蘭の会八月詩集
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「歩こう。」  「あの日の墓標」  風と花と(3つの詩)  
今夜  少し昔の夏の詩集  爽風献上  岩窟姫  
小学生の夏休み  カマキリ  天の車  カンナ  
台風100号  或る日  出汁  夏のナイフ  A grave.  








































0007 愛萌

「歩こう。」
 





イメージして。




太陽が出ていなくても
足元にはきちんと道が見える

風が冷たいままでも
靴は凍りついたりしない

目を閉じていても
見える景色はいくつもある

こぶしを握らなくても
何かを決めることはできる




イメージして。



ひまわりの花
虹の光る水
雲間から落ちる日
芽吹いた種

足の裏に
根っこが生えて
それでも自分が
まっすぐ
歩いていく姿

間違いじゃない
気にしないで
嘘も本当もきっと
そのときだけのもの



イメージして。




上着はなくても
暖めることはできる

抱きしめなくても
受け入れてもらえる

手をつないでも
迷うときもある

ひとりぼっちだけど
わたしは生きてる




だから、歩こう





今日も明日も。

 

 











0013 朋田菜花
http://www.asahi-net.or.jp/~sz4y-ogm/

「あの日の墓標」
 

 十字架を背負い歩きつづけた
 裸足で何百マイル何千マイル歩いたことだろう

 母よ、あなたは
 おまえはひどく美しく愛くるしく、背中に白い翼があると言ってくれたが
 その白い翼も、重い石の十字架を背負いつづけたせいで
 やがて羽根もボロボロに抜け落ち
 空など飛べない役立たずになってしまった

 父よ、母よあなたたちは
 なぜ何人も産んだ子供たちの中で
 私にだけ十字架を負わせたの
 重くて重くて歩けなくて
 歩く爪先からときどき血が滲んだのに
 それでも歩き続けるしかなかったあの頃

 白い翼を持っていることでねたみを受けた幼少期
 そして、十字架を背負っていることで
 さらに苦難を負った青春期

     ‥・+*+・‥

 人間って不思議なものだね
 やがて背中に負ったものがどんなに重くても
 次第に泣かないでいられる術を見つけた
 そうしたら、背中に背負っている十字架は
 他人には見えなくなっていった
 同時に白い翼も見えなくなっていった

 かろやかに微笑みながら、快活に振る舞いながら
 何の宿命も負っていない普通の人を演じることで
 救われたり癒されたりするひとときを持った 
 精一杯何でもないふりをすること
 それが私のつよがり
 でも、それはまやかしの安らぎ

 ほんとうは小さな溝さえ容易には越えられなかった
 人目を忍んで長い長い迂回路を辿らなければ歩けなかった
 なぜなら、私は、ひとと同じではないから
 背中に重たい荷物を背負っていがから
 そのほんの小さな段差さえもが苦痛だったのだ

 だから、私は人が一時間で歩く道程を三時間かけて
 それでも意地ででも辿り着くしかなかった
 歩くのは夜と決まっていた
 人目を避けて目立たぬように何マイルも歩いた
 睡眠時間を減らしてでも月明かりのもと何マイルも何マイルも
 足音をたてずにひそやかにひそやかに
 月明かりの下での歩行のおかげでポケットに
 幾粒もの真珠が溜まっていった

 つらかったのは深い渓谷を越えたとき
 ポケットからつぎつぎ大切な宝物がこぼれ落ちても
 かがんで拾うことすらできずに
 泣きながら谷底に墜ちていく真珠たちを
 見送っていくことしかできなかった
 命を削って、血を流して、そっと溜め続けた真珠たちが
 はらはらと谷底にこぼれ落ちていくのを
 なすすべもなく眺めた
 それどころか眠らずに歩き続けている躰はバランスを崩し
 幾度も、幾度もたびたび深い陥穽におちいりそうになった

     ‥・+*+・‥

 苦しい時間の中でもことさらに思い出すのは
 あの海峡の街での遠い青春の日々
 私もほかの娘たちと同じようにきれいな服を着て
 薔薇色に頬を染めて
 ショーウィンドウをながめたり
 喫茶店で時間を忘れて笑い合っていたかった
 私に十字架があることを知りながら
 誘ってくれても一緒について行くことができないのを知りながら
 わざと誘ってくるあのグループのあの子のキラキラした瞳
 あの頃はやさしさだと思いこんでいたけれど
 あとからあれは嫌がらせだったと知ったときの
 青ガエルに背筋を嘗められたような気分

