(c)蘭の会 1月詩集「水」





水遊び
「胚」
都市伝説「ある雨の物語」
水滴の記憶
吹雪
蒸気船レプリカ
循環
水遊(みずあそび)
無題
青の中
土岐川〜十三川原〜
うみほたる
愛していると言ってくれ
thirsty.








0005 しえすた

水遊び
 

光の子が川面を跳ねる
水の向こうを泳ぐ魚の子と
遊んでみたくて
いっしょうけんめい覗くのだけど

キラキラキラキラ と
自分の光が反射して
眩しくて何も見えやしない

光の子が川面を駆ける
水の向こうで泳ぐ魚の子と
競争したくて
いっしょうけんめい走るのだけど

スイスイスイスイ と
気ままに泳ぐ魚たちに
右へ左へ振り回されるだけ

光の子は疲れ果てて
いつしか微睡む川面の上
魚の子がそっとそっと
近寄ってきたよ

光の子の輝きが
魚の子の鱗に映えて
いちばん大事な宝物みたいに
ひかるひかるのどかな午後

 

 







0007 愛萌

「胚」
 




私は待っている


暗く柔らかな寝床
肌に触れる細かな粒の感触
そのひとつひとつが
水を含んでいることを感じながら
私はただ待っている


頭を少し動かせば
瞳を開くことができるけれど
それにはまだ早い気がして

私はじっと待っている



どれくらいここにいるだろう
考えることもできないくらい長い時間か
それとも瞬きほどの間か
心地よい寝床の中では
そんなことはあまり意味がない

唇を少し動かして
その中に水を吸い込んでみる
淡い銀の味
それは私の体に流れるもの

命というものがどこにあるのか
私にはわからない
この体の中のどの部分が
そう呼ばれるものなのだろうか


思考だけが流れていく
何者にも干渉されない
存在だけが確かなもの
永遠の暗闇は心地よく


ただ
私は
じっと
待っている


そのひと時ひと時に
口に含む水を味わい


いつか瞳を開く日まで







私は待っている

 

 







0013 朋田菜花
http://www.asahi-net.or.jp/~sz4y-ogm/

都市伝説「ある雨の物語」
 

 その二人の差している傘は、少しだけ重なり合っていた

 もう小一時間も二人は向かい合って立っていた

 コトバを口にするでもなく

 抱き合うでもなく

 笑うでもなく

 泣くでもなく

 

 ロータリーを行く通行人たちは

 気付くこともなく通り過ぎていく

 

 雨はときに忍び足で優しく

 ときに激しく

 そしてまた再び絹のように都市を濡らしていく 



 二人の差している傘は少しばかり重たく見えた

 それでも二人はずっと見つめ合いながら立っていた

 コトバを発するでもなく

 手を取り合うでもなく

 責めるでもなく

 慰めるでもなく
 


 再び雨は激しく注ぎ

 小さな水たまりが生まれ

 通り過ぎる4WDが後輪からしぶきをあげる

 

 再び半時が過ぎても二人は静かに見つめ合っていた

 この世界に彼らしかいないかのように



 女は艶やかな髪をしてはいるがきっと30代

 男は大人びてはいるけれどまだ20代に見えた

 二人とも、どこか熱を帯びた瞳と

 上気した頬がほんのり紅を差したように美しく

 まるで血のつながった姉弟のようにも映る
 


 彫像のように立ちすくみ続けた二人に

 ついに変化が訪れた

 女はエメラルドグリーンの傘を畳んで男の傘に入り

 そっと男の顔を見上げた

 男は彼女の瞳を覗き込み

 一瞬、二人の視線が強く絡み合った



 霧雨に烟るモノクロームの都市の中

 すべての音が動きを止めた 



 やがて男は大きくうなずくと

 手を挙げ車を呼び止めた

 二人は相変わらず無言で

 見つめ合いながら

 吸い込まれるように車中にのまれ走り去った

 

 女が一度だけ振り返って周囲を見渡したときの

 その瞳を今でも忘れられない

 アマゾンの密林の奥に眠る湖のように深く

 熱病のように胸を突く光を帯びて濡れて

 その瞳の奥にひそんでいたのが絶望なのか歓喜なのか

 見届けることはできなかった



 二人がどこへ走り去ったのか誰も知らない

 誰も知る必要はないのだ



 その後もしばらく雨は降り続いて

 絶え間なくロータリーに人は行き交い

 雨は見慣れた都市の風景を水墨画に染め上げ続けた

 

