(c)蘭の会

五月詩集「風」











海鳥  病棟ピクニック    風に花びら  
北風と太陽  一陣の風  モチーフ
風に吹かれて  つむじ風
新茶の季節<真夜中編>
五月、まだ肌寒い山荘にて  













0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm

海鳥
 

南の空から 旅して来たお前
胸に顔をうずめると
潮の香りがする

私が暗闇で
凪のような静かな呼吸を
一度、二度と 数えていると
お前は語り出した 旅の話
  
飛影を低く落とし 春風と駆け抜けた
暖かい緑のくさはら

波頭を白くはじき 
弾丸のように とびうおと競った
太陽にキラキラと照り返る大海原(おおうなばら)

でも
まあるい胸の熱い鼓動は
触れた私の手を
私が待っていた一言を 力強く跳ね返す

残された見慣れぬ色の花びら一枚 
夢の 置き土産

闇に誘われた風の使者 勇敢な海鳥は
ツバサを広げ
再び 黒い風に乗った

どうか翼をおらぬよう 月明かりたどれと 
旅路を祈るだけ
この身 どうすれば 風に溶けるのか

日の出のほうへと 
ひたすら 流れ 流れたら
海鳥の群れに 追いつくだろうか

お前達の 大きな翼のあいだを
くるり くぐり抜け
胸のうぶげを くすぐるのだ

潮の香りとなり
くさはらの香りとなり
はるか眼下 箱庭の世界を眺め
喜びに 小さい風の渦となりながら
海鳥達と どこまでも旅するのだ

ただ 寄り添っていたい

 

 










0043 鈴川夕伽莉

病棟ピクニック
 



あったーらしーいー あーさがきたっ
きーぼーおの あーさーだっ

お馴染みラヂヲ体操の歌でございます。
続く「歓びに胸を開け」は何だかえっちなフレーズだと思います
こんな時には相応しくありません。

病棟の東の空がしらじらと明け始めれば
今晩のお勤めも終わりなのだなあと
実感するわけです。
勿論、突然ドクターコールが鳴って
「救急隊より、3歳熱性痙攣女児の搬入以来あり。
40分以上痙攣が止まりません。受け入れ出来ますかっ?!」
なんてことになる可能性も十分ありますが
ひとまず、あと数時間で当直時間帯は
終わりなのであります。

がらりと窓を開けます
(先生、虫が入るので止めてください)
ええでもごめんなさい、
一瞬だけでも風を吸わせてください。

病棟の真向かいにはちいさな
パン屋さんがあります。
もうすぐ出勤を始めるサラリーマンや
OLのお姉さん達のために
小麦を焼く匂いが風に溶けています
デニッシュペストリー
チーズの載ったバゲット
シュガープレッツェル
ハーブチキンサンド

聴診器を投げ白衣を脱ぎ捨てて
強烈に青みを増す空まで
ピクニックに出ます。
寝息をたてる病棟の
子供達の夢にはドラえもん
タケコプターすら入手できない
21世紀の私達ですから
窓枠に足などかけてはなりません。
では、どうするのか。
私個人的には
古い病棟が南向きであることに
責めてもの感謝を捧げるのが
良いと思われます。

(先生、いい加減窓を閉めてください。)

世界中のどの朝を探しても
希望の朝である確証など
見つけられませんが、
世間知らずの私は取り敢えず
今日いちにちの仕事の段取りを
立て始めるのです。
(誰それは予定通りステロイドの
 減量が出来そうだ
 誰それは今日こそ泣かずに
 MRIが撮れるだろうか …)

ドクターコールが鳴ります
「救急隊より、3歳熱性痙攣女児の搬入依頼あり。
痙攣は止まりましたが白目をむいて
呼びかけに応じません。サチュレーション70。
受け入れ出来ますか?」

ビンゴ。
(ていうかそれ、痙攣続いてるやん。)

酸素マスクと静脈ルート確保、
ドルミカム静注の準備を
始めることにします。

 

 










0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-world


 

