(C)蘭の会 2005.11 おかげさまで蘭の会も4周年





滴リシ雫、夢ヒトカケラ
望郷
  深遠なる夜に
無窮の軌道
  息子
  Internet Junkie
  仲間はずれ
  ネリリしたりハララしたり
  現代散文のための信念と技法について
火星にて
  ふたつのライン
  詩人になった子
キセツノカケラ


























  
0003 九鬼ゑ女
http://home.h03.itscom.net/gure/eme/

滴リシ雫、夢ヒトカケラ
 

そうっと拭う
指先に
ざらつく妙な胸騒ぎ

おまけにうすうすが小首もたげたから
泡を食ってあたしはあんたの心を括る

「指キリゲンマンッ」

絡みあったはずの
小指と小指
その狭間よぎったもの、一滴、ぽたり

だから、もいちど拭う
この手のずっと先
心開いて彼方を手繰り寄せてみる

そのあたしの先っちょで
ばちっ、ばちっ
誰かが手を叩く


嗄れ声が未練を劈く
その拍子
あたしとあんたの結び目がこくん
あれよあれよと解けていくから

忽ち虚しく泡の、夢ヒトカケラ

しょうがない
ぽたりぽたりと 
心に滴り落ちる雫を拭い

「嘘ツイタラ針千本呑マスッ!」

いくら騒いでも千切ったあの日
ここには戻ってはこない

拭いきれないまま雫は
雨のよう、いつまでも滴り続けるばかりで
あたしは膝っ子増を抱え濡れそぼつ
















  
0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm

望郷
 

夕焼けにそまったタイザンボク
鍵のかからない木戸をくぐり

おかえり
奥の部屋からか細い声がする
昨日も
帰ると布団の中にいたね

涙のニオイを感じながら
気づかぬ振りをして
ランドセルを机に置く

「お母さん、」
カナシイコトガアッタノ?

「わたし 羽が生えてきたみたい!」

私が歌うといつも褒めてくれたね
私がピアノを
勝手に辞めて来た時も なぜ黙っていたの

秋の香りがする帰り道
あなたを超えようとすればする程
私は迷路に迷い込む

影のように寄り添い
行く道を照らし

でも
あなたに代わってあげられない
あなたの涙を 私はふけない
親不孝者の その代償として
いつか私も同じように
悲しみの壷に閉じ込められようとも

私は 私の羽をつくろい
未だ あなたの手から飛び立とうとして
飛び立てない
だからいつも 空ばかりみている
幼い頃に生えた羽を 胸に抱えたまま
















  
0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-world

深遠なる夜に
 

夜空にはった薄い
うすい膜のような
しろい雲の
あまりの遠さに
秋を知る
気づけば
月も
星も
なにもかも
わたしたちを包むせかい
高みにみあげた
綺麗の
すべては
急速に
わたしたちから遠ざかり

隣り合わせにあった熱が
いつのまにか
気配を消して
逃げてゆく
せかい
夜に沈み
深海に棲む魚
みたいに
知る
肉体は
輪郭
ということ
浮かび上がれない
泡となって
空洞を抱きしめている
その骨格の
確かさといったら
なくて

宇宙は
膨張している
たとえば死
とか
生まれたときの記憶と
ひとしく
わたしたちにはいつも
感覚することはできない
けれど
支配
されている
有限の無限に
混沌をはらむ真空に
血のかよった
孤独に