  ⇒朋田菜花さんの都市伝説「ある雨の物語」はこちらでもお楽しみいただけます。







0043 鈴川夕伽莉

水滴の記憶
 

窓の外の
空気が痙攣を始めた
ほの暗い雲の重さに
耐え切れず手を放す水滴は
躊躇いがち

わたしには傘がないけれど
ゆっくりと自転車をひいて帰ろう

水は天から地に落ち
泥にまみれゆく
泥にしか咲かないという
美しい蓮の花など
わたしは見たことがない

不規則な波動
世界の空を巡り
わたしの皮膚に辿り着く
水滴の記憶
随分酸っぱくなっただろう
あの鉄錆に似た味もするだろう

わたしの体温を奪い水は軽くなり
記憶だけ地上に残して
空に還ろうとする
苦い光景や吐気を催す臭気
止まない断末魔は
木や草や土ではなく
にんげんの皮膚に吸収されるべきでしょう

わたしはここで呼吸し
熱の産生を続けるつもりです

 

 







0045 雪柳

  吹雪
 

 
空気中の凍った水が
弾け散って落ちてくる
張り詰めた空気のかけら
 
風が雄たけびを上げている
空から舞い降りる雪が
泣き声に翻弄され吹きつける
 
地に落ち積もる事を許されず
舞い上がり踊り狂う
足元に絡みつきながら流れて行く
 
道路を川に雪が流れる
水であった時を
思い出したかのように
 
白い川が流れて行く
濁流のように
渦を巻きながら流れて行く
 
 
ひとしきり荒れ狂った風も
興奮から冷め 泣き止んだ時
雪はその呪縛から解き放たれる
 
流れを止めて 地に積もり
緩やかな陽射しに融ける
そして再び 水に戻っていく
 

 

 







0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-world

蒸気船レプリカ
 

ちいさな遊覧船から見下ろす
まがいものの湖
いばらの王冠のような冬木立に
ぐるり飾られて
白鳥の姿すら見えず
濁っていたのかもしれない
けれど 音を立てて
階段をはしゃぎ下りるこどもに
声にならないさよならが
にせものの蒸気に溶けて
空を満たした
深呼吸すれば
ひかりの粒子
いくつもの暖かな記憶
シュローダーのちいさなピアノが奏でる音色に混じって
瞬いて
弾けて
拡がって
跳ね回って
見つめて
うばわれて
瞬いて
太陽は律儀に
伸ばした右の中指の爪にも
ひかりをくれて
どうしても流れ着けない未来が
飛沫をあげる 刹那
なにひとつあきらめることなど
できなかったと思い知る

 

 







0069 ひあみ珠子
http://members.jcom.home.ne.jp/pearls/

循環
 

昨日飲み残したミネラルウォーターが
コップに3分の1
ガラスの表面に小さなあぶくをいくつもくっつけている

こうなると、なんだかもう
ありがたみのない水

この水も少しは蒸発しただろうから
ミネラル濃度は相対的に上がっているはずだけど

窓ガラスに結露
窓のくもりは儚くて
やがて午前の光で消えていくのだけれど
指でマンガとか「バカ」とかかくのをやめられない
落書きはしつこく残るからやめとけばいいのに
指で触れたところから水滴が流れてゆき
窓枠に溜まるのも汚らしい
だから言ってるのに
 「バカ」

わざわざな自分の不始末を
雑巾で拭き取り
ベランダに干す
飛んでけ水分
アルプスの尾根へ

コップの水は
そう
私のミネラルウォーターが大好きな
(と勝手に決め付けている)
パキラにあげる
お前はどこから来たのだっけ
もっともっと大きくなりな

 

 







0085 朱雀
http://homepage3.nifty.com/complass/index.htm

水遊(みずあそび)
 

逃げ水

恋水

こほり水

胸に刃を突き立てて

赤い血潮を ざんざと流し

寄瓮(るべ)に零れた 深情け


今宵の月は 殊更 真白(ましろ)く

ただ水底に さ揺らいで

憂(うい)にまみれた この手では

また懊悩(おうのう)を

掬(きく)すまで・・・


逃げ水

恋水

貰い水

刃の先に花が散り

赤丹の秀(ほ)にも 紛う面(おもて)を

彼(か)の様 綺麗と言ひてむや

 

 







0093 ふをひなせ(guillaumet)

無題
 

滴り落ちる 冷たさに
染みとおる 潤いに
流れ行く  烈しさに
私は溶ける 透明に

 

 







0096 怜
http://blue4cosmos.ojiji.net/index.html

青の中
 

ドッぼ〜ん 
飛び込む瞬間がスキ

唯一
青を感じられる トコロ

そこに体をゆだねると
聴こえてくる
青からの 伝言

しゅるしゅるしゅる・・・
シュワ ゥワヮヮ・・・

ここでゆっくりしておいき
自由になっていいんだよ

季節に関係なく
雨も気にせず
時間もない

四角い 都会の空間
夜のプール
青の中

あたしのなか

 

 