つかまえようと思う間もなく
一瞬で駆け抜けた

懐かしい花の香りは
僕の元にめぐる

そんなふうにこの恋に
またいつか出逢うこともあるだろうか

振り返った その向こうに
視線をさまよわせ
あてどなく歩き続ける
もうすぐ日も暮れる

 

 










0071 阿岐 久
http://www1.ttcn.ne.jp/~akiakiaki/

風に花びら
 

吹雪のようだった
空間は花びらで満ちた
強風は高台に押し寄せ
私をも呑み込む

さようなら 
春の桜 小さき花びら
さようなら
風にゆく 命のかけら

差し伸べた手は 空を掴む
潔く 私を通り過ぎる

あの花びらは 何処へ

 

 










0072 諦花
http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/poem/kurara.htm

北風と太陽
 

気が付いたらあなたが隣にいて
嫌いなのに嫌いなのに
手を繋いでいた
どうしたらいいの
話なんかしたくないのに
目が合ってしまう

優しくされたら拒めない
自分に気持ちが良いことは
好きと言われたら憎めない
冷えているのは辛いから

嫌いなのに嫌いなのに
あなたは手を繋ぐ
わたしは何もしてあげなかった
ひとり凍える北風
あなたは太陽
愛さない愛さない

 

 










0079 鈴木倫子
http://www.geocities.co.jp/Bookend/1714

一陣の風
 

鎌倉の材木座海岸あたり
江ノ電の踏切を渡ると
風の向きが変わった
磯のほのかな香りと共に
海風がやってきた
ほほにあたり
髪を触れられて
はにかんだ私など気にもせず
風は海から陸へと吹いてゆく

鎌倉時代
この海岸は古戦場で
日々合戦に明け暮れた
つわものたちの骸が眠っている

海の向こうにあるものなどには
目もくれず
海に己の血を流し
倒れていったものたち
その砂浜をしっかりと踏みしめると
一陣の風の声が聞こえた

 

 










0093 ふをひなせ

モチーフ
 

「君は詩を書き続けてごらん。何かモチーフを決めるといい」
そう言った貴方の横で私の頭は硬直していました
助手席の窓を流れる 花 空 木々・・・
そのどれもが穏やかに光り輝いて
けれどどれもがあの頃の私には二の次三の次に感じられて
本意ではないと承知しながら河を選びました

一日ひとつ 何か一行でも
だけど私は書けなくて書けないことが苦しくて
貴方はそんな私を窺い気遣い
微笑んでいるうちに刻々と過ぎ
貴方は帰らぬ人となり



貴方を慕(おも)って佇んだ
十一月の風が憶い出させました
子供の頃から
どんな風も私の心を澄ませるものと

貴方が読んだら何と言うだろうと多々思いもしますが
貴方に捧げる為でなく
私自身の為でもなく
折々の風をこの身に享けて拙いながら綴っています

 

 










0097 陶坂藍
http://www.keroyon-44.fha.jp/

風に吹かれて
 

あのとき確かに風が吹いたんだよ 

分かれ道に立つ人の前を
すぃーっと一筋
風が吹き抜けるのだと
少しだけ笑って
あなたは言った

今ならわかる

絶体絶命なあのときも
煮え切れなかったあのときも
私が今こうして
あなたといるのも

私の中を
風が
吹き抜けたからだ

どうでもいいと
大の字に
素っ裸で寝転べば
はるか遠い大陸の
ただっ広い草原から
心を震わす
風が吹いてくる事を

そして
いつしか最良の選択を済ませている事を
私は知っている

 

 










000a 宮前のん
http://www31.ocn.ne.jp/~mae_nobuko/

つむじ風
 


ベッドの中で目が覚めたら
私は風になっていた
びっくりして飛び起きても
布団は重くて跳ね上がらない
急いでドアを開けようとしたら
するするっと隙間から外へ
そのままサッと階下へ降りると
皆が朝食を取っている
父さんの新聞めくりあげ
母さんのエプロンゆらめかせ
姉さんの髪をちらしても
誰も私に気が付かない
今日は肌寒いな、と父さん
やだわ埃っぽくて、と母さん
髪がまとまらないわ、と姉さん
だからってどうしようもない