 十字架を半分でもいいから背負いたいと言った少年がいた
 他人の視線すら恥ずかしがらずに
 きみがあの場所に通う帰り道だけでもと
 あの恥ずかしい十字架を他人の視線を気にせずに
 半分肩を貸して背負いながら一緒に歩いてくれたあの人を
 なぜか父がひどい言葉で追い払ってしまったときの
 底の抜けた天水桶のような気分

     ‥・+*+・‥

 頬から娘らしい紅色のいろどりがあせて
 髪に白髪が混じるころ変化は訪れた
 十字架は天上に召されていった
 母が死ぬときに一緒に連れて行ったのだ
 そうすると不思議なことに
 なくしたはずの白い翼が戻ってきた
 再び私はねたまれやっかまれ石を投げつけられた
 あんなにいとおしんで盾になってあげた大切な
 あの子やあのひとからも

 けれども今度生えてきた白い翼はとてもつよかった
 しなやかに石つぶてをはじき返した
 石つぶては投げつけた本人の頬や胸にぴしりとはね返った
 私の白い翼はいつでも空など飛べるのだよと
 私の背中でときおり自信ありげに風を切る音を立てる

 でも、私は翼の力を借りずにもう少し歩いてみようと思う
 この地上も悪くないと思えたから

 私の脚をこんなにも強くしてくれた
 あの重い石の十字架を
 十字架を背負い続けた日々を
 いまでは、いとおしく誇らしくさえ思える

 私はあの海峡を去年の夏休みに訪ね
 「あの日の墓標」をそっとうち建ててきた
 最后に母7

 

  ⇒朋田菜花さんの「夏休み自由課題」はこちらでもお楽しみいただけます。











0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm

風と花と(3つの詩)
 

風と花と (3つの詩)

1.タチアオイ

登校日なのに誰もいない
門からのぞくと 職員室の前の花壇に
ピンクとエンジのタチアオイ

近づくと 私の背よりもずっと高いよ
暑いね ここでみんなを待っていたの?

入道雲は元気だけれど ひっそり寂しい夏休み
セミの声だけ しんとひびく

だだっぴろい校庭に ひとりだけ
この世から 消えてしまった小さな私
ありんこが せっせと巣穴へ向かうのに
帰り道を忘れたの もう家には戻れない

タチアオイの側に寄り添って
ここでみんなを待ってたら
やがて私もタチアオイになるんだわ。

誰も私に気付かなくて 新学期が始まって
秋が来たら枯れてしまうんだわ。 




2.夾竹桃

白い夾竹桃がゆれている
首を縦に振り 揺れて私を眠りにさそう
高速道路の加速帯に 白い花の列が続く 

そうだ。私にも羽根があった

羽化したばかりのトリのように
久しぶり 背中の大きな羽根を広げる
そして
頃合を見計らい 離陸、しよう

『ラジャー 離陸します』
ナイス、良いタイミング ハンドルを切り
ふわっと風の流れに加わろう

セツナに見た 
滑走路から つぎつぎ飛び立つ白い羽

高速道路に 真夏の熱い風が吹きぬける
白い夾竹桃が 揺れている午後に。




3.矢車草

曇り空。帰り道。矢車草が咲いていた。
細かい雲の粒子が 無数に空から降って来て
私の周りを取り巻く

重たい湿気に包み込まれて
胸によぎる不安は 心地良いもの。

小さく沸き立つ心を抑えるように
こんな私をさとられぬように
ひとり芝居 悲しい事を思い出す。

「低気圧の停滞により本日も曇り時々雨でしょう」
矢車草の葉の茂みから 桃色 青紫 うす水色が
さざめきあって こちらを見ている

夏なんていらない 私の静かな時よ
明日も あさっても ずっとずっと 曇り空でありますように。









 

 

 











0028 阿麻
http://yumugen.easter.ne.jp/

今夜
 


        つらい人は 誰かいますか

    朝がくるのが怖い人 誰かいますか

      自殺したい人は 誰かいますか

       お金がない人 誰かいますか

       眠れない人は いますか

      眠りたくない人 誰かいますか
 
   寒くて死にそうな人は 誰かいますか

   暑くて死にそうな人は 誰かいますか

 仕事で疲れてしまった人 誰かいますか

不倫の恋に悩んでいる人は いますか

  悪い夢を見ている人は いますか
            いますか
      もし いたなら

あなたに私の綴った言葉をみんなあげる

             つらい人は 誰かいますか    
           
               朝がくるのが怖い人 誰かいますか

                 自殺したい人は 誰かいますか

                  お金がない人 誰かいますか

                  眠れない人は いますか

                 眠りたくない人 誰かいますか
 
              寒くて死にそうな人は いませんか

              暑くて死にそうな人は いませんか

             仕事で疲れてしまった人 誰かいますか

             不倫の恋に悩んでいる人 いますか

              悪い夢を見ている人は いませんか

 

