蘭の会2005年12月詩集「雑踏」 (c)蘭の会 AllrightsReserved









たそかれ

雑踏
セーフモード
ゆうぐれ
結晶
浮かれる街に
プレゼント
Winter's Tale
人波の間
溶け込めない私
蓋をする
雑踏




























  
0005 落合朱美

たそかれ
 



街は紅から琥珀へと色を変えて
ゆき交う人の表情を
伺い知ることはもうできない

大通りの信号の赤を
睨みながら立ち止まる
心の中にふつふつと湧く

ダレニモイエナイイカリトカニクシミトカ

信号が不自然に緑色を放ち
表情のない人の群れが
向こうから押し寄せる

人混みに揉まれて
横断歩道を渡りきることは
まるで綱渡りみたいに
こころもとない逢魔時

やがて訪れる漆黒に
街はしめやかに溶けてゆく



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0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm


 

騒々しい商店街を通り抜ける
それは
この駅に降りる事の後ろめたさを
私に再認識させるために
与えられた儀式

私はこの雑踏から疎外されている

年寄りや主婦の自転車が
忙しく行き交う人ごみの息遣い
店先に並ぶバナナやオレンジ

誰も自分を知らないはずなのに
身体中に刺さる 針 針 針

街頭放送のにぎやかな音を背中に
逃げるように
通いなれた一本道を速足でゆくと
急にあたりは淋しくなり
昭和色の古い家々が並びはじめ
私は
足音をひそめてアパートの階段を上る

ドアの前で
片方の袖を編みのこした枯れ葉色のセーターを
かかえ
ポケットの合鍵を 探す

街頭チラシが風に舞う
通いなれた道なのに
はじめての街に降り立ったような
心細さとわびしさ

時だけが過ぎてゆき
カンカンという錆びた階段の音が
心の空洞にひびく
帰る場所を求めても 求めても

刺さった針は 自分で抜く
強がりの白い頬



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0043 鈴川夕伽莉

雑踏
 

雑踏は
追いかけようとした背中を呑み込んだ

思い出ばかりを吸収して膨れる街の空は曇り
帰る場所がないのは
なんだか久しぶりに数えた野良猫ばかりでなく

明日は来るかもしれない
来ないかもしれない
横顔のあなたが怖いのは何時からだったっけ

路上で雑誌を売る人の肩が小さく震えている
ように見える
彼等だけが通り過ぎないで誰かを待っている

まだ居るのかもしれない
居ないのかもしれない
探して欲しいのは私の方だけだ

追い越されまいと流れる人波の行き先は違えど
夜の温度を知りたくないのは同じで



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0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-world

セーフモード
 

横断歩道のストライプを
白のとこだけふみながら
用心深く歩いて
見上げた歩行者用信号の青が
点滅をはじめて
スクランブル交差点が早送りになって
ひとりだけスローモーションの動きになりながら
わたしはおまじないをする
 
赤になりきるまえに
向こうの歩道を踏むことができたら
 
割のいいアルバイトが見つかります
あのひとにあいさつすることができます
焼きたてクロワッサンが並ばずに買えます
ひだまりいろの瞳の子犬にじゃれつかれます
たまごがうまく割れます
きょうはいいことがあります
 
ごとり、と
鈍い音が膝の下から伝わって
肩を滑り落ちたバッグ
(わたしでは、ない)
心臓の輪郭
(これはわたしの)
猫の死骸でも
転がったかと
(まるで期待に似て)
 
一瞬の遅れをとりもどすため
一拍だけはやめた
最後の一歩に
もつれかけて

ゆるゆると
人混みに紛れながら
少しずつ呼吸をならす
 
エアポケットみたいな沈黙が
ほんの数秒訪れて
やがて唸りはじめるエンジン
アスファルトをこするタイヤ
遅れて駆け込んでくるいくつもの足音を
背中ごしに聴きながら
マフラーを巻きなおす
次の信号に出会うまでのつかのま
わたしはもう
さっきのおまじないのことなんて
忘れてしまって歩いている



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0083 栗田小雪

ゆうぐれ
 

ピンクの空を見あげながら

あしたはもっと寒くなりますようにと祈りながら

あの子がわたしを許しませんようにと願いながら

去年の今ごろを思い出しながら

やっぱりあの子もわたしもわたしを許して
みんなが幸せになれたらと希望をもちながら

白い息を吐きながら


歩く。


あしたも今日もあさってもきのうもずっと笑って

どうかいまをぬけだして


はやくたどりつけますように。



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0093 ふをひなせ

結晶
 

最初のひとひらは気中に消え
次のひとひらは地面に消え
その次のひとひらは
誰かの肩に落ちて消えた
落ちては消え
消えては舞い降り舞い降りて
ひらひらと白になる
しんしんと白になる
雑踏の中 雪のひら
雑踏の中 結晶が舞う



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0097 陶坂藍
http://www.keroyon-44.fha.jp/

浮かれる街に
 

年の瀬に
浮かれざわめく街角
通りすがり
はしゃぐ声に混じって
スピーカーから
途切れがちに聞こえるのは
あの歌

歩くスピードはそのままに
ほんの一瞬目を閉じる

君もどこかで聞いているかと



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000a 宮前のん

プレゼント
 


クリスチャンでもない人達が
お互いにプレゼントを選び
笑顔で行き交う夕暮れ時
公園の噴水前に座って眺める
イルミネーションの街

小さい頃
クリスマスはキライだった
いそいそと朝早くから起きて
枕元にカラの靴下を見つけ
消えたロウソクのような気分

どうしてサンタさん来ないの
と、母に尋ねると
あら、来たんだよ夕べ
だけどお前の靴下って
穴があいてんでしょ
だから真珠か何かいいもんが
こぼれて落ちたんだよ
穴は自分で繕わなきゃね
下着姿の真っ赤な口紅から
面倒くさそうに吐かれる煙が
目に滲みるようだった