しょうがないからカーテンを開け
窓の外へと飛び出すと
タコやコイノボリや風車を捜して
5月の光の中を走り出した




 

 

 










000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/

新茶の季節<真夜中編>
 

玄関を開けると ふっ と
新茶が香る
こんな深夜にも
茶工場はフル操業中で
その明かりだけが夜目に眩しい

工場の前を過ぎる
明かりが背後に遠ざかる
街灯のない土手の草むらで
気の早いコオロギが鳴いている
立夏過ぎだけれど
蛍にはまだ早い

ほらもうすこし歩くと右手に墓場だよ
すっかり葉桜になった八重桜
遠くのパチンコ屋の明かりが透ける
足下にはたくさんのワラビ ノビル
墓場の山菜なんて誰もとらないから
伸び放題で

急ぎ足でとっとと歩く
実はちょーっと怖い

田んぼのあぜみち通って
国道越えて
いつものコンビニエンスストア
なんとその明かりの白いこと
目がおかしくなりそうで

いつもと同じ煙草を買ったのに
まるで違う味がする
歩き煙草はいけませんよと
背中から忠告するのは誰かしら

帰り道はなんだか行きより短い気がする
なんでかいつもそんな気がする
帰り道ではなんだか誰かがいる気がする
なんでかいつもそんな気がする

ほらもうすこし歩くと左手に墓場だよ
夜道に慣れた目に
焼き場だった空き地と墓の群がみえる


そういえば私の家のひきだしには
「焼き場の帰り」と名付けるにふさわしい
一葉の写真があって
まだ幼い私の夫が義父に背負われている
義父は喪服に黒いゴム長靴を履いている
親族は十人くらいいて
みなこちらに背中を向けている
なんでゴム長なんか履いてるのと訊ねたら
親族で死体を焼き場で焼いたからだと言われた
そのころはまだ公共の斎場なんかなかったのだ

ということは義母はこの焼き場で焼かれたのか
見たことのないお義母さん
写真すら一、二枚しか残っていないお義母さん
若くして亡くなった
苦労して亡くなった
お義母さん

お義母さんの悪癖は煙草を吸うことだったときいた
なのでお墓に煙草を供えてみた
火をつけて
お彼岸にぼたもち供えることもしなかったくせに
今さら私はなにやってるのやら
煙草の煙
そうしてここまでただよってくる新茶の香り

お義母さんともかく私は幸せですよ
あなたより長く生きることになりました
あなたより楽に生きていると思います
これからもそうでありますように
なんて虫のいい願いかしら


土手の道をゆく
茶工場の明かりがみえてくる
新茶の季節には
夜の道にも夜の墓場にも
新茶の香りがみちみちて
死者も生者もここに同じく生きているような気がする

 

 










000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/

五月、まだ肌寒い山荘にて
 

 月がとても綺麗だからなんて、ありきたりの理由でね、寝静まった家の外に出る。家の中は鉄のキッチンストーブ、その残り火でまだ暖かく、しあわせそうな寝息がかすかに聞こえていた。外は寒い。カーディガンを羽織ろう。確かずっと昔アンゴラの毛糸でケーブル編みの練習をした。上手に編めますようにと果てしない夜があった。でも、終わりはいつかは訪れる。これが、その結果であるカーディガン。水牛のボタン、一個一個はめるのがもどかしい。時間というものはそういうもの。たぶん、過去の出来事もそういうものなのだね。

 ドアーを開ける。一歩、家の外に出る。家の中とは違い、しんと静まりかえった外気。時折、国道を大きな車が走り抜けていく音が響いてくる。夏になれば、二十年ぐらい前の私や、あの子達のようにかしましく、虫が鳴いているのにね。でも時折、夜に生きている小動物かなにかが吠えているのか、それとも悲鳴をあげているのか。その声は夜という時間が存在する場所が、いかに不穏な空気をはらんでいるかということを教えてくれるのよ。それは私にとってあらためて知らされるほどのことではなく、だからといって私という人間が夜というところについて悟っているわけでもないの。