 











0038 純理愛。
http://koukotu.tripod.co.jp

少し昔の夏の詩集
 

行きし日々戻らぬ日々を
ただ求め
写真見つめて
泣きなさる
涙に濡れし
その頬は
悲しみに暮れれども
紅く在る

蝉の声
ひまわりの色
忘れても
君のことは
忘れまい
それでは何故貴方は
ここにいらっしゃらない
貴方のいない平和な日々

寝室の窓の外
広がる夏の庭
枯れていく盆栽
増えてゆく雑草
目をこらせば貴方

息のない
何も言わない
でも幸せな
そんな亡骸
やっと一緒になれたのでせう

愛す人
帰らぬときは
この私
少し歩いて 
迎えませう

いつだって
いつの日だって 
夜の間は 
貴方と私 
一緒がいいの

ああ、美しき
美しき人
何故死に急ぐ?
美しく
生まれたための
定めというのか・・・

少し前
少し昔の夏の日に
耳を澄ませば
聞こえてくる
爆音
悲鳴
泣き声
これもほんの少し
少し昔の夏の詩集

 

 











0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-world

爽風献上
 

からみつく
湿った熱
音の無い
耳鳴り


がらすが 

てぃん、





風はほんとうに自由の象徴なんだろうか
はりめぐらした縄かなにかのように 
地球をぐるぐるにしばって
ぼくらを とじこめているだけ
では ないのかな

ぼくはナイフの先をみつめ
林檎のように自分の皮をむけたらいいとおもった
でもぼくは皮むきがあんまり得意じゃないので
どっちにしてもさっぱりできない

汗がふちどる
ぼくという輪郭
くずれて



がらすが 

てぃん、




どこかで


 ああ爽やかな夏の鈴の音
(あれは風自身の声、じゃない)

そういう 因果律

 

 











0064 紺

岩窟姫
 


遠くを見るよ
とおくをみるよ
岩に開いた小さな窓から
とおくをみるよ

涙は軽石の窓枠に
音も立てずにすいこまれてゆく
誰か
小さな梯子でここまで
登ってきて
ザラザラに負けないで
私の手を取って

    (いつまですべすべだろうわたしの手)


ザラザラに負けないでお願いだから

    (けれどお願いなんてしたことない)


清らかな水の匂いがする岩肌に耳をつけると
どこかでバオバブが水を吸い上げる音がする
ドコカデ水たまりに血の混じる音がする


ああ 誰かのてのひらが空をみあげている


しろい骨のようなさんごのかけらで
十字架をつくりました
麻ひもをつけて首からさげました


ココハムカシウミダッタノデショウ


幾千年も岩のなかで祈りながら
ひっそりと涙を流しながら
旋回しそらへと還るたましいを
何度みおくったことでしょう


今日も地平線を
ひとすじの煙が


のぼってゆきます

 

 











0066 藤咲すみれ
http://members.jcom.home.ne.jp/cow/

小学生の夏休み
 


暑くて暑くて
朝食はカキ氷

だってもう暑いんだもん
プールでお腹痛くならないもん


@小学生の夏休み@

朝7時からラジオ体操にいきましょう
朝10時より前はでかけてはいけません
だれと どこに なにをしにいくのか
なんじまでにかえってくるのかか 親に伝えましょう


お母さん行ってくるね


友人とよく近所のプールに遊びに行った
朝9時からやっているプールには
朝9時から入りたい
だから
「10時から」というしおりの言葉を無視して
外へ飛び出した

自転車で5分のところにある市営プール
小学校の前を通るときは少しハラハラしながら
猛スピードでとばす
小学校無事通過

友人と2時間ぴっちり
プールで遊ぶ

私は泳げないけれどプール大好き

ただはしゃいで遊んでもぐるだけだけど

何よりも楽しみだったのが、
プールが終わってからのお菓子だった

母から貰った100円玉を握りしめ
プール出口を右に曲がって
軽食処の前にある駄菓子屋

濡れて重い塩素くさい長い髪の毛をタオルでまとめて
お菓子が濡れないように
選んだ
100円分
消費税はサービスだから
って
きっちり100円分
握りしめていた100円玉は
払う時にはもう暖かくなっていて