今なら、少しだけ
わかる気がする
母の言いたかった事
プレゼントはきっと
待つだけでは貰えない

すっかり日の暮れた公園で
イルミネーションの向こう側から
私を見つけて走ってくる
あなたの笑顔にむかって

メリークリスマス

 



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000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/

Winter's Tale
 

夜中に眠れなくなると、時々、ストーブの青い炎を見つめている。でもね、別に淋しくはない。あなたが好きだといった歌を歌い、あなたが好きだといった本を読む。あなたに会える日を待っているわけでもない。あなたに愛の量について言及しようなどとも思わない。白雪姫みたいに振り返りもせず、王子様と一緒にお城に行くわけでもない。わたしならたぶん愛してくれた小人たちとの生活を大切にしたかもしれない。
そして、時々、わたしは夜中に爪を切る。夜中に爪を切るといけないよって、悪魔が来るよって、あれ、それは夜中に口笛を吹くとくるんだっけ?忘れてしまった。少しずつ色んなことを忘れていく。激しさとか、自分とか。あなたのこととか。
だから、たまにトウキョウにいく。有楽町のあたりとか、日比谷のあたりとか。ほんとうにトウキョウには無くしてしまったものがたくさんあって、トウキョウにいくとわたしユウレイみたい。無くしたものがコートを着て歩いている。あそこにも、ここにも、そっちにも、だから、うらめしくなって、スクランブル交差点のひとなみに飲み込まれそうになると、わたしはあなたの名前を叫んだ。たいがいコートの後姿は怪訝そうに振り返り、わたしはわたしの心をねじこむ、いつも。そしてユウレイはさまようばかり。だから恐ろしくなって東京駅の地下ホームヘ駆け下りて急いで家に帰る。
足を取り戻したわたしが家の鍵を玄関の石の上に落とす。慌ててそれを拾い、家の中に入ると、ます留守番電話のメッセージを再生する。あなたの声は聞こえない。それでも青い炎をおかえりと点すと、静かにわたしの部屋を暖めてくれる。あなたがいない夜を温めてくれる。時間だけが過ぎているようだけど、こういう時間が一番幸せなのかもしれないと、ココアを飲んだ。



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0115 伊藤 透雪
http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/

人波の間
 

影がぼんやりと輪郭を失い
街の灯りが空気に溶け出して
夕暮れがやってきた

駅前のさざめきが大きくなる
人々の動きが
一つの流れになっていく
流れの中で立ち止まることもできず
揺られていたら
帰れない、と
不安な気持ちになって
壁際に身を寄せると
夜の歌声が聞こえてきた

 僕らは人の間に生まれて
 人の間で生きていく
 多すぎる人の谷間で
 高い瞳を見上げ
 いつか 大人になって
 人の山の一部になっていく

何処へ帰る?
ああそうだ、何処へ帰るのだろう
帰る場所は 何処にあるのだ
自問しながらぼんやりと
歌声聞きながら
人波の景色を2次元化して
ついつい自分の世界に浸る

自分の世界?
ああそうだ 帰るところって
ここだったんだ、と
ひとりごちて
人波をかき分けて
切符を買って
いつもの電車に乗り
同じ風景に帰る



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0125 赤月るい

溶け込めない私
 

なくなるように想う

わたし
わたし、と
輪郭を確かめたくなり
身体をなぞるように浮き立たせる

わたしという境界が
溶かされていきそうで

うれしくなる
恐くもなる

それは
大きいものに任せられる
母の腕に抱かれるような喜びと

自我への執着からくる
私の大切なものを
流され
失ってしまうのではないかという不安

雑踏に埋もれそうになるたび
私は背筋をピンと伸ばし
小指を立てるほど緊張して

わたし、という境界を
一層ひどく意識する



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0127 e-came
http://www001.upp.so-net.ne.jp/satisfaction/

蓋をする
 

冷たい雨は さっき止んだみたい

待ち合わせの交差点はいつも混雑
あたしは慣れないヒールと
見慣れない顔を作り
今日も「あたし」を演出するの

手は悴んでいた方がいい
あなたに触れてもらえるから
白いため息をマヒした指先に吹きつける
さっき落としたマフラーは
横断歩道に投げ出され
水溜りを一瞬弾いただけで
知らない足に
雑に踏まれて行く
次々と

あたしが踏まれて行く



待ち合わせの交差点は今日も人が多い
歩道橋から君を確認しながら
急ぎ足で階段を下りる

君は僕を見つけると
いったん「君」になる準備をする
僕の好きな はにかんだ笑顔で
左手を軽く振ってくれる
僕はその冷たい左手を掴んで
そっと 丁寧に雑踏に
蓋をしてあげるんだ
君が見捨てたマフラーを
踏まないように気を付けて
交差点を渡ろう



「あたし」が一通り踏まれると
あなたが歩道橋に見えた
あたしは急いで乱暴に雑踏に蓋をして
歪んだ笑顔であなたに手を振るの

見捨てられたマフラーは
もう視界には入らない



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0131 月の雫

雑踏
 

その時私は

幾千もの舞う

その中の

たった一枚の

枯葉だった


たくさんの人の足を

避けるように舞っていた

静寂な時の中で

たった一枚の葉であった


互いに違う葉の如く

挨拶さえせず

一枚の枯れ葉となり

風に舞っていたのだ



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2005/12/15発行

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)
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