遠ざかり
果てを伸ばしながら
最果ての向こうを
めざして
いつか
ふれあう
べつの空洞を
さがしもとめている

草を渡る風
虫の音は
つめたく澄んだ水が
波紋をひろげるようにして
親愛なる静寂を
つたえる

まるくとじた虹が
月を
抱きしめて
ほとり、

涙をこぼしたなら
温かな羊水のようで
うれしい
















  
0093 ふをひなせ

無窮の軌道
 

八十万億那由佗の
いのちの涌起(ゆうき)
つよくあれ
やさしくあれ
















  
0096 土屋 怜
http://blog.livedoor.jp/cat4rei/

息子
 

息子の病が
現代医学ではどうにもならない
と知らされた日から
心休まることはなかった

近いか遠いか・・
将来の来るべき日に怯え
逃げ道をいつも捜した

息子はあと半年で
成人になる

 生んでくれて、ありがとう

もしも そう言われた日
まちがいなく泣くだろう
















  
0097 陶坂藍
http://www.keroyon-44.fha.jp/

Internet Junkie
 

私たちの絆は
キーボードを叩く事で成立する

オンラインの繋がりなんて所詮嘘ばかり

偉そうな正論なんていらない
じゃあいったい
現実世界はどれだけ静謐だというの

この絆が
すべて正しいとは決して思わない
住む場所も
顔も
本名さえ知らない
接続が切れたらそれで終り

でもそんなのは
現実世界だって同じじゃないか

私はここで生きている
オンラインの世界に生かされている
オフでは救われない私が
目を開いて息をする
オフでは出会えなかった君がここにいる

それがすべてだ

他人からJunkieと呼ばれても
私はここで生きてゆく
















  
000a 宮前のん

仲間はずれ
 

目が醒めて
パジャマのまま階段を降りると
父さんが制服を着ながら
新聞を読んでいた
母さんも制服にエプロンで
朝食の支度をしていて
犬のラッキーも制服で
ドッグフードを食べていた
あわてて二階に駆け上がって
制服を捜したけど見つからない
仕方なく普段着で外に出ると
隣のおばさんも制服で掃除
クリーニング屋さんも制服で配達
鳥もネコも街路樹まで制服姿で
悲鳴をあげそうな口を押さえて
電信柱の陰で震えていたら
向こうからラーメン屋のお兄さんが
制服姿でやってくる
思わず飛び出して立ちはだかって
自転車ごと突き飛ばし

気を失ったお兄さんの
無理矢理に制服を剥がして
サイズが違うのもお構いなしに
あっと言う間に
着替えてしまった




 
















  
000b 佐々宝砂

ネリリしたりハララしたり
 

火星の人類学者は、毎日毎日「お断り」ばかり繰り返している。「珈琲に砂糖は?」「いりません、ブラックです」「クリームは?」「いりません、ブラックだと言ったでしょ」というたぐいの「お断り」だ。甘いのが嫌いな人間にとって珈琲の砂糖は難行苦行のもとでしかないのだが、甘味好きにこのしんどさはわからないだろう。もちろん逆もまた真だけれども。

人付き合いが苦手で挨拶すらめんどくさがるような火星の人類学者にとって、人間関係の九割は重荷以外のナニモノでもない。もっとも火星の人類学者ですら孤独を感じることはあって、火星の人類学者を人間的たらしめている残る一割の人間関係がふと途切れるとき、火星の人類学者はとても鬱々になって、ネリリしたりハララしたりしたいなと思う。

火星の人類学者は、どんなに鬱になってもリストカットしたり人を憎んだりはしない。そんなことするだけの愛憎の激しさをもちあわせていない。その手のことが根本的にわからないのだ。わからないなあ、人間として私にはやはり欠陥があるのかしらと思うと、火星の人類学者はよけいに鬱々として、またネリリしたりハララしたりしたいなと思う。

でも、ネリリしたりハララしたりって、いったいなんだろ?

谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」にそんな言葉があったかしらと思って、火星の人類学者は自分の記憶を探る。「ネリリ」や「ハララ」じゃなくて他の言葉でもいいのだ。たとえば「くわあとる」する、って言い方、これはフレドリック・ブラウンの短編。それとも空を"kwim"する? これもブラウン、『火星人ゴーホーム』。要するに、意味の通る言葉でなくて、でもなんとなく「言葉」みたいな気がするものならなんでもいい。地上にある言葉でなくて、ものすごく違和を感じるここではないどこかの言葉みたいに感じられたら、それがいちばんいい。すごくいい。

つまりそれがしたいんだな、と火星の人類学者はぼんやり考える。自分自身をも含めて、地上の匂いがするものすべてが鬱陶しい。中島みゆきは嘘つきだ。地上に星なんかあるものか。地上にあるのはナマモノばかりだ。嫌いというほどではないし、憎んでなんかいないし、嫉妬もしないけど、面倒くさいしうざったい。でもほうっておく。みたくないものは、放っておく。

