平成15年自由民主黨總裁選擧回顧抄録
序
本稿は、平成15年に實施された自由民主黨總裁選擧について、先生方がどのやうに行動したか、その悲喜交々を綴るものである。
9月2日 (火) - 割れた平成研
結局、平成研究会は藤井元運輸相を一應出しといて自主投票になる模樣。泉下の竹下登が見たらどんなに嘆くことであらう。
【後日追記】野中広務は小泉純一郎の再選を阻むべく、自前候補を立てることに執念を燃やしてゐた。一方、青木幹雄は、小泉再選で動いてゐた。兩者が相容れず、鐵の結束も何のその、小泉登場まで天下を恣にしてゐた平成研は、分裂状態に陷つたのであつた。
9月3日 (水) - 各陣營の始動
藤井氏は立候補正式表明。
志帥会は亀井静香の擁立を正式表明。
番町政策研究所の高坂元外相は頭數を揃へるのに奔走?
大きい方の宏池会は、丹羽氏擁立か現宰相(【後日註】小泉純一郎)の軍門に降るかで揉めてゐる模樣。會長(【後日註】堀内光雄)と番頭(【後日註】古賀誠?)の意見が違ふ邊りから既に駄目と覺ゆ。
9月5日 (金) 〜 「アカデミー演技賞」
高坂元外相は頭數を揃へるのに成功して正式に立候補表明。大勇会は現宰相支持であるが、借りがあるにつき高坂氏に推薦人を貸す模樣。
大きい方の宏池会は、結局自主投票。始めから割れてゐた平成研より更に無慘な感あり。古賀氏はアカデミー演技賞
と曰うたが、實に救へないドタバタ劇を演じたものである。
9月8日 (月) : 白露 - 告示
本日告示。結局、小泉、亀井、藤井、高坂の四氏の爭ひとなりぬ。
今のところ先が見えてゐるので詰らぬこと此の上なし。
9月9日 (火) : 重陽 〜 野中広務が引退表明
野中広務が今期限りで引退する旨を示し、現宰相への敵意を改めて表した模樣。これでどうなるとも思へないが、寢耳に水であるのは確か。
【後日追記】この日であつたかどうだかは定かでないが、野中は所謂「毒まんじゆう」發言を行ひ、結局、選擧には負けたがこの年の流行語大賞を取るに至つた。それにしても、このときは本當驚いたし、今でも、野中の執念には呆れるばかりである。
9月14日 (日) - 10月10日解散説
總裁選やつてる最中であるといふに、10月10日解散説がまことしやかに流れる現状は、摩訶不思議といふか何と云ふか。
【後日追記】結局、この説の通り、10月10日に衆議院は解散、これを受けて第43囘衆議院議員總選擧が、10月28日に公示され、11月9日に施行された。
9月16日 (火) - 結果は見え見え?
塩爺(【後日註】當時、財務相)は、來たるべき内閣改造では再任されざる意嚮を表明した由。總裁選、既に勝つ人極つてゐますか?
【後日追記】塩爺は、10月10日解散後、總選擧に立候補せず、政界を引退。
9月20日 (土) - 決着
何の意外性もない結果につき言ふべき事はなし。
9月21日 (日) - 黨役員人事
山崎副總裁、安倍幹事長は豫想外。情けなくも、さう來ましたか、と取り敢へず感心するより他なかりき。
【後日追記】當時の觀測として、山崎幹事長といふ推測はあつた記憶がある。ただ、人格やら、他の人事との絡みやらで難あり、との意見もあつた氣がする。結局、かうなつたときは、安倍を幹事長に拔擢した點に、とても驚いた憶えがある。
9月22日 (月) - 内閣改造
竹中大臣は留任。矢張「山崎副總裁」が伏線になつてゐた。
川口外相留任は意外。
道路公團絡みの國交相は石原伸晃。
福田、坂口、石破各大臣留任。
麻生氏が綜務相。中川(酒)が經産相。谷垣氏が財務相。
今更どうでもいいが、要らんこと言ひの鴻池氏は再任されず。
【後日追記】鴻池氏は、在任中に舌禍を起し、當時、個人的に印象は正直宜しくなかつた。