(c)蘭の会




「彼。」  あの秋知った事  Kokken  愛らしいもの  
  優しい距離  まるの背中  安 寧  おんぶ  
森の背中  ナチュラル・ジャイブ  















0007 愛萌

「彼。」
 




返ってくる
声が冷たくて
話をするのが
すごく怖くて

「あんな奴だよ」
友達は言うけど
そんな彼を
私は知らない



離れている時間が
痛いほど
側にいた二人
いつでも抱きしめて
どんなときも微笑んで
何があっても
後悔しないと誓った

苦しいことも
悲しいことも
二人にはないと信じた
ただ触れるだけで
幸せになれる
世界はここから始まっていると
証明できると思った



私を見ない
横顔が悲しくて
声をかけるのが
すごくつらくて

「あんな奴だよ?」
友達は言うけど
そんな彼を
私は知らない



ある日
私に向いていた
あの優しさが
恐ろしくて
たまらなくなった
いつか消えてしまうんじゃないか
目覚めたら独りきりなんじゃないか
想いは誰にも
止められなかった



何か言っても
目を見て話さない
多分もう二度と
私を視ない

何も言わなくても
背中が答えてる
もう必要ない
私なんかと




「あんな奴だよ」
友達は言うけど




私は、そんな、彼を知らない。

 

 











0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm

あの秋知った事
 

踏み切った 高く飛んだ そして着地のはずが

背中から落ちた

息ができない
頭の中で 繰り返し言葉が踊っていた
『こんなはずはない』
伝えなくては 誰か。
動く手で空をつかむように もがく

なぜが冷静だった
『あぁ、大変な事になった』
クラスメートのざわめき かけ寄る足音
後は もうあまり覚えていない

私は程なくギブスをまきつけられた
それはパイプで出来ていて
装着すると、まるで亀の甲羅を背負ったようだった

先生は数日おきに
ケーキを持って私を見舞いに訪れては
私の知らない、色んな話をしてくれた

カエデの大きな木にからむツタが
赤や黄色に衣を変え そして散っていく季節
学祭も 音楽祭も 期末テストも すべて欠席
でも私は先生を手に入れた

そんな気がしていた

床上げしてから
先生は不機嫌になった
職員名簿を見て 電話をする でも留守
職員室をのぞいても 黙って怖い顔をしていた

私は
現実を知る

描いていたガラスの映像は 砕け散り
悲しくて 惨めだった

おばかさん

私は 美しくもなく 華奢でもない
足も太く 髪の毛も太かったのだ

一人で夢見ていた事を ひたすら恥じた
襲ってくる自己嫌悪
あの時はじめて気が付いた 
おとぎ話は やはりおとぎ話なんだと

背中は快方に向かいつつあった
しばらくは 亀の甲羅を背負ったままの通学
母は 甲羅を背負ったままスカートが履けるように
ウエストのカギホックにゴムを渡してくれた

私の恋はそれで終わった
現実を知ることを
教えてくれてありがとう

亀の甲羅は 押入れにしまわれた

私を包んでいた骨格は 役目を終えて
ずっと静かに休んでいたのだが 
二十歳をずいぶん過ぎたある日 捨ててしまった

さよなら
私の季節を守ってくれた 亀の甲羅

 

 











0038 純理愛。
http://koukotu.tripod.co.jp

Kokken
 

響くのはピアノの音
広がるのは君の背中
聞こえるのはショパン
優しくて
激しくて
繊細で
壊れそうで
黒鍵が静かに沈む
背中に顔が沈む
止めないで
と、頼む
止めないで
と、喘ぐ
ショパン
ショパン
激しい音
黒鍵
黒鍵
沈む黒鍵
背中
背中
あたしの好きな
あたしの大好きな背中
響くのはピアノの音
広がるのは君の背中
聞こえるのはショパン

 

 











0069 ひあみ珠子
http://members.jcom.home.ne.jp/pearls/

愛らしいもの
 

私を追いかけ
私にまとわりつき
私の気を引くのに懸命な
愛らしいものたち


ぷにぷにとつついたり
振り払ったり
する

には
ちょっと暑苦しい
うだるような空気

を何とかして
つまりエアコンのリモコン取って
と目で訴える


の視線の先には
愛らしいものたち
のパパちゃん
の新聞を読む背中

に突撃を開始した
愛らしいものたち
の勇敢な背中

 