火星の人類学者は空を見上げる。そこに自分が属しているのだと信じていたい空を見上げる。自分は火星にいるのだと信じたくて見上げる。でも火星の人類学者は地球にいて、火星の人類学者は本当は人間で、火星の人類学者が観察しなくちゃいけないのは本当は空じゃなくて人間なのだ。

わかってる。わかってるけどわからないよ。あのひとはなぜ悲しむの。あのひとはなぜ怒るの。あのひとたちはなぜ。なぜ。ネリリしたい、ハララしたい、でもケンカしたくない、愛したくない、セックスしたくない、そんなのみんな面倒くさい。そんなのと関係なくネリリしたい、ハララしたい、誰か、この声をきいていますか? ごくごく薄い人間味のごくごく薄い愛憎をふりしぼりふりしぼり嘆きながら、火星の人類学者は今夜も遠ざかりつつある火星を見上げる。

存在しない記憶、やったこともない行動、みたこともない故郷のきいたこともない言語に、どうしようもなく、懐かしさを感じながら。どうしようもなく、ほんとうに、どうしようもなく。


***


「あのひとたちのやることはさっぱりわからない」と嘆いたら、「あのひとたちは愛憎が激しいんだろう」、と言われた。そりゃまあ、そうだろう、その通りだと納得する。さらに「さいきんあっちがわにいきたいのよ」と嘆いたら「きみは狂信者にはなれるが狂人にはなれないのであきらめなさい(w」と笑われてしまった。これはちょいと納得いかない。納得いかないが、そうかもしれない。愛憎が激しくない火星の人類学者は、狂人になれないのかもしれない。

しかし火星の人類学者だって昔からこう冷血だったわけではない。好きなものがあったし、好きな場所も、好きな音楽も、好きな人もいた。真っ赤になるくらい怒ったこともあったし、頭が痛くなるほど泣いたりもした。「好きだ」と言われて目の前真っ白ということもあった。考えてみたら、火星の人類学者は今もそんなに冷血ではない。火星の人類学者は実にいろんなものが好きだ。虫が好きだ。星が好きだ。蜘蛛が好きだ。魚が好きだ。猫が好きだ。SFが好きだ。血みどろB級映画が好きだ。草が好きだ。石が好きだ。コンパスと雲形定規が好きだ。「珈琲」と書いた時の字面が好きだ。だけど火星の人類学者は人間が得意でない。得意でないが人間関係は必要なものだと思っている。

火星の人類学者はきっぱりと好き嫌いで動く人間だ。嫌いなこと苦手なことはなるべくやりたくない。どうしても必要だと思われるなら人付き合いもするし現実には大変に愛想のいい人間だが、ネット上でまで愛想の安売りができるかこんちくしょうと思うのだった。

詩の定義づけなんかつまんないからどうでもいい。ちょいと前のベストセラー小説の話もどうでもいい。芥川賞をとった二人の少女の話もどうでもいい。火星の人類学者はいま誰の背中も蹴りたくないし、身体に穴をあける話も読みたくはない。火星の人類学者は人間にほぼ無関係なものを読みたい、人間界とほぼ無関係なものを書きたいと思っている。いま火星の人類学者に必要なのはそういうものだし、火星の人類学者はそういうものが好きだ。

自分に必要なものが何か見極めたい。火星の人類学者はここんとこ三年ばかり、自分ではなく人類に何が必要かそればっかり考えてずいぶん消耗してしまった。そろそろ自分のためだけに星を見よう、自分の大好きなもののために生きよう、と火星の人類学者はこころに誓ってみる。もともと、生きるのは、自分のためなんだから。誰でもない、自分のためのはずなんだから。


***


火星の人類学者は人類学者なので、今夜も地道に人類を観察しなくてはならないのだが気力が湧かない。やる気でないなあと思っているところに昔なじみの親友(先月結婚したばかり)から電話がかかってきて、しつこく夫のことを愚痴りまくられる。なんと慰めたらいいかわからないので「まあそれでもまえよりよくなったじゃん」とかなんとかお茶を濁してみる。

