北白川宮家

概要

創設年月日
慶應4年 稱聖護院宮
明治3年 改稱北白川宮
所出天皇
崇光天皇
創設者
伏見宮邦家親王第二王子嘉言親王
「皇籍離脱」
昭和22年10月14日

歴代當主

聖護院宮嘉言親王

幼稱
多嘉宮
御父
伏見宮邦家親王 (第二王子)
御母
家女房藤木壽子
降誕
文政4年1月26日
出家・稱雄仁入道親王・光格天皇猶子
天保2年
親王宣下・命名・入曼殊院
天保3年
還俗・稱聖護院宮・敍一品
慶應4年
薨去
慶應4年8月11日

北白川宮智成親王

幼稱
泰宮
御父
伏見宮邦家親王 (第十三王子)
降誕
安政3年6月21日
孝明天皇養子・聖護院門跡雄仁法親王附弟
萬延元年
親王宣下・命名・落飾・入聖護院・稱信仁入道親王
慶應2年2月
稱照高院宮・還俗・聖護院宮繼承
慶應4年 聖護院宮繼承は兄宮嘉言親王薨去に由る
敍三品
明治2年
改稱北白川宮
明治3年
薨去
明治5年1月2日

北白川宮能久親王

幼稱
滿宮
御父
伏見宮邦家親王 (第九王子)
御母
堀内信子
降誕
弘化4年2月16日
青蓮院宮附弟
嘉永元年8月
梶井門跡附弟
嘉永5年
仁孝天皇猶子・親王宣下・命名
安政5年10月
輪王寺宮慈性入道親王附弟・得度・法諱公現
安政6年11月
江戸下向・寛永寺貫主・鎮護王院宮(輪王寺宮)
慶應3年5月
奧羽越列藩同盟により擁立
慶應4年
降伏・蟄居
明治元年9月
解處分
明治2年9月
伏見宮家復歸・還俗
明治3年10月
北白川宮
明治5年3月 弟宮智成親王薨去に由る
陸軍少將
明治17年
敍大勳位授菊花大綬章
明治19年12月29日
陸軍中將
明治25年
山内豊信長女光子 後離婚
島津久光養女富子 實父は伊達宗徳
薨去
明治28年10月28日 臺灣出征中 賜國葬 贈陸軍大將
贈菊花章頸飾
明治28年11月1日

北白川宮成久王

御父
北白川宮能久親王 (第三王子)
御母
北白川宮能久親王妃富子
降誕
明治20年4月18日
北白川宮
明治28年 御父能久親王薨去に由る
敍勳一等授旭日桐花大綬章
明治40年11月3日
婚儀
明治42年 妃は明治天皇第七皇女房子内親王
敍大勳位授菊花大綬章
大正6年10月31日
薨去
大正12年4月1日 自動車事故に因る
斂葬
大正12年6月8日
最終階級
陸軍砲兵大佐

北白川宮永久王

御父
北白川宮成久王 (第一王子)
御母
北白川宮成久王妃房子内親王
降誕
明治43年2月19日
北白川宮
大正12年 御父成久王薨去に由る
敍勳一等授旭日桐花大綬章
昭和6年10月26日
婚儀
昭和10年4月26日 妃は男爵德川義恕次女祥子
薨去・特進陸軍砲兵少佐・贈大勳位菊花大綬章
昭和15年9月4日 演習中の事故に因り戰死

北白川道久 (もと北白川宮道久王)

御父
北白川宮永久王 (第一王子)
御母
北白川宮永久王妃祥子
降誕
昭和12年5月2日
北白川宮
昭和15年 御父永久王薨去に由る
皇籍離脱
昭和22年10月14日 以後北白川道久を稱せらる
神宮大宮司
平成13年4月乃至平成19年7月
神社本廳統理
平成23年6月4日
夫人
公爵島津忠承三女慶子
子女
三女を儲けられてゐる

永久王所出子女 (當主を除く)

成久王所出子女 (當主を除く)

能久親王所出子女 (當主を除く)