 











0071 阿岐 久
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/8110/


 

終わった後は
いつも つれない

眠っているのか
起きているのか

裸の背中に
頬をつける

 

 











0072 諦花
http://www17.big.or.jp/~kinro/guild/guild.cgi?mode=kt&kt=04_254

優しい距離
 

背中越しの体温
優しい距離
柔らかい熱と
むず痒い不足感
性別のない硬さ
同じような温度
欠けているのは機能
要らないものは差異
平坦な幸福
いつまでも
退屈に優しい熱

 

 











0083 栗田小雪

まるの背中
 

ふいにさみしくなり
まるを両手で包んで
背中に鼻でキスをした。
まるは
にゃあ、と鳴き
私の手をすり抜けた。

白くて小さくてふわふわだった
こねこ、まるの背中。

まる。
今はどこにいるの

 

 











0085 朱雀
http://homepage3.nifty.com/complass/index.htm

安 寧
 

微睡(まどろ)む午後は腕の中

背中伝いの温もりが

尖った心を和ませる


微かに伝う リズムに揺られ

羊のかわりに 数える想い

途切れた拍子に 目の前を

漂う煙草の煙を追いかけ

おなじ香りの染み込んだ

無骨な指に 目が止まる


子猫を構う仕草にも似て

クシャリと髪を乱す指

忘れていたと呟く声に

疑問を含んだ瞳と出会う


気付かぬ振りして瞼をおろし

不意に強まる煙草の香り

狸寝入りは可愛くないと

きゅっと 頬をつかまれる


振り向きざまに抱きついて

薄目を開けて見上げた先に

照れた笑顔が咳払い


またひとつ

数に入れるの忘れてた

 

 











000a 宮前のん
http://plaza5.mbn.or.jp/~mae_nobuko/

おんぶ
 



おんぶおんぶって
次男にせがまれて
腰の痛さも
足の辛さも
お前は考えた事もなく
どぉんといっぺんに
全体重を乗せてくる
ぴったりと隙間なく
肩口に頬を擦り寄せる
どうしてそんなに
無防備に
私の背中を
信頼するの
ひょっとして急に
落とされるとは
露ほども思わないの
ひょっとして不意に
居なくなるとは
塵ほども疑わないの
背負ったものの重さを感じながら
私が本当はいつも
何を思っているのか
お前は考えた事もなく
耳元でくすくす笑い




 

 

 

 











000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/

森の背中
 

森はあたしの同級生で
森というのは苗字ではなく名前で
苗字は山田とか佐藤とか鈴木とか
そういう犬のクソみたいなたぐいだったと
思ってほしい

あたしはいつも森とだけ呼び捨てにした
moriという響きが死を思い出させて
それだけはほんとにあたしの気に入った

森はバカではなかったはずだが
バカっぽくみえた
デブではなかったが身長が低くて貧相で
なんとなく犬に似た目が歪んでみえたのは
たぶん乱視だったからだと思うけど
森はメガネをかけようとしなかった
世の中をまともに見るのが怖かったからだろう

もちろん森は全然もてなかった


そんなやつの背中が
それも裸の背中が

寝ても覚めても脳裏に浮かんで
消え去らなくなったのは

かったるい水泳の授業が終わってからのこと
更衣室から教室に戻ると
森が上半身裸で机に突っ伏していた
そのうしろでみんなががやがやと騒いでいたのは
森の背中に十センチくらいの切り傷があって
たらたらと血が流れていたからなのだけど
なにしろケガをしていたのが森だったから
誰も保健室に行けとは言わなかった

森なんかどうでもよかった
顔も性格も声もなにもかもどうでもよかった
いやどうでもいいというよりも積極的に嫌いだった
でもその背中の傷が
水で少しふやけた白い背中が
そこに赤く開いていた傷口が
傷口が