火星の人類学者は、それでも自分の友人には非常に親切だ。返せないような借金を抱えた男と結婚したがったこの友人のために、火星の人類学者はそれこそ東奔西走した。二人の親戚衆を説得し、こまごました借金を整理し、弁護士を紹介し、返せないんだからしかたないでしょうということで男を破産させた。さらに、結婚の立会人二人すら見つけられないこの恋人たちのために、自ら立会人となりもう一人の立会人をどうにか見つけてきてサインさせた。

つまりこの友人を結婚させたのは火星の人類学者なのだが、その火星の人類学者に向かって彼女は「とんでもない男と結婚してしまった、私の理想と全く違う」と愚痴りまくるのである。しかし離婚したら、彼女は目がとろけるほど涙を流し鬱になり、言葉激しく「私は死ぬ、自殺する、自殺しないとしてもストレスで心臓が悪くなって死ぬ」と火星の人類学者を脅すだろう。彼女は結婚前にもそうやって火星の人類学者を脅したのだった。

火星の人類学者は観察の結果を反芻し、冷徹に計算してみる。彼女が離婚した場合と、このまま結婚生活を継続した場合、どちらが自分に対する被害を最小限にできるか? 「現時点では結婚生活の継続が望ましい」と答をはじき出し、火星の人類学者は彼女に言う、「でも結婚してる方がいいじゃないの、離婚すると、また実家に戻らなくちゃならないよ」。彼女はおとなしく「うん、そうだね」と言う。彼女は自分自身の両親とおそろしく折り合いが悪いのだ。だからこそ結婚を急いだのだと、そのくらいのことは火星の人類学者にも理解できる。理解できないのは、誰かとそれほどまでに「折り合いが悪く」なれるという感情の激しさだ。

火星の人類学者は自分の両親と仲がいい。いや仲がいいというよりも、両親に憎しみを抱けるほどの理由を火星の人類学者は持たないのだ。ちゃんと喰わせてくれたし、学校にも行かせてくれた。虐待されたこともない。きちんと愛してもらったと思う。だのに火星の人類学者は火星の人類学者になってしまった、それで火星の人類学者は両親にすまないなあと思う。すまないなあと思いながら両親とつきあうから、折り合いが悪くなろうはずはない。火星の人類学者の家族は、近所でも評判の仲の良さを誇っている。

仲がよいとは必ずしも愛し合っているということではない、と火星の人類学者は考える。でもケンカしないし認め合っているし一緒に遊ぶし、それでいいじゃないか、何か不都合があるのだろうか、いやなんにもない。顔をあわせるたびののしりあい、そこらじゅうにとばっちりだの迷惑だのをかける例の彼女の家族に比べたら、ずーっといい。しかし彼女の家族は、なにかにつけ「私はおまえが可愛い」「私は両親が大切だ」と口にする。火星の人類学者にはそれがまた不思議だ。

人間とはわけのわからんイキモノだと火星の人類学者は思う。しかし、火星の人類学者もまた人間なのであって、火星の人類学者はそれを自覚している。


***


実は火星の人類学者は片思いをしている。もう何年かしている。火星の人類学者は結婚して十年で、適度に不倫する相手もあって、その手のことには別に不自由していないし不自由したこともかつてないのだが、それとは全く別な次元で片思いをしている。片思いをしたくて片思いをしている。片思いが両思いになっては困るので、必死になって片思いにしている。恋愛は片思いがいちばんいいやと火星の人類学者は考える。両思いになったら、会話しなくちゃならないし、デートしなくちゃならないし、そうだなにより会わなくちゃいけないじゃないの、めんどくさくてそんなことできない。

そんなわけで、火星の人類学者は、片思いの相手と一度たりとも会わないままひっそりと片思いしていてそれでまあだいたいは満足なのだが、あまりにも相手が無口で会話してくれない日々が続くと、ときどき、どうしようもなく鬱々になって、ネリリしたい、ハララしたいと思う。

火星の人類学者は、おおむね、その片思いの相手のことを、あるひとつの情報の集積と見なしている。火星の人類学者はその情報そのものと交接したいのだが、うまくいかない。うまくいかないのも当たり前で、相手は「あるひとつの情報の集積」である前にひとりの人間なのだった。火星の人類学者はそれを知っているのだが認めたくなくて、しょっちゅう相手が人間であることを忘れてしまう。

