなく
幾つか積み上げてみたりアングルを変えたり
気に入らなければ僕にぶつけたり
「今日のポジションは美しいかしら」
「昨日の方が良かった」
などと答えようものなら
なんかムチとか凝りだした彼女の仕置きが始まった
それも楽しかった
りんごは古いものから順番に腐り始めたが
彼女はそれらをも一途に愛でていた

ある時りんごの腐汁が背中に滴った
突如僕の中に
権力者に対する怒りが血走った
「今日のポジションは」と振り向く瞬間を狙って
女をなぎ倒し
四つ這いにしてテーブルの下に押し込めてしまった
後生だからここから出してください
暗くて狭いところが怖いのですと
しおらしい彼女が可愛かったので
下半身だけ脱がせて穴を押し広げ
カンカンに勃起したペニスで突いて差し上げた
泣き声っぽかったが膣は締め付けてきたので
感じていたのだろう

りんごは素晴らしい精力剤だった
りんごを齧り彼女を犯してまたりんごを齧り
勿論テーブルの下に押し込めたまま
声だけ楽しんだ
そのうち月経が訪れなくなった
ペニスが汚れなくて済むので助かった
彼女の腹が日に日に膨らんだ
乳房と腹が揺れて面白い

ところがその幸せにも終わりが訪れた
腹の大きくなった彼女に
テーブルの下は狭すぎたのだった
木製の脚にひび入りぎしぎしズレ始め
遂に台ごとまっぷたつ
べたりと背中を床に彼女は仰向けに
穴から小さな頭が見え隠れ
耐え切れず飛び出した産声が響いた
男の赤ん坊

僕は砕け散ったテーブルの破片で血を流しながら
彼女に対する愛おしさを思い出したのだ
どこで間違ってしまっていたのだろう
ひとつのりんごに頬ずりする彼女を
喜ばせたかっただけではなかったか
彼女はふにゃふにゃ涙を流す赤ん坊の
口に乳房を含ませたところだ
僕は産後の肥立ちを助けたくて
りんごをひとつ差し出したのだった
彼女は一心不乱に齧った
すべてのりんごの芯まで嘗め尽くした

より多くのりんごを要したので
僕はテーブルも新調することにした
材木を寄せ集めてもと居た場所に戻ると
りんごと彼女と赤ん坊がそっくり消えていて
今にも吹き飛ばされそうな置手紙だけが
床にナイフで留められていたんだ

「間違えない自信がないことを悟ったので
ここを出てゆきます
あなたはおそらくここを出られません
さようなら
テーブルのない場所で男を探します

それが無理ならこの子と子孫を増やし
テーブルのない国でも築いてみせましょう」

















  
0083 栗田小雪

てがのびた。
 

私のひざの上にいた人の、ピンポン玉サイズの手が
テーブルの弁当箱をひっくりかえした。
そのひとはびっくりしたあと空気を読んで
ひといきあとにふえっと泣いた。
そのあとすぐに、にこっと笑った。

















  
0096 土屋 怜
http://blog.livedoor.jp/cat4rei/

消えたテーブル
 

4回の目の引越しで大きなテーブルが
消えた

それはふた昔ほど前
ふたりからはじまった生活には
大きすぎたが
夢がつまっていたものだ

肘掛の付いた椅子も
家主の好み

この家は男家主の思うように
作られていった
ほとんどはそこにいることのない
家主

残った家族との思いは
どんどんかけ離れていった
とくに家族を守る女とは

子供たちはそれぞれ好きな時間に
食事をとるようになり
残された女は
ちぃさな膳ですませる
それが日常になった

もう そこには家族の夢はない
あるのは個人の生活だけ
不規則に重なり合う思い

大きなテーブルは
廃品業者に法外な値段で引き取られた
都会の便利な生活と引き換えに

家主だけが
相も変わらず一人身のような日々を送る

消えたテーブルにさえ気づかず・・・

















  
0097 陶坂藍
http://www.keroyon-44.fha.jp/

逢瀬
 

別々の場所で一日を終えて

擦り切れた身で
掠れた声で
向かい合うとき
腐敗しないように
冷凍保存しておいた
剥き身の私たちを
テーブルの上に並べる

それだけで
体温が

言葉ひとつなくても
血が通いだす
たとえそれが
数分のことでも

















  
000a 宮前のん

ラスト・テーブル
 

ああ、懐かしいね。
初めて来た時とちっとも、
ちっとも変わってないよね
ここのホットココアもね。
さっきから耳が遠くになって
君の唇の動きばかりを
目で追っているのだけれど
ここのココアは、思い出すね
ほんのり甘くて、クリームもたっぷりで
あの時も、このテーブルでね
やっぱり僕がこちら側で
なんとか君を楽しませようと
だけど間が持たなくてね
イライラとカップを持ち上げて
でも手の震えが止まらなくてね
歯に当たって何度もカチカチとね
君はクスクス笑ってくれて
ああ、懐かしいね。
ずっと変わらない、
変わらないと思っていた
でも閉店時間は必ずやってくる
ココアはいつか飲み干してしまう
冷えきったカップを両手で抱えて