あのおじさん
今でもあの駄菓子屋
やっているのだろうか

お昼におうちに帰ってきて
ぐぅぐぅ寝てたっけ
あんなにプールで遊んでいたんだもん
相当疲れていたはず


明日は何しようか
明日もプールにしようよ



朝9時から
のんちゃんと
プールで遊びに
銀河アリーナに行ってきます
お昼には帰ってくるよ

あ、お菓子代の100円ちょうだい

 

 











0069 ひあみ珠子
http://members.jcom.home.ne.jp/pearls/

カマキリ
 

2cmくらいの小さなカマキリが
天井にはりついていたのです

今、虫かごに入れて飼っています

カマキリは生きたエサしか食べないので
せっせと
実にせっせと
エサを運んでやります

(そういえば、街路樹の枝の奥に
 まだ目に膜のかかったヒヨドリのヒナ
 いたっけな)

最初は体が1mmくらいのクモ
次からは1cmくらいのバッタ
3cmはあるシャクトリムシも
黄色のテントウムシも
緑色のはねの蛾も
アリも

小さなカマキリが
飼い主の運んだ小さな虫を
頭からガツガツと平らげます
朝に1匹、夕に1匹
食べ終わると
それは満足そうに
カマを舐めるのです

あれから1週間
カマキリは一回り大きくなったようです
ガツガツガツガツ

せっせとエサは運ぶけれど
食べるところは観察しなくなりました
少し大きくなってきてしまったので
少し
食いちぎる様子が少し

たとえば
このカマキリが
このまま大きく大きく大きくなったとしたら
多分
遠慮なく飼い主のことも頭から
ガツガツガツガツ
そんな様子が少し

たとえば
このカマキリがオスで
飼い主がメスのカマキリになったとしたら
多分
交尾のあと遠慮なく
ガツガツガツガツ
美味しそうに見えてしまいそうな感覚が少し

そろそろ庭に返してやるべきなのでしょうが
まだ かわいくもあり

 

 











0071 阿岐 久
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/8110/

天の車
 

君帰る 天の車に乗りて

葉月の宵 君の影を見た

そちらはどうですか

尋ねるも 君は微笑むのみ

こちらは楽しくやっております


残された子供は

物珍しそうに眺めている

足付きの 胡瓜と茄子

 

 











0081 よごろうざ
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/3405/

カンナ
 

       たどりついたのはさがしていたから

       幾株ものその赤い赤い花は
       わずかな隙もなく夏で満たされた
       音を吸い込むほどに青い青い空の中
       たくましくみずみずしい葉をしたがえ
       茎にいただかれ
       炎よりももっとあでやかに
       炎よりもずっとたよりなく

       あなたはその花たちに囲まれ
       台所仕事そのままの姿で
       結い上げた黒髪を陽射しにあぶらせ
       白い白い腕に二三のその花を抱きかかえ

       突然現れた私に
       次の一本を取る手を止めるほど驚いて

       まぶしげになつかしげに
       やがて泣き出しそうに
       首を傾げて瞳を細めた

       あの赤い赤い花
       あの青い青い空
       あなたは確かに微笑んだ
       私はしかし少年だった
       そのことが悔しかった
       今回は私がすこし遅れたのだと
       あなたにすまないような気さえした

       私はものも言わず
       出てきた時と同じように唐突に駆け出し
       駆けて駆けて
       家まで駆け続け

       切れた息のまま井戸の水をかぶると
       両の手足がちくちくとし
       見ると茅の葉でつけた
       無数の細かい傷

       着ていたシャツを脱いでしぼり
       体を拭いて家に上がり
       急いた気持ちで向かう
       いちばん奥のひんやりと暗い
       そこは仏さまのおられる部屋

       なぜこのときこの部屋へ来たのか  
       今ではもう思い出せない
       陽射しと区別がつかないほど強い蝉の声に
       気を失ったのか眠り込んだのか
       目が覚めたら夕方で
       きっとそのときの母がかけてくれた
       夏ぶとんのさらさらした感触
       蚊遣りの匂い