相手にはいい迷惑だ。そう思うので、火星の人類学者は好きな相手には話しかけない。

火星の人類学者が話しかけるのはまわりにいる有象無象だ。その有象無象はいろんなタイプの人間で、いろんなことをしゃべったりいろんなことをしたり泣いたり怒ったり笑ったり愛したり憎んだりしている。火星の人類学者は一生懸命それを観察する。でも、火星の人類学者は、今夜はもう疲れてしまって人類の観察ができない。できなくなっているけれど、今夜の火星の人類学者は恋しいしさみしい。愛してほしいのではなくて、なにかしゃべりかけてほしいのではなくて、でも恋しいしさみしい。

ネリリしたい、ハララしたい、あなたと、でも、あなたっていったい誰だったのだろうと、火星の人類学者は自問する。名前はわかってる、実在の人物だってことも知ってる、でも。ネリリしたい、ハララしたい、

ああ、わかった。火星の人類学者はやっと微笑む。あなたは「    」だね。一緒にネリリしよう、ハララしよう、


私はあなたを「くわあとる」してる。
















  
000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/

現代散文のための信念と技法について
 

ケルアックは1959年のエバー・グリーン誌にそのことについて書いている。私は時々、ビートニクについて書かれた評論を読むのだけれど、それで、たまたま、その文章を読んだだけ。でも、21項目にわたる「現在散文のための信念と技法」で、私が妙に納得したのは項目数が奇数で割り切れないってことと、7の倍数だってこと。
ケルアックは4番目の項目で「自分の人生を愛すること」って書いている。自分の人生を愛するって、なんだ?と私は思う。自分の人生を愛するってことは、例えば、落っことして砂まみれになってしまったロリポップキャンディーを拾い上げて、丁寧に砂を払うこと?ほら、やっぱり、私は何もわかっちゃいない。私は海のそばで育ったから、なんでもかんでも砂まみれ。アルミサッシの窓枠なんて醜悪なものだと思うけど、それでも機密性が高くないと、家の中だってお構いなしに砂まみれになるんだよ。アンテナだって塩害ですぐに錆びついちゃうし、そのうち、必要のないものに埋もれ、必要なものをなにもキャッチできなくなるに違いない。だから、いろんなものを見失って、そういうものがごまんとあって、そういうものがいつのまにか波に洗われて、再びこの世界に戻るころには、とっくに屍になっている。ジョージア・オキーフがサンタフェで描いた骨みたいに。
でも、ビートに必要なものは、街角だ。いや、公衆便所だ。もしかしたらヴェトナムだった。でもね、ヴェトナムは今や人気のアジアンリゾートだし、ヴェトナムコーヒーのべたついた甘さに耐えられる社会になりました。それに、私はレズビアンでもないし、フェミニストでもないし、ましてや兵士でもないし、男でもない。それに、私は、私の旅をおおかた終え、お寺とお墓ばっかりの古い町に住み、犬を飼い、芝生の手入れをして、農協の直売所で地元の有機野菜を買い、玄米は圧力鍋で炊く。薬は処方箋どおり。喘息患者は予防医学という言葉とともに生きているのだ。テオドール200r、ムコダイン2錠、フルタイド2吸入。抗アレルギー剤は名前を忘れてしまった。それは夜寝る直前にだけ飲む。それから不安に陥ると大きな発作を誘発するのでデパスも処方されている。でも、私は上記のように常に不安から遠ざかるようにしているのでデパスを飲む必要は減った。それにもかかわらず先生は常に31日分処方してくれる。やさしい人だと思う。デパスが山のようにたまっていく、それだけで不安が解消されて、不安を持ち続けるということから解放される。不安になるかもしれないという恐怖など知らない人がいる。自分の人生を愛するためにも、吐き出してしまえるものは吐き出してしまえ。それができない二枚貝は憂鬱になる。そして息も絶え絶え。いつだって悲しい、淋しい、苦しい、そして口惜しい。「現在散文のための信念と技法」で言えば15番目の項目。「内面の独白でもって世界の信実を物語る」とケルアックは書いている。だめじゃん。見極めろ。世界の真実。内面の独白。凪の風景に生きている私。裏腹にストーミィなエイミィが嘘をつく。ほら、もうすぐ冬が来るよ。ダウンジャケットとマフラーとお気に入りのブーツ。それからホットバタードラム。でも、忘れないで項目の三番目でケルアックは「自分の家の外ではお酒を飲まないようにする」と書いていること。