ごめん、何て言ったのか解らなくて
さっきから耳が遠くになって
君の唇の動きばかりを
目で追っているのだけれど


 

















  
000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/

蓋天宣夜
 

最初に巨大なテーブルが在つた。
テーブルこそは原初の者である。

テーブルの一辺は三千阿僧祇四千阿僧祇であつて、
其の対角線は五千阿僧祇、
テーブルの央心には直径二百八恒河沙の翡翠の玉が鎮座する。
翡翠の表面には選ばれた物らが住まふ。

テーブル上部百八不可思議の高さに蓋天があり、
其処にはすべての源泉であり光輝である太陽が輝く。
テーブル上部に住む物はその光輝を受けて生きるが、
常時光輝を受けること耐え難き物どもの住まひは、
テーブルの端や横に浮遊して光輝を避ける。

ほほう。
御前達人間どもの地球はその浮遊体であると思つたか。
地球が宇宙の中心であると考へた昔人より幾らか謙虚であらうが、
否。否否否。違ふ。笑止。

テーブルの下部、其処は永遠の夜であるが、
わずかに光る蛍のやうなものが無数に飛ぶ。
あの蛍のやうなものの一つを、
御前達は太陽と呼んでをる。
御前達の地球は蛍のまはりに舞ふ塵よ。
闇の中ふはりふはりと舞ふ塵よ。

















  
000c 芳賀 梨花子

hotel.
 

あなたと過ごす四角い部屋には
ちいさな冷蔵庫はあるのに
キッチンがない
テーブルもない
アイボリーの便器とバスタブ
それなのにあなたは大丈夫だと言う
僕らはこんなに愛し合っているじゃないかという
でもね、もしも明日
わたしが死を迎えることになったら
あなたは多分
わたしを見送れない
白木の箱に釘も打つことも撫でることも
あなたとわたしのあいだにはテーブルがないから
向かい合っているのはいつでも死で愛じゃないから

















  
0125 赤月るい
http://blogs.yahoo.co.jp/instinct1106

強がり。
 

見ると
切なくなるのはなぜ

ふたり分の料理が
載れば満たされるだけの
小さなテーブル

昔は気にも
留めやしなかったけれど

一人暮らしの住まいでは
こんなにも堂々と
部屋の真ん中に居座り
主人公を気取っている

そして
いつのまにか
ぎっしりと
想い出が詰め込まれていたりする

邪魔なのに
無いと寂しいからって
いつまでも
丸いテーブル

花を置いてみた
別に寂しい訳じゃない
ひとりの食事を
さっさと済ませてテーブルを拭く

ガシャン
花瓶はずり落ち 割れた

何だかすべてが
情けなくなってしまって
そのままにしておいた
それでいい気がした

あなたが去った一人の部屋
濡れたテーブルに寄り掛かって
私は大声で泣いた

















  
0127 e-came
http://www001.upp.so-net.ne.jp/satisfaction/

他愛もない
 

白いテーブルの上に
こぼしたコーヒーの輪郭を
鉛筆でなぞると
世界地図に見えた

いつまでも
こんな風でいたいと
やがてはなくなる
テーブルの水溜りに
そっと息を吹きかけた

淡い未練で染めながら
じゅっと音を立てて
堕ちていく夕陽を眺め
他愛もないことが
この上なく愛しいと知った今
この世界を去るのが
怖いのですと
今なら告げられる

私が転がってる間に
きっとどこかで
また会いましょ



思ったよりも
早いスピードで
世界は回る
私の未練は
テーブルを
まだ潤している

















  
0131 月の雫

円卓
 

雑然と散らかし放題だった

円卓をあるとき片付けた


取りとめもなく悩み

取りとめなく不安になる


漠然とした心の中を

整理することも

理性的にもなれず

感情だけが歩き出す


感情という本の山を

理性の紐で括れたら


寛大と言う心の円卓に

優しさのクロスをかけよう









2006/1/15発行

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)
(ページデザイン・写真/芳賀梨花子)