0097 藍
http://www.keroyon-44.fha.jp/

土岐川〜十三川原〜
 

川には
自分の命を絶つ自由がない

少しづつ長い年月をかけ
徐々に駄目になっていく
気の遠くなるよな方法以外は

家の裏手を流れる1級河川
今でこそゆったり流れているが

ここは昔

心つぶれて
裸足で町を駆け抜ける
女の長い髪のように
その流域のすべてのものを
からめとって行った

暖かい灯りも
平凡な暮らしも
川岸で遊ぶ子等も
毎朝ごみを
拾ってくれた老人さえも

すべて みんな ぜんぶ

上流の小さな流れから
少しずつ集まった水が
だんだんに
自分の首を絞めていくのを
ただ終らせたかった

誰かを傷つけるつもりなど
少しもなかったのに
上手なやり方を
知らなかっただけ

時は流れて人々は
そんな川を見捨てもせず
何事もなかったかのように

暖かい灯りも
平凡な暮らしも
川岸で遊ぶ子等も
毎朝ごみを
拾ってくれた老人さえも

すべて みんな ぜんぶ

今でもあの川は
何もかも終りにしたいと
願っているのだろうか

 

 







000a 宮前のん

うみほたる
 


こっちから
ずっとあっちを眺めていると

父さんの持つひかりに
母さんの持つひかりが
そっと揺れながら寄り添っていく


おうい

苦しいのはほんの一瞬だった
泣かなくてもいいんだよ


流し灯篭がゆらゆらと
小さな船に乗って近付いてくる


おうい

ぼくはここにいるよ

 

 







000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/

愛していると言ってくれ
 

しりん。
しりいいいいいん。りいいん。いん。
しりん。


水が滴り落ちるこの洞窟で、
俺は縮みきったおまえの顔を見ている。
瞳は薄くなった瞼に閉ざされ、
口は半ば開いているが、
そこから見える舌はまるで木の皮だ。

もう動くまい、
おまえの瞼も、
おまえの舌も、
おまえのなにもかも。

おまえを殺したのは俺だ。
よく覚えていないが、
たぶんこの俺だ。


しりん。
しりいいいいいん。りいいん。いん。
しりん。


洞窟に反響する水音。
俺を責めているのだと思う。
そのようにきこえるからには、
俺は罪を犯したのだと思う。

誰も助けてくれないのだと思う、
おまえのほかには、
おまえのほかには、
おまえのほかには、

お願いだ、
愛していると言ってくれ。


しりん。
しりいいいいいん。りいいん。いん。
しりん。

俺を悩ませるのは、
とにかくこの水音だ。
なぜこんなにも反響する。
なぜそっとしておいてくれない。

愛の言葉のほかに、
俺は言葉も音も要らない。

なにも要らない、
おまえのほかには、
おまえのほかには、
おまえのほかには、

お願いだ、
愛していると言ってくれ。


しりん。
しりいいいいいん。りいいん。いん。
しりん。


黙りこくって死んでいるくせに、
おまえはややこしいことを考えている。
おまえは俺を誤解したことがない。
おまえだけは誤解したことがない。
死んでいるくせに。

腹立たしいから、
俺は狂うことにする。

俺を封印していた柵を、
いっさいのしがらみを、
渾身の力でぶち切って。

俺はそれから流れ出す、
巨大な水の流れとなって、
奔流となって、
渦巻き、
溢れ、

乾いたおまえを潤したいと言ったら、
おまえは怒るか?

おまえだけは決して俺を誤解しなかった、
おまえだけは。


しりん。
しりいいいいいん。りいいん。いん。
しりん。


ここは、まだ、静かだ。
まだなにごとも起きていない、
なにごとも起きていない、
いまのうちに、

お願いだ、
愛していると言ってくれ。

 

 







000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/

thirsty.
 

無神経な電話に起こされて

墓地はいかがですかなんて聞かれて

重い頭をのせたまま

黙って受話器を置く

悪いけど

まだ、生きてるよ

きのう見あげたお月さま

とってもきれいだったもの

ただ指がしんと冷えているだけ

窓の外の日差しと

わたしの間に落差があるだけ

こんなことでいいのかな

また頭が痛む

でも、墓地はいらない

それは確か

何かが足りない

それも確か

カフェイン?

いや、たぶん、違う

コーヒーを飲んだとしても

なにが見つかる?

冷蔵庫をあける

いつからか水は

こんな容器に詰め込まれて

わたしを潤すためには

キャップをあけなくてはいけない

そんなことは些細なこと

むしろ疑問を持つほうが

間違っている、と

いたって無表情に

容器のキャップをひねり

ボトルに唇をつける

ガラスだったら

少しは救われるのに

プラスティックは嫌い

再生できるだろうけど

嫌い

わたし

あの水が飲みたい

小さなころ

庭にあった井戸の

あの冷たくて海のにおいがした

あの水

スカートをひるがえして

松林のなかを駆け回っていた

少女のわたしを

潤してくれたあの水

もういちど飲みたい

そうすれば、きっと

墓地という言葉にも

寛容になれるのに

 

 















2004/1/15発行

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(編集 遠野青嵐)
ページデザイン芳賀梨花子/CG加工 Ryoko'Vivian'Saito)