 さぁ、ベランダの階段を下りましょう。まだ芽吹いていない小さな山荘の夜の庭へ。乾いているはずの夜の庭はちょっと夜露に濡れていて、ちょうど真ん中あたりの上空にお月さま。白樺の梢が支えているように見える。なんと凛々しい姿だろう。それにひきかえ湿った下草は私に踏み砕かれ朽ちていく運命。その元に芽吹く新しい命のために、そういうのって犠牲というのかしら。犠牲という言葉は嫌い。誰にも犠牲になどなって欲しくない。幼いときの自分も含めて、犠牲になど誰がするものかと戦ってきた。戦わなければならないと、ずっと思い込んできた。そして戦い抜くにはやはり犠牲が必要なのだと、どこかで諦めてきた。私は矛盾している。そう、この世界と同じように矛盾で満ちている。世界があのお月さまのように丸いというならば、割り切れない円周率ですべてが計算されているに違いない。そしてその一ミリ平方にも満たない私という部分。割り切れなくても良いのだよと誰かに言ってほしい。

 夜。夜が続くよ。

ほら、向こう側の背がすっかり高くなったコナラやミズナラそれこそ白樺やなにやらの雑木林が揺れる。風が来るのだよ。教えてもらわなくてもわかっている事だなんていうのは傲慢ですか。要求ばかりで聞く耳を持たないと罰があたるに違いない。一瞬、月の明かりが途絶える。さらに無言の世界が訪れる。でも、それは一瞬、その一瞬の時を終えれば、夜に生きることを決意しているのにかかわらず臆病な友人達が懸命に鳴声を発するから。僕はここにいるよ。ここにいるのだよ。でも近づかないで、僕をほっといて、君は僕を助けることなどできないのだからと、雑木林という世界の中で叫ぶから。でもね、私もここにいるのだよ。君たちとよく似ている私もここにいるのだよ。そうさ、なにも夜に生きているのは君達だけではない。実際、昼に生きているほうの私と、今こうやって君達の声を聞いているほうの私は別人なの。月明かりが戻る。恋しい人を想う。臆病な君たちは雑木林で声を潜める。そして私はゆっくりと歩く。

 夜。ひたひたと満ちる道
 想いあふれるまで
 ひたひたと続く
 夜。

 そう、私は夜を歩測している。でも、いったい何歩あるけば測り終えるのだろうと不安になる。一歩一歩、この夜の終わりへ近づいているのか、それとも遠ざかっているのか。ひとりではないちもんめをしている私。それがきっと夜に生きているほうの私。けれど寝静まった、あの暖かい家までの距離だけはきちんとわかっている。ありがとう、昼に生きているほうの私。君のおかげだね。そろそろ寝静まった、あの暖かい家に帰ろうかしら。それとももう少し歩こうかしら、私は迷う。ただ単に夜に迷っているだけなのかしら。恋しい人を想う。恋しい人はいつだって正論を述べる。私は恐る恐る梢を見上げる。

 夜。
 まさしく夜がそこにはある
 
 でも膨らんだ梢のさきからは、あの寝静まった暖かい家の中で聞こえていた唯一の音が聞こえてくる。なにもかもかなぐりすててここから飛び立ちたい。恋しい人。貴方はいつも正論を述べる。後生だからたまには道理の通らないことを押し付けてください。

 ほら、また、風がくるよ
 きっと、それはまぎれもなくと、夜。

 風はいつだって漆黒の雲を連れてくるのだ。明るく照らしてくれる月ともお別れの気配。明け方には嵐がくる。雑木林の臆病な友人達は巣穴の奥深くもぐりこんでその時を待つ。いつも悪あがきをするのは私だけなのね。だけどね、この夜は確実に終わるわ。カーディガンを編み終わった夜のように、だから、おやすみなさい。夜に生きているほうの私。恋しい人。明日の夜にはもう嵐も行き過ぎて穏やかな夜が来る。でも、そんなふうに思えない私。それこそが、今、私が寝かしつけている夜に生きているほうの私。

 

 












2004/5/15発行

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編集/遠野青嵐・佐々宝砂
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