(c)蘭の会












  「慟哭 」  鬼になった木  鬼の棲む日々  

頑なゆえに  鬼になる  微笑む鬼の血筋  失楽  

鬼母  おまん瞑目  その時わたしは上目遣いで  




         





























0001 はやかわあやね
http://homepage2.nifty.com/sub_express/
夢うつつか幻か
鬼に追われた私は夜半に目を覚まし
泣きじゃくる子どもを抱えながらいつまでも
先程の鬼の顔を思い浮かべては
懐かしさと恐怖にうちひしがれているのでありました

迫り来る恐怖は申すまでもなく
ただあの懐かしさは何処から生まれてくるのだろうかと
幼子に乳をやりながらも布団の中で
天井の桟を数えているのでありました
せんべいのように硬くなっためん綿には
何の抑揚もなく
すきま風のぴゅうぴゅうと駆け巡る我が家には
男手もなく
いろりの炭が最後の温もりを灯したことにさえ
誰も気付かないのでありました

幼子と私と年老いて寝たきりの母親と
何処をどうして食べてゆけばよいのだろうか
このぼろやさえももう人手に渡ってしまいそうで
何ひとつすがるものも蓄えるものも残っていない
ごとごとと音をたてる折からの季節風にさえ
ほんのりと怒りを覚えてみたりするのです

あぁ鬼は
もしかしたら私だったのかもしれません
老いた母親を捨て
遠くに逃げてしまいたい
この世の全てのしがらみと
浮き世の義理から抜け落ちて
抱えるもののない所で腕を自由に振り回し
浮き草のごとく生きていたいと願う心の鬼が
私の中を今も巣食っているのです

年老いた母は私の分身
鬼に見いだされた私の母は
少しづつ生き血を吸い込まれながら生気を失い
あぁして寝込んでいるのです
私はと言えば
くわえこんだ母の生き血を乳房に貯えながら
不平不満をつぶやいては己の恨みを子に託し
今日も生きながらえているのです










0007 愛萌
「慟哭 」


その坂の下では
いつも
女が泣いている


紅い着物の袖口で
顔を隠したその女
おおん
おおんと泣いている


おおん
おおん



そこを通った
旅人が
なぜに泣くのか
問いかけた



   愛した男がおりました
   わたくしを愛してくれるなら
   命を捧げるつもりでした
   何もかも捨てて
   あの人と
   生きて行けると信じました
   それだのに今宵あの人は
   見知らぬ女と祝言を
   祝言をあげると言うのです



おおん
おおん



旅人は
女に
優しく
囁いた



   そんな男は忘れておしまい
   お前はまだ空若い女
   これからいくらでも出会いがある
   そんな男は忘れてしまいよ




おおん
おお、ん



すると女は
袖口を下ろし
ゆっくり
旅人を
振り返った



   わたくしのこの
   姿を見ても
   あなたはそう
   言うてくれるのでしょうか




旅人は
知らなかった
女の怨が
慟哭が
この坂の下で
鬼という
哀しい生き物に
なることを



   共に生きてください
   あなた
   ただそばにいてください
   この腕の中に
   そうすれば
   あなたを食べて
   血の一滴も
   遺さず食べて
   永遠に愛して差し上げましょう




その坂の名を
黄泉平坂と人は言う


いつのまにか
慟哭は
消えていた










0016 渦巻ニ三五
http://homepage3.nifty.com/ginryu/index.html
鬼になった木
死んだ木が立っていて
白い裸がにょっきり立っていて
あおいあおい空に
梢を突き立てている

熊笹の原を風がわたり
霧が這いのぼる
冬には雪が吹きすさぶところ

はるかに遠い麓の あたたかな土

岩の上に最初にはこばれてきたのは
何だったのかしら
その次に来たものは――?
鳥の声さえ遠い

溶岩の隙間にぎりぎりと根を張っているので
死んでも倒れず

雲の生まれるところ
生きながらよじれた幹は
骨のように白くなり
死してなお天を突く

ああ、梢をこんなに尖らせていたなんて
生きているうちはわからなかった

ぎりぎりと根を張っていたので
死んでも倒れません
夏でも寒いこの地では
朽ちることさえ

怨みはしない、怨みはしないけれど
もう横たわることもできない










0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette_top.htm
鬼の棲む日々
茜色のさす 古い校舎
木のぬくもり きしむ階段の音。
中傷の言葉は闇のヘビのように
教室の隅のホコリに紛れ 攻撃の機会をうかがう。
しかし人は
水洗トイレのように
軽々とノブを押し 中傷を流し去るすべを持っていた。
入学して初めの一年間、トイレは水洗ではなかったが。

クラスの窓の外には
柳の大木が 校舎に寄り添うように立っていて
毎日、毎時間、じっと教室をのぞき込んでいた。

校門からあのカドまで西に向かってまっすぐ、
直線距離100メートル。
放課後は 夕日が輝く一本道となる。
その道を
イエローブリックロードと勝手に名づけていた。

誰かに涙を見られたのだろうか。
帰り道で飛んできた言葉。
「鬼の目に涙!」
なんて見事な表現だろう! 感心さえしつつ
太陽を背にして振り返る。
表情は 逆光で見えないだろうが。

