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        蘭の会10月詩集「お酒」








ねぇ、今夜お酒でも飲まない?








「グエルの喉」  台所にて  儀式  隅っこで。  
酒の一滴は血の一滴です  ネクタル
シミュレーション  
悪口。  酔興酔歩  泳ぐ人  
海に出るつもりじゃなかった  a swiming girl.  






















0007 愛萌

「グエルの喉」
 




カウンターの隅


最後まで
燃え尽きなかった吸殻を
グエルはそっと
指先で撫ぜる

彼がここにいる理由を
知っている者はいない


気がつくと
深夜を回っている時計
店主は黙々とグラスを磨く
そんな姿を横目で眺めて
グエルは静かに息を吐く


この前町外れであった火事を
グエルはその目で見たと言う
逃げ遅れた子どもがいて
いつまでも泣き声が聞こえていた

助けなければ
助けなければと
心が血を流すように叫んだ
けれど炎は鮮やかで
魔物のように蠢いて
一歩もその場を動けなかった

消防隊がかけつけて
野次馬たちが集まり出し
誰かがささやく声がして
気付くと逃げるように
立ち去っていた


最後まで
燃え尽きなかった吸殻を
指先でそっと撫ぜながら
グエルは呟く


あの声が耳から離れない
子猫が母親を求めるような
小鳥の断末魔のような
あのか細い声が離れない


町外れの火事は
どこかの娼婦が起こしたのだと
新聞で伝えられていた



カウンターの隅
グラスを磨く店主

注がれない何かを
飲み干そうとするように


今夜グエルは
還らないだろう


彼がそこにいる理由を
訪ねるものは誰もいない

 

 











0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm

台所にて
 

キャベツが色よく炒まった
このシンの部分を 家族は皆嫌うけど
コレかじりながら 冷蔵庫から350mlを出してきて
ちょっとイッパイ

フンフン フンフン 
中華なべの中で機嫌よく 野菜が踊る 
飲んだら食べる 食べるから太る
つまみながらのイッパイは
今日の私へのご褒美だなんて 勝手に納得

隣の鍋で煮えた 大根をつまむ
今日の悪口の分
今日の後悔の分 
煮汁は大根の芯まで しみこむのを拒否してるみたい

日々のささやかな戦いは毎日続くから
今日は何があったかな…えとえと 悩まない 考えない
しばし 台所でほろ酔い シアワセ

帰ってきた子供は呆れ顔 「かあさん、また…!」
うふうふ 優しくなれる気分
ビールの力を借りて 今だけ良い母に

ちょっとイッパイで 
頭の上にうっすら 虹がかかる頃
私の躊躇は消え 素直に口から言葉がすべる
今朝は出掛けに怒ってゴメンネ 


頭の奥が ゆるゆるになると 楽に過ごせて
ちょうどいい

 

 











0024 沼谷香澄
http://www.cmo.jp/users/swampland/

儀式
 

平気だよなんでもないとひとりごち手紙をたたむビールを冷やす

はらわたよゆるしたまへよ酒をやるあすのわがみをひきうけたまへ

ゆるすひとゆるさざるひとにくむひとわたしはひとりひとつの柘榴

呑むほどに陽気になるといはれればやりきれなさのやり場に困る

恩師殿たまにはたよりよこしてよこどものあいてなどもういやよ

忘れずに縁を切らずに傷つかず手を汚さない身勝手な酒

けふはひとりだからなみだもちやんとでます目に火をつけてかるくしやうね

舌のねがうづくわたしのおあいてはしやしんのねことにんぎやうのくま

くまちやんはほこりのにほひわたくしの香水瓶はひきだしのおく

ビールではこころがひえるこの缶をあたためたらばぬくもるかしら

くちびるでおむかへにゆくあつかんを照りもろともにのみくだしたり

さかづきのねばりわたしのひだりてについて気になる指紋のみだれ

おもひだすしぬきでのんだにじふにのわれのあいしたジンのあつさを

しほんめにてをだしませう十一時くるまのすぎるおとがきこえる

くるしくてめがさめたのはひるひなかパジャマがわたしをいましめてゐる



     *1995年 私家版歌集『命水』収録の「ビール三本」を再構成

 

