蘭の会2005年6月詩集「声」 (c)蘭の会 AllrightsReserved












モノフォビア・・・孤独という名の  メロディ  
さなかの声から(短歌)  声(短歌)  
父の言葉  かけらのゆくえ  音叉
別離  目覚めよと呼ぶ声の聞こえ
雨季  close to you
脳が見る世界  聞こえてくる声    




























0003 九鬼ゑ女
http://home.h03.itscom.net/gure/eme/

モノフォビア・・・孤独という名の
 

何度か試してみました

なにも見えないこの場所で
私を呼ぶ声がするので
耳を欹てるのですが

声は
あっというまに
どこかに攫われてしまうので
なにを言っているのか
聞き取れません

たとえ見えていたとしても
ひとりぼっちでいることに
変わりはないことだけは
わかっていましたから
しかたなく手探りで
歩いています

それでも
時間だけが
コトリともせず
素通りしていくのが怖くって
早足で追いかけては
孤独と言う名のその人に

まだかしらん?
まだかしらん?と、
何度も問うてみるのです

だから
答えてくれますか
そう、ゆっくりと

 

 









0015 丘梨衣菜

メロディ
 

その声を聞いていたい
いつもそばにいてほしい

すれ違う人が口ずさむ

あなたの歌が 美しいのは
心のどこかが欠けているから
黒眼がちの強い視線を反らさずに 
君は言う

望みはかなう 

という歌で 乾かない涙を
流してしまうのは
心に足りないものがあるのだと
宵闇に沈みつつある海を見つめ 

黄金色に照らされていた
凛々しい横顔も 闇に溶け
一人ぼっちの夜は嫌いだからと
手を探る

君の足りない何かを
かすかに繋がる指先から
触れそうで
遠い唇から
静かに流し込めれば

揺らぐ物思いは
濡れたままの心に埋め込んで
君は先を歩き出す

少しずつ無くしてきた物と
溢れ出てくる物
伝える術を持たない
君は
僕にだけ美しい旋律を奏でる

やわらかなベルベット

何かをあきらめた君が
いつかどこかへ行ってしまうなら
繋いだ手は離さずに
笑い声を連れて

僕の願いはひとつだけ

 

 









0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-world

さなかの声から(短歌)
 

「声色」を「怖い色」だと思っててゆびの骨じゅうかみつく吐息


撥ねあがるフェイドアウトを待つ爪がシーツの波に溺れ三日月


鉄まじりの声に鼻をつまんだ日なみだの由来を改札で訊く


汗だくでパスワードはじくメガホンが甘い言葉は要りません、と夏


なかゆびで喉の尖りをころがして昨日の声の輪郭は何処


鈍色の水面にひかる思い出が月にかたちをなくしてゆきます


灯台で知った地球のまるいこと見上げるばかりの君を測れず


振り向けどふりむけど香水のごと声はジュゴンの泡にはじけた


さかな色うろこはちのこ真珠貝きらきらひかってさわれないもの


水底に翳るひかりが生む波紋つまりは君の声ということ

 

 









0089 柚月椎奈

声(短歌)
 

告げられぬ思いを笑顔でひた隠しこころでそっと君の名を呼ぶ

綴れない言葉(おもい)を胸に押し込みてそらす話題の響き空しき

違う名で我呼ぶ君の声を聴き人に話せぬこの恋憂い

最後まで聴けないものと知りつつも「愛してる」の声期待する夜

どれほどに巧みな言葉捜しても「好き」しか言えぬ一途な想い

伝えたい気持ち半分飲み込めば君の心に届くも半分

不確かな愛の言葉に踊らされ膨らむばかりの恋もてあまし

街角に響いた曲に足止める思い出すのは君の歌声

 

 









0093 ふをひなせ


 

言葉はいつも追いつかない
思いは
先へ
次から次へ
周回し
消え
蘇り
言葉はすでに心の軌跡
轍をなぞり
拾い
篩い
繋ぎ
私の音に乗せるこの言葉を
あなたは聴いてくれるだろうか

 

 









0096 土屋 怜
http://blog.livedoor.jp/cat4rei/

父の言葉
 

小柄で気のちいさい父

結納返しの日
夫になろう相手の親に
「娘には、農家の仕事を手伝わせないで下さい。
 そのように、育てていませんから」
お酒の力を借りてきっぱりと
言い放ってくれた

父が逝った今も 耳に残る響き
くり返し くり返し
たどってみる父の想い

ごめんね
未熟な娘は
未だ迷いは絶えないや

 

 