あたしは背中の傷に唇をつけて
その血を啜りたいと思ったのだった


しばらくたってあたしは
森をあたしんちの近くの土手に呼びつけた
服を剥いで背中を思い切り蹴飛ばし
倒れたところを踏みにじった
埃まみれの顔に鼻水が流れて
ものすごくみっともなかった

森は痩せていたから
背中には余分な脂肪というものがなかった
小型の骨格標本に筋肉組織をはりつけたみたいで
肩胛骨がやたらに目立った
その肩胛骨の上に
例の傷口があったが
それはもうあたしの心をそそらなかった
傷はまだ生々しく
あたしがかさぶたを無理に剥がしたので
血は充分ににじみでたのに

あたしは自分がなにをしたいのかわからなくなった
森の背中をぶちのめしたいのか
炙りたいのか
鞭打ちたいのか
セックスしたいのか
思いつく限りのなにもかも
違うという気がしたが

土手沿いの道には街灯もなく
ほんとうに誰一人こなかったから
あたしたちはそこにレジャーシートを敷いた
疲れ果てると森は
毀れた機械のように眠ろうとした
あたしはもちろん
森を眠らせたりしなかった

でもあたしは絶対に満足しなかった
相手が森であろうと
なかろうと
あたしは満足したことがなかったのだ


でもそれは
ついさっきまでのこと

あたしが何をしたかったのか
あたしが何をほしかったのか
いまこそあたしは知っている

土手沿いには三日月沼がひとつあって
葦がたくさん生えていて
四畳半くらいの広さしかない水面は
澱んで泡を浮かべている

沼の暗い水に浮かんでいるのは
泡だけではない

うつぶせになってたらりと手足を沼に沈めて
浮かんでいるのは森
顔なんか見えないし
この体勢ではセックスなんかできないけれど
そんなことはどうでもいい

これがあたしのほしかったもの

白くふやけた
あたしがころした
森の背中に

冷たく固い
moriの背中に

あたしはゆっくりと
自分の肌をかさねてゆく

 

 











000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/

ナチュラル・ジャイブ
 

海岸線が混んでいたので

ひさしぶりに鵠沼の裏道を通る

モンマート熊沢屋が洒落たアパートになっていて

秋田くんちもなくなっていた

そういえば呉服屋のマーはどうしているんだろう

結婚して子供もいるって聞いたけど

ラジオを聴いていた

なんて懐かしい曲が流れるのかしら

あのころ耳にしていた音が

聞いたこともない世代に受けているんだって

そういえばアカネちゃんだってプレスリーが大好きで

いっつもブルーハワイにアロハシャツだったな

わたしも今日はアロハな気分で

レーヨンの、それもアンティックの

あの頃はいくらバイトしても

買えなかったようなやつ

それなのに、なんか肌にまとわりついて

なんとなくしっくりこない

私は車を止めた

引地川の土手に出て

堤防の上に立つ

河からの海からの風

係留しているヨット

うんと伸びをする

空にむかって

360度

積乱雲がない空に向かって

大きな声で

名前を呼びたくなった

もうずっと長い間

呼んでいなかった名前を呼びたくなった

だけど、その時

とつぜんスピネーカーを張ったときのように

わたしのアロハシャツは強い風を受ける

推進力だ

前の艇を追えるぞ

背骨はわたしのマストで

いつもこんなふうに

風を受けることもできたんだ

この感覚

忘れていた、忘れていた、忘れていた

風が、追い風が、強く吹き付ける

さぁ、せいいっぱい抵抗しよう

受け止めなければ

追いかけるために

なんのために

スキッパーは誰

やっぱり、それは忘れよう

だけど、わたしの背骨

この、しっかりとしたマストに

大きな帆を張ることはできるわ

さぁ、行こう

この追い風を受けて

わたしは進んでいく

はるか洋上にいるはずの

君たちに会いに行こう

わたしは大きな声で

とっても大きな声で

違う名前を呼ぶことにしよう

 

 














2003/9/15発行

推奨環境IE6.0文字サイズ最小

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(編集 遠野青嵐)
ページデザイン芳賀梨花子/CG加工 Ryoko'Vivian'Saito)