       遅れてきた私に
       あなたは拗ねてしまったのか
       そういえば
       そんなところのある人だったような

       川向こうの土手を通る葬列の
       真っ白な布をかけたお棺の上には
       あの赤い赤い花

       あの青い青い空
       あの白い雲白い布
       あなたはさっさと次のところへ
       私はそしておいてきぼり
       私の背より高かった
       あの赤い赤い花
       そのことが悔しかった
       今回も手がかりをくれなかったと
       あなたが恨めしい気さえした

       私はあなたの本当の名前を
       きっと知っていたはずなのに
       とうとう思い出せないままに
       過ぎていったあの夏

       次に逢えるのはいつだろう
       またあの花が咲く頃に
       今度は名前を呼んであげる
       陽射しを通り抜ける声で

       たどりつくまでさがしてあげる

 

 











0083 栗田小雪

台風100号
 

台風100号は今夜から明日の朝にかけて北上するでしょう
日本全土に大きな災害を与えるでしょう
降水確率は1500%でしょう
風速時速8000kmでしょう
てるてる坊主一家に200個つるしても、
台風100号には叶わないでしょう
どこかの陰謀者が台風の目にアンテナを仕掛けて
リモコン操作をしているでしょう
あさっての朝からは晴れるでしょう
車の下のねこもひなたぼっこをするでしょう
お母さんの料理は変わりなくおいしいでしょう
あのひとの体はいつものように温かいでしょう
あのひとの体はいつののように温かいでしょう
太陽は今日も昇るでしょう
お月様は明日も追いかけて来るでしょう
プテラノドンはのびのびと空を飛ぶでしょう
仕上げに塩・胡椒少々
私は泣いたり笑ったり、
死ぬまでは生きるでしょう。
無茶苦茶になってもへっちゃらでしょう!

 

 











0085 朱雀
http://homepage3.nifty.com/complass/index.htm

或る日
 

明日より近い未来さえ

徒夢(あだゆめ)の如く 斑消(むらぎえ)て

耳のうしろを擽るような 

うそやぐ余韻が後を引く


ぼんやりとした 心痛などは

さしより 大して有要ではなく

それより 今日のこの暑さ!

チリリと焼くよな 烈日を

如何に凌げば よいものか


夏の衣に片袖通し

乾いた 吐息を絡めるように 

焼けることなど ありえもしない

白い肌が ふるりと跳ねる


確か去年の今頃は 

棘(おどろ)の路(みち)の その先に

曙光(しょこう)が射していたような・・・


浮かめだての あやまりだらけ

氷水(ひみず)に冷えた 

玻璃(はり)のグラスも

元をただせば 珪酸塩

詮ないことを言うよりも

まずは何より この暑さ


口に含んだ氷を齧り

勢(はずみ)をつけて これより先の

日常へ

 

 











000a 宮前のん
http://plaza5.mbn.or.jp/~mae_nobuko/

出汁
 



今朝おきて顔も洗わずに食卓についたら
母さんが台所で小さな貝になっていた
朝食の用意が出来ていなかったので
仕方なく卵焼きとみそ汁をこしらえて
貝の母さんに砂を吐かせて
煮え立ったみそ汁の中へ放り込んだ
すると母さんは熱さで我慢出来ずに
とうとう口をパカッと開いて
父さんが急に居なくなったわけを
洗いざらいしゃべりはじめた
泣きながらどんどん吐き出して吐き出して
その愚痴はみそ汁のいいダシになり
やがて母さんは全部吐き終えて
みっともないほど小さくなった
私も泣きながら朝食を食べ始め
ご飯と卵焼きとみそ汁と母さんを
胃の中にごっくりと飲み干してしまった



 

 

 











000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/

夏のナイフ
 

エアコンのない、
中途半端に古い家にいるものだから、
ほんとに蒸し暑くってかなわない。
料理なんかする気力ないし、
食欲ないし、
おまけに、
部屋のなかがへんになまぐさい。
生ゴミが腐ってるせいかと思って掃除したけど、
それでも妙になまぐさい。
部屋の隅っこで死んだまま、
誰もその存在に気づかないでいる、
乾涸らびかけたネズミみたいな臭いがする。

どうにも気持悪いんだけど、
食べなきゃ夏バテしちゃうから、
冷や奴とキュウリもみでも食べようとしたら、
菜切り包丁がない。
ステンレスの穴あき包丁もない。
柳刃も出刃包丁もない。
チーズ切りナイフすらない。

もしかしたら泥棒?
と思ったけど、
考えてみたら、
ずーっと家にいたのに泥棒が入るわけがない。

しかたないから豆腐は丸ごとそのまま出して、
キュウリはぼきぼき折ってキムチの素をかけた。
我ながら安直な夕飯だなあと思う。
ダンナもそう思ってるらしい。
すこし不機嫌そうなのでそれとわかる。


 これじゃない。
 こんなンじゃない。
 こんなにしかくくない。
 こんなにあななんかあいてない。
 こんなにほそながくない。
 こんなにおもくない。
 こんなにへんなかっこじゃない。
 こんなンじゃない!
 これじゃない!