優しい風の吹く日
教室に寄り添う柳の木を 授業で描いた。
あの木の下で鬼は泣いていたかもしれない。
もうすぐサヨナラだと言って。
やがて
新校舎が立つので老木は切り倒され
クラス替えがあり それぞれの道を目指し 
鬼は取り残されたまま 忙しく月日は過ぎた。

いま
分かれ道でもらった言葉を思い出す時
自分の鬼はやっぱりまだ
あの柳の木の下にいるのだと思える。
そしてその気になれば
いつでもあの老木の下で 鬼に会うことが出来るのだと思う。










0045 雪柳
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=yukiwatari
頑なゆえに


悲しみに   想い 狂おしく乱れ
     つぶれた心
 しぼりだすのは 声無き聲か
 形となりて溢れ出んとする
   
       涙

  流されるのを 良しとせず
  眼を見開いて 押しとどめ
  心と共に こわばって行く

    凍りつく  表情

  そのとき人は 鬼となる



   自分自身の弱さから
     鬼に 転じる
  それは鬼畜と成り果てて
      新たなる
  悲しみを撒き散らすだろう













0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-world
鬼になる
誰でも
他愛ない遊戯のなかできっと一度くらいは
オニという役割を演じたことがあるでしょう

誰かをオニにして
誰かにオニにされ

かけっこが苦手だったから
最後のオニはいつもわたし

オニさんこちら オニさんこちら
手の鳴るほうへ 手の鳴るほうへ
何度招かれても 何度招かれても
かえって拒絶にひとしい呼び声

ふぅらり 躍り出るものがあっても
なぜ この手につかめないんだろう
砂を噛むみたいにして 地団駄踏んで
泣き出してしまったことが ある

こんなにも誰かの手をとろうとしても
それが全部徒労に終わってしまうから
走りつづけた果ての汗と涙でぐちゃぐちゃ
こんなにさみしいのにこの遊戯から抜けられない
泣いたからって誰かにオニが代わったわけじゃないし
だってこれは あそび なのだもの
なにを泣くことがあるの
だってこれは あそび なんだから

だからわたしは近づいてきた男の子の
肩に触れようとした指先をがしりとつかみ
そのまま引き寄せて頭から丸かじりした
あったかい血 わたしの涙とおなじ味
だからやっと安心してふうわり ほほ笑む

割れた鏡のカケラ飛散するようにみんなが逃げた










0069 ひあみ珠子
http://members.jcom.home.ne.jp/pearls/
微笑む鬼の血筋
私にとって鬼と言えば、
豆まきでも桃太郎でも一寸法師でも課長でもなく、
鬼ババァである。

鬼ババァは私のリカちゃん人形に着替えの服を縫ってくれたし、
手編みのミトンも作ってくれたし、
ひざの上に頭をのせて耳そうじしてくれたし、
やわらかくて甘いきんぴらごぼうを作ってくれたし、
足の冷たくて眠れない夜にはあたたかい太ももではさんでくれたけど、
姉弟げんかをしたときには「必ず」私を叱ったし、
友達と遊びに行くための洋服や水着はあまり買ってくれなかったし、
不用意に置いてあった手紙を勝手に読まれたし、
初めて彼氏ができたときにはまず注意事項ばっかり並べられたので、
わりといつも恨んでいた。

今になって思えば、恨んでばかりいた自分が可愛げがなく、
鬼ババァがそう思っただろうことは仕方のないこととも思うけど、
私と弟のどっちが好き?といくら聞いても、
「どっちも同じくらい好き」
としか答えなかった鬼ババァの、
いつも一見、清く正しいやり方に、
私の不満は体を千切るほどに膨れたものだ。

しかし、まあ、「今になって思えば」、
この私が、たびたび
「母んちゃんのバカ、いぬウンチ!!」
などと、3歳に思いつく限りの悪態をつかれるような境遇になってみれば、
悪態をつく3歳の捨て身に、胸のすくような(愛情に似た)思いと、
過去の不満は虚であったか、と恨みが薄れていくような思いをする。










0070 kamome
http://www.medianetjapan.com/town/entertainment/
kamome/index2.html
失楽
どちらが裏切りなのだろう........