 











0038 純理愛。
http://koukotu.tripod.co.jp

隅っこで。
 

お酒なら隅っこで
一人で朝まで瓶抱え
涙も枯れれば残るのは
思い出だけかと思ってた
お酒のまずい朝ならば
アナタのことは忘れたと
瓶の底に叫ぶけど
何度飲んでもうまいのは
アナタを忘れたくないのかも
酔いに任せて消したはずの
アナタのメモリー
まだケイタイに残ってる
お酒なら隅っこで
瓶の砦で眠りましょ
輝く瓶の砦なら
アシタもきっと楽しいわ
お酒なら隅っこで
瓶の砦の抱かれなさい

 

 









0043 鈴川ゆかり

酒の一滴は血の一滴です
 

酒の一滴は血の一滴です
を モットーに
貪り進んだ金もないくせに

酒で繋いだ友情ってどうなのよ
愛はないけど心にダムはある
愛のないムダでしかない
コトバでしかない「愛してる」って
ちゃんを目を見て言ってごらん
あなた
そろそろ嫉妬に狂い始めるから

元老院もう一杯
芋焼酎はおっさんの飲み物と違うぜ
あたしは夜が明けて帰宅するまで
あなたの隣で眠らない
彼女に負けないのは酒の強さだけ

恋人とはいつか別れても
友情は壊れない
ましてや酒で結ばれたものなら
とか嘯いて元老院もう一杯

あなたはあたしが似ているから痛い
一途で馬鹿で真剣で
そのくせいっちょまえの人間嫌いだ
分かっちゃうんでしょ
も少し若い頃のあなたそっくりで

たとえこの距離破っても
あなたは傷付かない年の甲
癪だから
あたしは美味い酒を味わうためだけに
あなたの隣に居よう
元老院もう一杯
そろそろ世界は逆回転を始め
時間が何食わぬ顔で
あたしを追い越して
朝焼けの帰り道
たとえ猛烈に後悔したとしても
自宅のトイレ(あくまでトイレ)で
ひとりゲロっても
おっさんなあなたとの
この距離だけは死守する

 

 










0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-world

ネクタル
 

しろい曼珠沙華を見たわ
朱いよりも
ずっと官能的
やわ肌のいろ
ほどける際の曲線
音のしない花火
燐火、ちりちりと
風にそよぐ

匂いたつのは
香りじゃない
決して
あたしにとっては
意味がない
過去
ほどけてしまえ
むしりとって
蒸れたまま土に還れ
吐息
酸化してゆく
味のしない味
だから
噛んだ唇の
鉄の苦味
触れるだけで
うつす

ほの暗いセルで
みた


 

 











0066 藤咲すみれ
http://members.jcom.home.ne.jp

シミュレーション
 

「大丈夫じゃなかったらどうする?」

杏露酒のロックを一気に五杯飲み干した。
焦点が定まらないままトイレから出てきた。
「大丈夫?」と声をかえた男に返した。

彼は一瞬の間を置いて「え?」と返した。
どうせ何も答えない、どうせ私が酔っているだけだ、と思っているのだろう。
私は私の右上腕をつかんだ彼の手を振り解いて
階段を上がった

居酒屋のホールは熱気とアルコールが立ち込めて暑い
外に出ると
真っ暗な空と街路に立つ若者
四月なのに外の気温は8℃
首の周りはアルコールで暖かかったが
体全体は寒かった

スパンコールのついた看板を持って立ち尽くす中年男
と目が合った
私は彼に少し微笑んだが
彼は無表情のままだった
「お安いですよ」と
酔っ払い中年男に声をかける呼び込みの若い男
を見ながら
10ヶ月ぶりの煙草を手に持つ