0097 陶坂藍
http://www.keoyon-44.fha.jp/

かけらのゆくえ
 

ちっちゃな唇からこぼれ出す
「あのね」で始まるその声は
今日一日のきらきらを
たっぷり含む水玉になり
私にそっとふりそそぐ

ひとつたりともこぼしたくない

耳を澄ませ、腕を伸ばすけど
頭の中で大音量のノイズ
どうしても上手く捕まえられない
「あとで」と耳を塞いだら
ばしゃり!と床に弾けてしまった

慌ててかき集めようと
その行方を目で追うけれど
あまりにいちいち光るから
ぎゅうっと固く瞼を閉じた

そのかけらはいまどこに

眠りについたちっちゃな頬に
ひとおつふたつくっついて
明日はちゃんと拾えるように
ふかふかお布団を用意しよう
ちっちゃな頬に誓ったら

あれ、こんなところにも

私の目からひとおつふたつ
昼間のかけらが落ちてきた

 

 









0099 叶
http://www.geocities.jp/sirotanhouse/page049.html

音叉
 

揺れる心にこだまする

甘く痺れるその声は

胸の鼓動と歌いだし

私のすべてを支配する

 

 

叶 さんの詩はこちらのHTML版でもお楽しみいただけます。









000a 宮前のん

別離
 

そのまま背中を
押しておしまいなさい、

耳の奥から声がしたので
迷わず押してしまいました

あなたは悲鳴をあげる暇もなく
いらなくなった人形のように
ただ呆然と落ちてゆきました
黒い靴が片方だけテラスに残ったので
夢じゃないんだと判りました

愛している
愛しているよと
読経のように繰り返して
まとわりつき、
からみつき、
拘束し、
窒息させ、
そして殺させたのですね、
お父様

本当は
自分が飛びたかったのだ
自分で飛びたかったのに、

空を見ながら呟きました


 

 

 









000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/

目覚めよと呼ぶ声の聞こえ
 

かあさんは裏庭にチガヤを植えなかった。
壁を緑に塗らなかった。
とうさんは健康的に山を登り、
かあさんは家で本を読み、
かあさんはおもての庭に紫陽花を植え、
家の壁は地味な灰色に塗られた。

ながされてきたのよ。
おおきな波。
しろくあわだつ波、
チガヤの穂のような、
しろくなめらかなこまかい泡の波、
秋には赤く染まる波。
帰りたい、帰りたい、
でも、おまえがいるから帰らない。
風に耳を澄ませなさい。
おまえには聞こえるはず。
わたしにはもう聞こえないけれど、
おまえにはまだ聞こえるはず。
覚えておきなさい、
七回目の大波がきたときに、
乗り遅れたら、
もうおしまい。

わたしの裏庭にはチガヤがない。
わたしの壁は緑ではない。
わたしの夫は健康的に釣に出かけ、
わたしは家で本を読み、
わたしはおもての庭に忍冬を植え、
家の壁は薄いベージュに塗られている。

夜半に目覚めるたび、
視界いちめんに黄色と黒の市松模様、
アール・デコ調のそれが、
かあさんの言った波とは思えない。
思えないけど、
もしかしたらそうかもしれない。
風に耳を澄ませば、
かすかに海鳴り、
あれは、
あれはほんとうにそうなのかもしれない、
でも何度目かわからない。

目覚めよと呼ぶ声の聞こえるはずもなく、
わたしはここにない目を閉じる。

 

 









000c 芳賀 梨花子

雨季
 

  さよなら。ひとりぼっちで家にいたら、クーラーが熱い風を噴出して、私はなにもかもいやんなった。さよなら。町中が重い海風で湿っている夜になにかを考えるのはよそう。セイレーン、私は叫んだりしない。もう、二度と船乗りを誘ったりもしない。私はしばらくぶりに自転車に乗るんだ。船着場のない海辺の町の、仲間入りできない静かに寝静まった住宅街を抜けて、盛り場って言うほどじゃない海辺の町の駅前まで走る。おおかたシャッターが閉まっている商店街に、ぽつぽつとさえないネオンサインが輝いている。たぶん、それは、ちょっといかがわしいお店。セイレーン。町中のバーをまわれば友達がどっかで飲んでいて、私はきっと話し声を枕に眠りにつく。

さよなら

  私は、ひとり、終バスが行き過ぎたターミナルをぐるぐるとまわる。かもめみたいな白いホットパンツ。はみ出したお肉にサドルが食い込む。酔っぱらいに「おねーちゃん」と声をかけられた。私はクソオヤジにはクソオヤジと言い捨てる。あんたの声を聞きたかったわけじゃないんだ。悪いね、クソオヤジ。そして、教会へ続く路地へ、ペダルを思いっきりこいだ。海まで500メートルぐらいのところに佇む闇があって、その闇に埋もれることない白いイエズス様が、私は好きだ。子供の頃、むかいの図書館に行くといっては、暗くなるまでイエズス様を眺めていた。でも、今夜は教会の庭に咲く露草を摘む。明日は雨がひどく降るだろう。私が生まれた日のように。