参考文献

1992年 思潮社
ビート読本 ビート・ジェネレーション
---60年代アメリカンカルチャーへのパスポート
より
現代散文のための信念と技法 
ジャック・ケルアック
訳 城戸朱理
















  
0115 伊藤 透雪
http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/

火星にて
 

赤い大地
まだ 誰も立ったことのない星の
土の上へ
そっと足を踏み出すと
土埃が ゆっくりと舞い上がる

一人立ちつくすように
彼方を見渡すと
蜃気楼も立たずに
熱気だけが反射する

この星に水が揺れていたのは
いつのことだろう
枯れ果てた大地の奥底に
今も流れていると
信じたいけれど
渓谷(たに)をなし
豊かに流れていた水は
今は氷の中

騒がしい地球を抜け出して
舞い降りて来た、
静かな赤い星で
わたしは歌う
絞り出した声が
薄い大気を突き抜けて
宇宙(そら)へと拡散する

わたしはどこにいても、人。

こころに愛がある限り
歌は 愛を語り続ける
静かな 赤土の海で
一人
宇宙(そら)と渓谷(たに)へ向かい
歌うのは
懐かしい 人々を
思い浮かべて
今も 生きる 愛の歌

喧騒を嫌って飛び出したはずなのに
わたしはここにいると叫ぶ
何だか不思議な気分
















  
0116 茜 幸美
http://pucchi.net/sachimi/

ふたつのライン
 

ただいまとドアを開けると
部屋は思いのほか散らかっていた
ここのところのぎゅうぎゅうに詰まった時間のせいで
そこにはそれなりに過ごした毎日が散らばっていた

絶対に交わらないふたつのラインの
もう一方を
きみは確実に歩いている
きみにきみのためのラインがあるように
ここにはぼくなりのラインがある

ラインからぴょんととびおりて
向かい合って同時にひとやすみした
あの時間が少し特別だっただけのこと

何もかもが終わって
ただいまとドアを開けると
そこには壮絶な孤独が待っていた

ぼくはこの部屋をひきはらい
次に行かなければならない場所がある
ラインとラインがどれだけ離れても
それは限りなく平行に続くと
信じてぼくはドアを閉じよう
















  
0125 赤月るい
http://blogs.yahoo.co.jp/instinct1106

詩人になった子
 

あなたの娘は 詩人でした

いい子だった私は
優等生だった私は
長女だった私は
明朗活発だった私は

私は 詩人だった

私は 詩人でした

歯を食い縛った娘は
反逆した娘は
死にそうだった娘は

泣いていた娘は
やせ細っていた娘は

今 
この二本の足で
詩人として 立とうとしている

この世に
この地に 
二本の足をつき
歩き出そうとしている

娘の影には
いっぱいの涙と
抱えきれないほどの後悔と
重たすぎる過去

消えはしない罪悪感
情けなすぎた姿
起こしてしまった悲劇

そして
溢れんばかりの愛情が
周りから一斉に注がれた愛が

気高く薫っている

娘よ

今 
飛び立て 
栄光の未来へ

















  
0127 e-came

キセツノカケラ
 

あの頃 あの街に 愛されてた


サクラ咲く頃 君を見た
定禅寺の木々が瞬く頃 君に触れた
水面が光を強く弾く頃 君と歩いた

移ろう季節

君の家のキッチンに
コオロギが住んだ

夜になると よく鳴いたね


空から白い花びらが 落ちる頃
君の翼が片一方
僕の翼も片一方
鈍い音を立てて 崩れた

世界が無になった

君のコオロギは
いつの間にか鳴かなくなっていたね

冬の空は高い
控えめな木枯らしが 体を通り過ぎる


かじかんだ手で 車にキーを差し込んだ
サイドミラーの隙間から
サクラの花びらが ひらりと落ちた


キセツノカケラ
それをそっと手に含んで
君を迎えに行く

移ろう季節の中で 君は迷子
移ろう君の中で 季節が迷子







2005/11/15発行

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)
ページデザイン芳賀梨花子/CG加工 Ryoko'Vivian'Saito)