蘭の会 2005.8月詩集




逃げ水  ライトハウス
なつにとけてゆく(短歌)  正しく美しく
melt  Dear My Anney
The grasshoppers in the rain  Aloha 'Oe  




















  
0003 九鬼ゑ女
http://home.h03.itscom.net/gure/eme/

 逃げ水 
 

どこまで行っても
あなたとわたしの 距離は
あの日のままで
追いかければ
また一歩 あなたはわたしから 遠ざかる

だから こうして 
ゆらゆらと 陽炎揺れる 
この眩しい光の真下で
わたしは 膝を抱えて
泣いてみる

置いてきぼりの わたしの影を
どうしたものかと
考える振りで
振り返ってもくれない
あなたの後姿に
手を翳(かざ)しては 目を遣るの

きらりと
ぬるりと
わたしを 嘲笑(あざわら)ったのか
わたしを 憐憫(あわれ)んだのか

陽光(ひ)は まだ頭の上に
時を乗っけて
逃げるあなたを 追わせようと
わたしに熱く 熱く 囁くばかりで


↑うえ
  
0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm

ライトハウス
 

氷の国から吹く夜風
かかとの音だけが あたりに響く
真っ暗な海に浮かぶ 上弦の月を道しるべに
駅から数分歩けば
あの角にともし火が見える

昔 ライトハウスという小さな
木のドアのパブがあって
暗いカウンターの向こうで
シャツをまくった腕が 白いカップを磨いていた

今夜もカウンターの左はじに漂着
居場所を見つけた気がしていた 

初めて二人で歩いた
明るいお日様の下で

友達のアルバイト先を訪ねると
彼女は「ふたり、兄妹のようだね」と笑った

昼間の彼は思ったより華奢で
うつむいてタバコを吸う頬に
苛立ちが見えた
「こんなのは今日だけにしてな」

夕暮れ ひたひたと近づいて
ともし火は
突然の小さなつむじ風にかき消えた

ライトハウスは思い出になり
また 川底に竿さし 不安定な船をこぎ出す
二十歳の頃


↑うえ
  
0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-world

なつにとけてゆく(短歌)
 


さらさらと鳴る木陰想う立ち尽くす纏いつく恨み微熱の真昼

腕ごしにスポーツドリンク温みゆく、旧式レジに跳ねるうたかた

海沿いのプールサイドで分け合っただんごのたれは不平等です



橋に居て墜落してゆくゆめをみて湿った砂のにおいの雨で



眠る窓こつんとひらく睫からわたしに透ける銀河のひとつ

鎖骨から熱の鼻梁を感じつつ背中のくぼみをたしかめていた



夕立は魚にだって動揺です必ず終わりのときが来るから


紫のまだらが黄ばみ薄れてく膝小僧に似た夏かもしれない




かるかのん、かるかのんって呪文みたい。泳ぐてのひらさますまどろみ


↑うえ
  
0093 ふをひなせ

正しく美しく
 

この名を持つ人に会うのが
数年早かったら
きっとからかうような心持ちで
唇の端を歪めていた

あまりの明快さに
気恥ずかしさを覚えているうちに
強い厳しさに気づく間もなく
人はそうとは知らずに間違える
気づかぬうちに汚れてしまう

次は容易く間違えて
あっと思っても踏み違えて
やがて転がるように外れて行く
小さな汚れに見て見ぬふりをして
ふたつみっつと開き直って
やがて汚れることを躊躇わなくなる

人に笑われる前に
自分を嘲笑ってしまおう
そんな自分をさらけ出すように
唇の端を歪める

間違えた私は
汚れた私は
だからこそ
恥かしげない姿勢で
この名を持つ人との出会いに感謝して
ひとつの夢を意志を持つ
正しく
美しく


↑うえ
  
0097 陶坂藍
http://www.keroyon-44.fha.jp/

melt
 

青すぎる空
無風の町
夢の中の景色みたいに
誰もいない無音の住宅街

道の真ん中に揺れる陽炎の上で
つがいの蝶がひらりひらりと舞いながら
まるで初めからひとつだったみたいに
ゆっくり蕩けて混ざり合う

許された時間はひと夏

ねぇ
私たちもああやって
蕩け出した輪郭の外側の
甘い上澄みだけ舐めていようよ

すぐに覚めるなら
すぐに消えるなら


↑うえ
  
000a 宮前のん

Dear My Anney
 

アニー
約束したじゃない
あれからずっと待ち続けている

あなたと初めて出会ったのは
子供部屋の鏡の前
ママに叱られて
私が泣いていると
いつの間にかあなたがいて
一緒に泣いてくれた
私が右手をあげると
あなたは左手をあげて
笑わせてくれたわ
ねえアニー、私達
あれからずっと
親友だったわね

あなたの髪が肩まで伸びて
私と同じになった頃
私たち恋をしたわよね
あれはハイスクールの
ロビーの真ん中で
私がバラまいた本やペンを
一緒になって拾ってくれた彼
あの時、あなたは本当は
テラス側の大きなガラス窓から
彼を見ていたのよね、アニー
あなたも同じ人を