愛を失った人と暮らし
愛なき人に抱かれ
愛する人を想い焦がれ 
涙する 罪悪(げんじつ) 

愛する人との逢瀬重ね
愛する人の腕の中
悦びに燃えるからだあわせ
涙する 罪(ゆ)悪(め)

諸刃の剣 心に隠し
夢と現実の狭間で揺れる 心ふたつ

罪悪という現実と
現実と言う罪は
唇を拒む 娼婦のように
あの人を拒む

ああ 夜が怖いのは 
我が身の不実ゆえ
捨てきれぬものへの執着と不安
内に秘める邪悪は
全てを破壊する



あなたの内部までも愛しく
愛する人に抱かれ
夜の帳を待ち望むこころに
涙する 夢(つみ)

愛と言う欠片繋ぎ合わせ
冷たい想いを寄せ
骸と化すからだと心閉じ込め
涙する 現実(つみ)

諸刃の剣 心に隠し
夢と現実の狭間で揺れる 心ふたつ

罪悪と言うゆめと
ゆめと言う罪は
唇を求める 悪女のように
あなたを求める

ああ 夜を望むのは 
我が身の不実ゆえ
断ち切れぬ情憐と憎しみの果て
内に秘める邪悪は
全てを破壊する










000a 宮前のん
鬼母

もしも

おまえの乗った船が
嵐の真ん中でごうごうと音をたてて沈む時
他の人を押しのけてでも
帰っておいで


もしも

おまえが戦争にでもかり出され
持ちたくもない機関銃を撃たされた時
敵を殺めてでも
帰っておいで


もしも

おまえがひもじくて
野良犬のように飢える時
人様の物を盗んででも
帰っておいで


もしも

おまえがそのために
多くの善良な市民の前に裁かれる時

母が代わりに

地獄に落ちてやるから





 










000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/
おまん瞑目
信濃路にその名も高き戸隠の、
白峰の雪は幾重に積り、
今はいづこに紅葉やある。

 夜はよい、昼よりよい、とおまんは思ふ。
 からかひ囃す子らがゐない。
 後ろ指指す大人もゐない。

 頭丸めたおまんのそそ毛、
 千本繋げば都に届く、
 頭丸めてそそ毛は剃らぬ、
 おまんのそそ毛は金色五色。

 おまんは草庵にひとり、瞑目する。
 吹雪はやんで月夜になつたらしい。
 火燭も炭も焚かぬ草庵の、
 破れ毀れた板壁よりほんのりと雪灯りして。
 思へばかのひとに出逢ひ初めたは、
 このやうに雪灯りする夜であつた。


  おまんは月夜の雪道を駈けてゐた。
  修験の筋に生を受ければこそ、
  雪の冷たさも山の闇も苦ではなかつた。
  おまん駈ければ一夜に五十里と唄はれた、
  その素晴らしく逞しい脚でおまんは駈けた。
  しかしおまんは口惜し涙に泣いてゐた。
  泣きながら駈けてゐた。

  神のましますお山に入つてはならぬと、
  禁じられたのが口惜しかつたのだ。

  神の声を聴くのは女ではなかつたか。
  神の姿を見るのは女ではなかつたか。

  木の皮剥ぎ取る鹿よ退け、
  木の根掘り出す猪よ退け、
  そそのけ、そそのけ、
  おまんが通る。

  泣きながら駈けるおまんの眼に、
  山も谷も飛ぶやうに過ぎてゆく。
  そんなおまんを呼び止めるものがあつたのだ。
  おまんの早足をものともせず、
  かのひとは泣き叫ぶおまんに声を掛けたのだ。

  神の声を聴くのは女。
  神の姿を見るのは女。
  おまんよ。
  荒倉の山に来い。
  荒倉の山に来い。

  おまんは脚を止めた。
  脚を止めてそのひとをみた。

  雪白の上に広がるは、
  目を奪ふばかりあでやかな緋毛氈、
  緋毛氈の上に広がるは、
  目を奪ふばかり丈なす黒髪、
  黒髪の上に輝くは、
  雪より白い柔肌に目を奪ふばかりたをやかな、
  天女と見紛ふ姿であつた。

  おまんよ。
  儂はおまへが欲しい。

  そのときおまんは思つたのだ。
  このひとについてゆかう、と。
  このひとが鬼であらうと蛇であらうと、
  このひとの手となり脚とならう、と。


 おまんは草庵に瞑目してゐる。
 瞑目しても経は読まぬ。
 頭は丸めたがおまんは尼ではない。
 見せしめに剃髪された頭には、
 今もなほ傷が残る。
 尼ではないおまんの胸に去来するのは、
 昨日もけふも、
 たつた一つの呪ひである。

 鬼となれ、我があるぢよ。
 鬼となりて戻れ。

 しんしんと冷える信濃の夜、
 おまんは何時までも呟き続けてゐる。


信濃路にその名も高き戸隠の、
白峰の雪は幾重に積り、
今はいづこに紅葉やある。










000c 芳賀 梨花子
http://www.stupidrika.com/hej+truelove/
その時わたしは上目遣いで
女という生き物の中に鬼がいるとしたら

それは、きっと、今みたいなときに

目を覚ましているんだわ

どこかに置き忘れてきた季節が

追いかけてくるような息遣い

指先が冷たい

情熱とか

そういうものって

なんなのかしら

このまま

こうやって

冬をすごしていくということは

別にどうっていうこともないけれど

もしかしたら桜の咲くころまでに

息をすることを忘れてしまうかもしれない

怖いのっていうのは卑怯です

だけど、そうやって

わたしは何度も何度も性懲りもなく

鬼をよびさましているのでしょう










2002/2/15発行

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(編集 遠野青嵐)
ページデザイン CG加工 芳賀梨花子)