どこかで子どもの泣く声がした。
赤ん坊の泣き声じゃなくて、
小さな子どもの声だ。
ダンナはさらに不機嫌そうで、
私との間に新聞の壁をつくって、
テレビさえ見ようとしない。

イヤな雰囲気漂う家の中で、
ゴト、バタ、と、
家鳴りがした。


 これじゃないンだ。
 あれがほしいンだ。
 ずっとほしかったンだ。
 でもかってもらえなかった。
 あれはもうすこしおおきくなってからだって。


また子どもの泣く声がした。
今度はさっきよりはっきりと聞こえた。
ダンナが新聞の壁を突然に崩した。
うるせーなーと不機嫌に言うかと思ったら、
違うみたい。

おまえ、あいつだろう、
マァちゃんだろう。
あれだな。あれがほしいんだな。
ほしがってたもんな。
はっきり言やいいのに、バカだな。

台所に向かってそう言うと、
立ち上がって、
納戸の戸棚をごそごそやりはじめてる。

何がなんだかわからない。
今度は私がイライラしてきた。

ダンナは小さなナイフを握りしめて、
居間に戻ってきて、
イライラしてる私を無視して、

ほら、やるよ。

ナイフを投げた。
すい、とナイフが消えた。
粉砂糖が水に溶けるみたいに。
すっかり消えてしまったと思ったら、
バラバラバラと私の包丁が落ちてきた。
よりによって、みんながみんな私の膝に。

ちょっと流血の惨事。

私はプリプリしながら傷に消毒薬を塗る。
それはまあいい。
たいしたことなかったからいい。
それよりアタマにくるのは、
あれってなんだったの?と
ダンナに訊いても、
ありゃひごのかみさ、
というだけで、
ちっとも説明してくれないことだ。

そのくせダンナはブツブツとひとりごと、

ずっとほしかったって?
あいつ、三年しかこの世にいなかったじゃないか。
そういや四十五回忌か。
四十八年もほしがってたのか。

ひごのかみって、カミサマ?と訊いたら、
ダンナはゲラゲラ笑って、
それからいやにしんみりと、
手酌で焼酎を飲みだした。

家鳴りは鎮まり、
なまぐさいのもいつのまにか収まって、
網戸から涼しい風が吹いてきた。

 

  ⇒佐々宝砂さんの「夏休み自由課題」はこちらでもお楽しみいただけます。











000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/

A grave.
 

おとうさんは石になってしまった
石屋はとても良い石だと言う
わたしには違いがわからない
地面から三段あがったところ
積み重なったおとうさん
それがわたしにとっての八月
わたしね
おとうさんの日記を
このあいだ読み返してみたの
みっつまでのわたしがいたわ
おとうさん
おとうさんはわたしのこと
覚えているかしら
大きな欅
木陰の井戸から
汲みだした水よ
冷たいでしょ
気持ちいいでしょ
おとうさん
おとうさんは行水が好きだったわね
日向と日陰の境界線がくっきりと
そんな日には
わたしも一緒に
大きなたらいに水をいっぱいにはって
ねぇ、おとうさん
わたしたち肌が弱いから
すぐ汗疹ができてしまうのよね
だから今日もきれいにしてあげる
おとうさんを磨いてあげる
ほら、こうするとおとうさんから
わたしの顔がよく見えるでしょ
おとうさん、もういちど
声が聞きたい
このあいだ会った時は
おとうさん
あなたは、もう何も言えなかったから
手をつないで、おとうさん
ねぇ、いっしょにおどって、おとうさん
おとうさん
おとうさんと
石になってしまったおとうさんを
なんども呼ぶけれど
おとうさんは
ちっとも返事をしてくれないから
おとうさんに似た男を探してしまう
おとうさんに似た男を愛してしまう
だからなのか、男は必ず
かわいそうな君と
わたしを呼ぶ
わたしにはおとうさんがつけてくれた
すてきな名前があるのに

 

 









2003/8/15発行

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