好きだった男が煙草を吸わなかったから
そんな君に好きになってほしかったから
だけど君のことは諦めた
から酒を飲む時だけ少し吸っていた煙草
に火をつけた

少しの罪悪感と少しの安堵感

都会の空を
吐いた紫煙でまた汚している
でもここは酒の席よりは心地よい

本当は行きたくなかった酒の席
でも行かなきゃいけなくなって
でもやっぱり来てみたらつまらくなって
でもそのつまらなさを表に出しちゃいけなくて
一気に飲み干した
一気にテンションを上げた
MAXにハイになった気分
に耐えられなくて酒をがぶがぶ飲んでいたが
これ以上入らない
と思って外に出てきた

内外の寒暖の差は体に悪い
気分の高低の差も体に悪い

「大丈夫?」
友人が心配そうに来てくれた

「大丈夫じゃないって言ったらどうする?」
とあの男と同じように聞いてみようとした
が彼女は心優しい人間だ、余計に心配させてしまう
と気づき
無言で煙草を消し
「戻るよ」
と言って階段を下がる度に
テンションを上げていった

「みんな飲んでる?」
本来嫌いな年下の女の子に「明るい先輩」で接した

「すみません、杏露酒ロックで5杯」

 

 











0072 諦花
http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/poem/kurara.htm

悪口。
 

化粧の濃い女の子たちと
趣味の合わない買い物をし
お酒を飲みたい気分のまま
苦いコーヒーを流し込んだ
胃が
気持ち悪さを訴えてくる

わたし
そういえばすごく久しぶりに
こんなに誰かの悪口を言った

思い出してしまった
女の子特有の
陰湿な関係性を
心から楽しんで
権力闘争の覇者となっていた
中学時代

こういう気持ちになったのは
あの頃
わたしの周りの関係性に
ひどい縺れを引き起こし
生まれて初めて人を
本当に傷つけたあの時
以来

もう
そんな簡単に人は傷つかない
そして
いつだってあっけないほど簡単に
人は縺れに足を取られる
全てがきっと真実で
わたしは何も見たくない

お酒を飲みたい気分のまま
明日の朝の自分のために
早々に席を立ち上がる
わたし

自分が自分であるということが
こんなにも憎くて
どうして誰かを憎めるだろう?

 

 











0085 朱雀
http://homepage3.nifty.com/complass/index.htm

酔興酔歩
 

夜さり 円(つぶ)らな月の下

とてとて くねった 靴の跡  

桂の花が 皎(こう)と照り

跡見(とみ)する間もなく 辿り着く


笹の露(つゆ)に 蹌々踉々

宵っ張りの 酔っ払い

浜の真砂(まさご)を つい掬い

仄開(ほのあ)く指から 落ちるのを

しげと眺めて ほうと溜息


居心地の悪い 湿った砂が

ぴたり張り付く 手(た)な股に

縒れた頭で 呆(ほう)けた問言(といごと)

これが禍福の数ならば

そもそも何方が 多いのか?

徒爾(とじ)と知りつつ ムキになる


酔眸(すいぼう)の所為か 錯覚か
 
ちょいと跳ねた細砂(さざれずな)

それが微妙に 可笑しくて

笑った分だけ

幸が多いと致しましょう

 

 











000a 宮前のん
http://plaza5.mbn.or.jp/~mae_nobuko/

泳ぐ人
 



パパと屋内温水プールへ行ったら
水の代わりに酒が入っていた
匂いだけでも気分が悪い
未成年は遊泳禁止だったので
仕方なくプールサイドで座ってたら
パパはそろそろと泳ぎはじめ
最初は真っ直ぐ進んでいたけど
何度か潜るうちに真っ赤になって
最初はケタケタと笑いながら
仕事やママの悪口を叫んで
次第に青い顔でよろよろと上がり
プールサイトで吐きだした
他にも
ゴムボートに悠々と乗ってる人
力強く真っ直ぐに泳ぎ切る人
ずっと沈んだままの人
時々休んでまた進む人
色んな人がいて
本当は見ていて飽きないんだけど
仕方ないので立ち上がって
パパの背中を擦りはじめる