だから私が
初めてのデートでキスをした後
ベッドルームで私を見て
青ざめていたんでしょう、アニー
私があまりにも上気した頬をして
目を輝かせていたから
判ってしまったのね、きっと

だからって、ひど過ぎるわよ
あんまりだわアニー
図書室の天井にある球面ミラーに
彼と他の女が本棚の陰で
仲睦まじく抱き合うところを
わざわざ映して見せるなんて
あのまま知らなかったら
いいえ、
いつかはきっと、
でも、


ごめんね、アニー
本当に許せないのは
彼の方だったのに
私は過ちを犯してしまった
だって思わなかったのよ
まさか私の投げた電気スタンドが
寝室のドレッサーに当たって
粉々に砕け散るなんて
その瞬間からアニー
あなたは二度と現れなくなった
少したってから気が付いたわ

どうか、アニー
許して、そして
帰ってきてちょうだい
昔みたいに笑って欲しい
あなたが居なくなってから
私も死んでしまった
彼を失った時には
怒りしかなかったのに
あなたを失ったと気付いてからは
暗闇と悲鳴が渦巻いているの
ドクターは私に
君は治ったのだと言うの
いいえ、違う
どうか、アニー
鏡の中の私の分身
今、鏡に映っているあれは
違うの、あなたではない


アニー
私たち一生仲良しって
約束したじゃない
どうか、アニー
あれからずっと
あなただけを待ち続けている


どうか、アニー
出て来て、アニー


愛してる、アニー



 


↑うえ
  
000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/

The grasshoppers in the rain
 

ぼくの名前はシニ、
でも名前なんてそんなに重要なことじゃない。

その日は朝からひどい土砂降りで、
ときどき雷も鳴っていたから、
サニはとびっきり不機嫌だった。
こんな悪い日にはきっと、
金髪のミアは寝たきりで目を覚まさない。
それでもぼくたちは薬草を摘んで出かけた、
ノックすると粗末なドアが開いて、
赤毛のアミがいきなり「ありがとう」と言った。

いつものように薬草のお礼は果物。
今日は溶けそうにやわらかないちじく。

談笑するふたりを残してぼくはひとり抜け出す、
掴みとったいちじくの皮が破れてぼくの手を汚す、
アミ、このいちじくはあんまりかよわいよ、
あんまり甘すぎるよ、アミ、
あんな目でサニを見ないでほしい。

サニはサニでミアを見ている。
そしてミアの盲いた目は、
誰も見ない。
きっと。

それにしてもひどい雨だ。

どこに行くべきか思いつかないぼくは草原を走る、
ぼくはサニみたいにたくましくない、
アミみたいに背が高くない、
ミアみたいに未来を見られるわけでもない、
ぼくは、ぼくは、ぼくは、

空が光った。
視界が白熱した。

落雷という言葉を思いだしたのは、
目覚めてからだ、
ぼくはつめたい膝に頭を乗せていた、
ぼくはお礼も言わずに飛び起きた、
つめたい膝の持ち主は、
白い髪に赤い目、
ぐっしょり濡れた服から透ける胸は、
ぼくと同じようにたいらだった。

あいつの名前はカイ、
でも名前なんてそんなに重要なことじゃない。




(「カイとわたしの物語」の前日譚連作「カイとぼくらの物語」より)


↑うえ
  
000c 芳賀 梨花子

Aloha 'Oe
 



私は何度あなたの名前を呼んだのだろう。降りそそぐ太陽から守られたところで、あなたの名前を何度も何度も呼んだ。あげくのはて、私は私の夏の心を抉りだし、マルガリータのピッチャーに放り込んでしまった。それは八つ当たりというのよとシェードリーブスがザワザワと噂話。しょうがないのよ、私の夏の心は色を失ってしまったの。あなたの名前を呼ぶ声が耳の奥のほうへ遠のいていく。ひねもす。ただ私はテラス泣いている泣き女。スカートの裾から伸びるサンダルを引っ掛けた生気のない生足。剥げてしまった紅いぺティキュア。たぶんベンチの角にぶつけてしまったの。ああ、夏が終わろうとしている。ワンピースのアームホールから覗く日に焼けた肩。少しそばかすがある胸元。太陽の忘れ形見みたいな長い影。西の空も染まっていく。そろそろ夜が近づいてくる。でも、夏の夜が騒がしくってよかった。夏の心を失っても、夜ならばどうにか生きていける。騒々しい闇に紛れてしまえばいいの。そうだわ、私も歌いましょう。あなたの名前を呼ぶのをやめて、失ったものを追い続けるのをやめて、騒がしい夕闇に紛れて歌います。さぁ、グラスを持ってきて!カクテルグラスなんてきどってないで、とびきり大ぶりなやつを!うんとライムを搾ってちょうだい!私、歌を歌うから。



Aloha 'Oe

Aloha 'Oe
Ha'aheo ka ua i na pali
Ke nihi a'ela i ka nahele
E hahai ana paha i ka liko
Pua 'ahihi lehua o uka

Aloha 'oe, aloha 'oe
E ke onaona noho i ka lipo
A fond embrace a ho'i a'e au
Until we meet again


↑うえ




2005/8/15発行

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