今宵の空に
星が、月が、朧に輝く
どこに行けば
この所在のなさは救われるの

  海まで一気に走ろう。さよなら。汗と湿気で束になった髪でさえ、海から吹き上げる潮風になる。ぐんぐんと、普段使わない腿の筋肉が足から分離しそうになるぐらい、自転車のペダルをこいで、海へ。でも、私は海が嫌い。砂浜へ続く歩道橋の上で立ち止まる。国道、西へ東へと、ひっきりなしに走る車列。残されていく光を束ねては解きながら私は泣くだろう。セイレーン、あなたの歌声はまるで悲鳴のようだ。自転車のハンドルを強く握って、歩道橋のスロープ。防砂林の憎たらしい隙間、肌にまとわり付く砂、それは、まるで過去みたい。だから、私は自転車を金網に立てかけた。タンクトップのアームホールから伸びた腕に渾身の力を込めて、金網をよじ登り、向こう側にジャンプする。左膝のちょっと下を錆びた金具で傷つけた。真っ暗な水をたたえた夜のプール。飛び込み台のところにきちんと洋服をたたんで、私は水になる。国道を通る車の音も、セイレーンの悲鳴も消えた。さよなら。でも、これはあなた声。聞きたくて、聞きたくて、でも、他の音がするところではもう聞くことはできない、あなたの声。音がない世界にだけ、あなたの声が響く。さよなら。私もあなたに言う。私の声は塩素のにおいのする泡になった。さよなら。乳房が水の抵抗を受けて自分の身体から離れていく。水面を目指すと、膝から下、肘から先が、液体になってプールの底へ沈んでいった。だから、魂だけでも水面に向かう。息をすることが、こんなにも自然で単純な動作だったのかと驚く。もういちど水になることへの恐れを捨てる。セイレーン、私は怖くなんかない。イルカのひれみたいに、水を切って、一気に25メートル、くるっと回ってプールの壁に魂を叩きつける。ぐーんと水中に伸び消える。残るのは、あなたの声だけ。さよなら。セイレーンの声に惑わされるのは男の人で、私は女。あなたの声しか聞こえないプールに消える。あなたの声で満たされた、しあわせな季節。

六月、やがてくる七月
雨が降る
人の心のように
やさしく、時に激しく
四角いプールの水も形を失い
留まるということを忘れる



 

 









0112 深畠みな [旧:なちゅ]

close to you
 



そばにいるくらいで

どきどきするのなら

その後は

どうすればいいの?



close to you



近づく度に



鼓動

聞こえちゃうよ

 

 









0115 伊藤 透雪
http://tohsetsu-web.cocolog-nifty.com/shine_and_shadow/

脳が見る世界
 

声色、声音、間
ヒトは言葉で伝えようとする
自らの脳が知った情報、
脳が思う何かを

脳に組み込まれた翻訳機は
自らの言語へ翻訳する
勝手に 納得したり
わからないと不満を呈したり
間違っていると言ってみたりする

他のヒトの脳で感じること
他のヒトの目が捉えた光の色や像
他のヒトの耳が捉えた音の流れ
それは「差異がある」ことを
しばしば忘れて
大脳を共有しているような
錯覚を起こす
「常識」

   私の脳は全ての音を感じ
   取捨することはできない

   私の脳は声色や声音、間から
   他のヒトの感情を推察しにくい

ヒトの世界は
ヒトの脳が見ている世界にすぎない

常識という意識は
脳が見て聞いた記憶でしかない
世界は非常識で満ちている

 

 









0118 紫桜
http://www.geocities.jp/beautyundermoon/

聞こえてくる声
 


流れ込む大量の情報を検討する
客観的な結論は何か
妥当な解決策は何か
出した答えは本物なのか

ふと
思考を止めて
心を空洞にする
雑音を消し去り
心音と耳鳴りを聞く

そうだ
大量の情報なんて関係ない
客観的な結論が正しいとは限らない
妥当な解決策に納得できた試しはない

そうなんだ

静かに耳を傾ける
内なる声は
湧き上がってくる声は
何と言っている

その声が答えだ

本物になるために
いばらの道を進め
何を躊躇する
何を怖がる
それ以外の道を選択することのほうが
よほど納得できないくせに

かき消しても聞こえてくる
内なる声
湧き上がる声
その声がきっと連れて行ってくれる
この人生のずっと先まで

きっと連れて行ってくれる

 

 













2005/6/15発行

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)
(ページデザイン/CG 芳賀梨花子)