 

 

 











000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/

海に出るつもりじゃなかった
 

呑んだくれた父が
血まみれになって帰宅したことがある
前歯が三本折れていて
目の周りは真っ黒だった
何がおきたか怖くて聞けなかったが
父は喧嘩をするような人間ではなかった

呑んだくれた父は
便所に落っこちたことがある
田舎のウジ虫だらけの汲み取り便所だ
深夜に便所でうめき声が聞こえたから
見に行ったら
キンカクシが半分とっぱずれた酷い状態の便所から
父の上半身が突き出ていた
クソまみれのその身体を洗ったのは私だ

朝起きたら
教科書が父のゲロでどろどろだったことがある
風呂に入ろうとしたら
父が溺れかけていたことがある
タクシー代よこせという父に
なけなしの小遣いを全部とられたことがある
道端の溝にはまっている父を見たことがある
あまりべろべろに酔っているから
頭にきてキャットフードを父に食わせたことがある

それどころじゃない
呑んだくれた父は
家蜘蛛を生きたまま食ったことがある
さすがに酔っていても蜘蛛はまずかったそうだが

まあそんなわけでさ
酒呑みなんて大嫌いだ
酒呑みなんてのはみんな大馬鹿だ
酒呑みにだけはなるもんか
本当に真剣にそう思っていたんだよ

だけど
好奇心から乗り込んだ船の
綱がはずれて海に漂っていった
古い物語があったね

あの物語みたいに
私は
出るつもりじゃなかった海を漂っている

やがて私を溺死させるかもしれない
グラスのなかの琥珀の海

 

 











000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/

a swiming girl.
 

ゆらりゆらりとわたし

カタルシスの海を泳いでいく

きっと、もうすこし時間がたてば

あの島へ

たどり着くかもしれない

ジンジャーフラワーが好き

今でも好き

ということは

あの日

忘れられない午後を生きていた

ということ

でも、ちょっと、つらいんだ

あくまでも、ちょっとだけど、ね

すこし目をふせて

涙ぐむかわりに

口に含む

苦いのかな

甘いのかな

でも、これはお酒ではないよ

これは終わってしまった夢なの

楽園へ行くのに理由なんて要らないと言ったのは

君で

そこで虹を見たのも

君で

わたしは

ただ、手を握られていただけ

だから

真ん中でぽっきりと折れてしまった記憶と

ゆくあてもない孤独は

誰のせいでもないんだって

そのぐらい

わかっている

わたし

馬鹿じゃないもの

そう

あの日は

誰もがきっと

忘れられない午後に生きていた

そういうことなんだと思うの

だからね

人知れず咲くことのできないプルメリヤだったら

どんなによかっただろうなんて

思ってはいけないの

ねぇ、ギターを弾いてよ

あの夕暮れのような曲を弾いてよ

これ以上おしゃべりしたくないから

わたしの傍にいるなら遠のいてほしいの

だって距離の計測は専門じゃないから

昨日の夜みたいに

お互いの傷を舐めあう羽目になったら

ふたりとも溺れちゃうよ

沈んじゃうよ

きっと、もっと、苦しいよ

そんなのいけないよ

そういうのは絶対によくないよ

わたしたちが

思っているより

この海はうんとずっと深くて暗くて

どうにもなんないんだと思う

それなのに

ゆらりゆらりとわたし

今夜もこの海を泳いでいるんだけど

あの島を探して

見つかりやしないんだって

わかってはいるんだけど





 

 








2002/10/15発行

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(編集 遠野青嵐)
ページデザイン/写真/CG加工 芳賀梨花子&Ryoko'Vivian'Saito)